素直になれなくて
STORY19


「どうするか決めたのか?まぁ、その顔じゃまだ迷っているんだろうけど」

金曜日の夜、一士の部屋で夕食を終えてまったりとした時間を過している時だった。
お互いそのことについては触れないようにしていたのだが、さすがに待ちきれなかった彼は口にした。
というより、あれからエリが何も言ってくれないことが寂しかったのである。

「うん…ごめんね。もしかして、迷惑掛けてる?」

はっきりしないエリに、もしかして一士は会社で上層部に何か言われているのだろうか?

「迷惑は掛けてないけど、寂しいかな?何も言ってくれないことが」

一士はソファーで隣に座っていたエリの肩に腕を回すと、そっと自分の方へ抱き寄せる。
確かに決めるのは、エリ自身かもしれない。
それでも、もっと頼って欲しかった。
例え弱音を吐いたとしても、全部受け止めるつもりでいたから。

「最終的に決めるのはエリだし、俺が口を挟むことじゃないけど、もう少し話して欲しいって思う」
「ごめんなさい。なんだか、一士に甘えてしまいそうで…」

彼の『いつでも引き受けるから』という言葉に甘えてしまいそうで…。
だからエリは、極力自分ひとりで結論を出そうとしていたのだ。

「俺としては、甘えて欲しいけど?」
「仕事をしている時とは、全然違うのね」

仕事をしている時の一士は、甘えは禁物という感じでかなり厳しい。
行きたくないから辞めます、結婚しますなどというようなことを言えば『何を甘えてる』と怒鳴られそうなものなのに。
そりゃ、たまに優しいことを言われて調子狂う時もあるけど…。

「そんなことないだろう?っていうか、好きな人と離れ離れになるかもしれないのにカッコつけてどうする。言ったろ、いつでも引き受けるからって。俺は、エリがどんな答えを出しても受け止めるよ」
「一士…」

エリは、一士の胸に顔を埋める。
温かくて広い胸。
そして、大きな手が優しく髪を撫でてくれる。
行くと言えば、こんなふうに抱きしめて髪を撫でてもらえる回数も減ってしまう。
彼の『引き受ける』という言葉も『もったいない』という言葉も、どちらも本当なのだろう。
―――なまじっか、選択技が多いばっかりに悩むのよね…。
はぁ…。
『ひと回り大きくなって帰って来い』と突き放されても、『行くな結婚しよう』と言われても、どちらにしてもエリは『はい』と言ったに違いない。
それだけ、自分が優柔不断だったということか…。
要は、彼の言葉次第だということ。
自分の意思はないのかー!と叫んだところで、それほどないのだから仕方がない。
はぁ…。
何度溜め息を吐いても、明確な答えは出てこない。
そういうことを一士に言えればねぇ…。
はぁ…。
彼の胸に抱かれながら、今だけは何もかもを忘れていたかった。

+++

一士が会社に出社すると、珍しく先に来ているエリが目に入る。

「城崎、珍しいな。どうしたんだ?こんなに早く」

フロアを見回しても出社している人間は、部長を含めた数人の課長だけ。
心なしか年齢層が高いように思えるのは、気のせいということにしておいて欲しい。
そんな中でいつも始業ギリギリにならないと出勤しないエリが先に来ているとはどういう風の吹き回しなのだろう?

「おはようございます。課長にお話があって、待ってたんです」
「話?」

話とは一体何のことなのか?というか、この時期に話となればあのことしかないわけで…。

「わかった。ゆっくり話を聞くから、先に適当に空いてる会議室で待っていてくれないか?すぐに行くから」

「わかりました」とエリはパソコンの画面に向かい、イントラで空いている会議室を見つけて素早く予約を入れる。

「課長、B会議室にお願いします」
「あぁ」

エリはそう言うと、先にB会議室へと向かった。
使用中の札に替え、誰もいない部屋の電気を点けてブラインドを開けると今朝は雲ひとつない快晴だった。
暫くその景色を見ていると小さくノックをして、一士が入って来た。

「すまない。遅くなって」
「いえ、朝からすみません」
「いいんだ」

前回と同じ配置で、二人は席に着く。

「決めたんだな」
「はい」

もう、エリの顔に迷いは見られなかった。
それは、今日の空のようにすがすがしいくらいに晴れやかで。

「そっか、エリが決めたんだから俺は何も言わないけど。でも、3年は長いな」
「3年なんてあっという間よ」
「エリにとっての3年はそうかもしれないけど、俺をいくつだと思ってるんだ?3年後は33だぞ?もし、向こうでエリに男でもできたらどうするんだよ」

エリが行くと決めてしまったことに対して一士はどうこう言うつもりはないが、やはり3年という月日は長い。
しかし、男とは…。
離れ離れになっていればそういうこともあるかもしれないが、今のエリに限ってはそのつもりは毛頭ないわけで。

「男って何?私が浮気でもするって言うの?」
「しないとも限らないだろう?」
「それは、一士だって同じじゃない」

―――もしかして…もしかしたら、湯川さんと何かあるかもしれないし…。

「俺に限っては絶対ないな」
「私に限っても絶対ないわよ」

あまりに自信たっぷりな発言に、思わず二人して笑ってしまう。

「あのね、沙希が言ってたんだけど…」
「どうした?」

そんな和んだ雰囲気が一変して、表情が変わったエリに一士は一抹の不安を覚えたのだが…。

「週末婚」
「週末婚?!」

前に沙希が冗談で言っていた、『ほら、週末婚とかあるじゃない。あれは?今はお互い想い合っててもこの先どうなるかわからないわけだし、まず籍だけ入れちゃってさ』という言葉をエリは本当にしようとしていたのだ。
あの時は他人事だからそんなことが言えるのだと思ったが、よくよく考えてみたら満更でもない話。

「そう、週末婚。週末だけお互いの家で過すのは、無理な距離ではないと思うの。それと、私も何も確証がないまま離れ離れっていうのは嫌だし。だから、籍だけは入れてもいいでしょう?新天地には東郷 エリになって行きたいから」

週末婚とは、エリらしいというか何というか…。
一士も彼女が異動を受け入れるだろうことは薄々わかっていたが、週末婚とやらを提示されるとは思ってもみなかった。

「エリらしいよ、その選択。3年経っても、エリはまだ28だもんな。それから子供だって十分生めるし、籍を入れれば俺も安心だから。しっかし、週末婚とはいいネーミングだよ」

ドラマを見ていなかった一士には、週末婚という言葉が妙に気に入った様子。

「早速、うちの両親に話をしなきゃ。引越し先も探さなきゃならないし、これからが大変だわ」
「そうだな。すぐにエリのご両親に挨拶に行くよ」

甘い新婚生活は当分お預けになってしまうが、これが新しい二人のライフスタイル。
向こうでどんなことが待っているかわからないけれど、想いだけはしっかりと繋がっている。
そう、確信したエリと一士だった。


END


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