素直になれなくて
2nd STORY
STORY1


「どうした、眠れないのか?」
「ごめんね。起こしちゃった」

随分前にベットに入ったものの、なぜか寝付けないエリ。
それもそのはず、明日は新天地へ一人旅立たなければならないのだから。

「いや、俺もなんだか今日は寝付けなくて」

それは、一士も同じ気持ちだった。
籍も入れ、晴れて夫婦になったというのにもう離れ離れにならなければならないのだ。
ゆっくり寝てもいられない。

「いざとなると、ものすごく寂しいの。一士と離れたくない。一緒にいたいって思ったら…」

胸が締め付けられるほど、切なくなる。
自分で決めたことなのに…。

「エリだけじゃない。俺だってそうだ」

一士は、そっとエリを自分の胸に抱き寄せる。
お互いの体に刻み込むように何度体を合わせても、合わせ足りない。
男だから格好つけたいけれど、そんなことはもうどうでもよかった。
何もかも捨てて、自分の側にいて欲しい。
でも、それを彼女が受け入れないだろうことをわかっていたから。

「どうしても、俺に会いたくなったら戻って来ればいいさ。多分、そういうことにはならないと思うけど」
「一士…」

逃げ道はいくらでもある。
ただ、今はやれるところまではやってみよう。
彼の温もりを感じながら、そう決心したエリだった。

+++

結局あれから眠るとができなくて、朝早い特急電車に乗り込んだエリはすぐにウトウトし始める。
ここまで来てしまうと、昨晩の弱音は嘘のようにどこかに行ってしまう。
プロジェクトも立ち上げたばかり、さほど忙しくはないだろうと、当分の間週末はエリが一士のところへ行くことにした。
新婚ということで、月曜日の朝はフレックスを認めてくれる等、会社も少しは大目に見てくれるようだった。


―――乗り過ごすところだったわ。
眠りが深かったせいか、気が付けばもう降りる駅の一つ手前。
初日からこれでは、先が思いやられる。
気持ちを切り替えて、エリは駅に降り立った。



通信事業部は駅から歩いて10分ほどの本当に何もないところにあって、会社と近くに借りた2DKのアパートの往復だけになりそう。
一士曰く、変な誘惑がなくていいそうだが…。
―――それってなんだか、寂しくない?

異動前に何度か足を運んでいたから、特に迷うこともなく新しい所属先のネットワーク設計部に向かう。
徐々に緊張感が増してくる。
自分の上司になる人物とは会っていても、一緒に仕事をするメンバーとは、まだ顔を合わせていない。
うまくやっていけるだろうかとか、友達になれるような人はいるだろうかとか、急に色々なことが脳裏を過る。
―――大丈夫かしら…。
今更悩んでみても遅いのだが、考え始めると止まらなくなってしまう。

エリ、しっかりしなさいよっ!

そう自分に渇を入れると大きく息を吐いて、ビルの2階にある部署まで一気に階段を駆け上がった。

―――えっと、渡部課長は…。
どうやら、席を外しているよう。

渡部課長というのは今度エリの上司になる人のことで、年齢は30代後半のわりと冗談なんかを言うような明るいタイプ。
こればかりは仕事をしてみないとわからないけれど、第一印象はかなりいい感じだったからなんとかやっていけそうな気はしていた。

「すみません。本日よりこちらでお世話になります東郷と言いますが、渡部課長はどちらに行ってますか?」

取り敢えず、近くの席にいた若い男性に尋ねてみる。
年の頃はエリよりいくらか上のようだが、茶髪で随分と遊んでいるように見えるが…。

「渡部課長?あぁ、煙草でも吸ってんじゃねぇの?」
「はぁ」

―――何なの?この人。
そりゃ、これから同じ部で仕事をするんだからタメ口でもいいけど、もう少し言い方があるでしょ。
だいたい、パソコンの画面を見たままで、顔を合わせようともしないし。
っていうか、課長が戻って来るまで私はどうすればいいのよ。

「そう言えば、西郷とかなんとか言う人が来るって朝から騒いでたのは、あんたのことか?」

―――え…西郷…。

「東郷です」
「俺には、何でもいいんだけどさ。席は俺の隣、ファイルとかのっかってるけど、適当にその辺に寄せといてくんない」

―――何でもって…私は西郷じゃなくって、東郷ですぅ。
この際、彼の言うことはいちいち気にしないことにして隣の席を見ると、確かにファイルやら書類が載っていたが、とてもその辺に寄せて済む量ではない。
―――うわぁ、何これ…。
人が来るってわかってるなら、もう少し片付けなさいよっ。
ちょっと待って…。
それより、隣ってことはもしかして…この人と一緒に仕事をしたりするんじゃないでしょうねぇ…。
嫌な予感が走ったが、彼の次の言葉でそれが現実の物になった。

「一応、言っとくけど。あんたの面倒は俺が見るらしいから、ヨロシクってことで」
「はい!?」

思わず、大きな声を上げてしまった。
だって…こんな失礼な人と、それも私の面倒を見るって…。
あり得ないでしょ。

「おー、東郷さん。待ってたんだよ。遠いところから、こんな田舎までよく来たねぇ」

そんな時に暢気に現れたのは、探していた渡部課長だった。

「お世話になります。よろしくお願いします」
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。こちらこそ、頼むよ。おい、磯崎。隣の席を片付けるように言っただろうが」

さすがの渡部課長も、その席のありさまを見て呆れ顔。

「だから、適当にその辺に寄せておいてくれって言ったんですけど」
「適当にじゃなくて。きちんと片付けなければ、東郷さんは仕事ができないだろう?」

―――そうそう、課長もっと言って言って!

「あーわかりましたよ。片付ければいいんでしょ、片付ければ」

どうやら茶髪の彼は、ではなくて磯崎さんは課長には頭が上がらないようだ。
彼は仕方なく片付け始めて、庶務担当の人に頼んで机も綺麗に拭いてもらった。
その日は、用意してもらったパソコンの設定やら事務手続きで1日終わってしまったけれど、ふと隣の席の彼を見ると相変わらず黙々と仕事をしている。

寂しいとか、そんなことを言ってる場合じゃないかも…。
何かとんでもないことが起こりそうな…。
赴任早々、溜め息しか出てこなかった。


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