素直になれなくて
2nd STORY
LAST STORY


「おはよう、麻菜美ちゃん。はい、お土産」

「こっちは麻菜美ちゃんの分で、こっちは後でみんなに配ってくれる?」と、エリは土日に一士と行った温泉旅行のお土産を渡す。
麻菜美には名産の漬物で、みんなにはお決まりの饅頭だったがこれがなかなか美味しい。

「おはよう、エリさん。お土産?わ〜いありがとう。で、どこに行ったの?」
「うん、近くだけど温泉に一泊。突然、旦那さんが木曜日の夜に来てね。予約とかも全部して連れて行ってくれたの。なんか、久し振りにゆっくりできたかな」
「あぁ、いいなぁ。旦那様、逢いに来てくれるなんて優しいんだぁ。エリさん、愛されてるぅ」
「まぁね」

恥ずかしげもなくノロケてしまう自分が凄いと思が、麻菜美の言うように本当に愛されているのだなと思わずにはいられない。
これで、一士の異動が本決まりになれば、言うことなしなのだが…。
エリは、心からそう願うのだった。



「あの。お土産買って来たので、良かったらどうぞ。漬物なんで、給湯室の冷蔵庫に入れてありますから」
「どこかに行ったのか?」
「土日に温泉へ。近くですけどね」
「そっか、ありがとう。ビールでも飲みながら、いただくよ」

あの日、エリを送って行った時に一士とバッタリ会い、磯崎は少し複雑な心境ではあったが、逆になんだかすっきりしている自分がいるのも確かだった。
この人には敵わない…そう直感したが、それは尊敬というか憧れというか、一士が磯崎に抱いたものと同じなのかもしれない。

「旦那さん、俺があんたを送って行ったこと、何か言ってなかったか?」
「いえ、何も。どうかしたんですか?」
「いや、ならいいんだ」

何もないとはいえ、離れて暮らしている妻が男に送られて家に帰る姿を見たら、誤解する人もいるかもしれないし…。
勘の鋭い人なら、もしかして想いに気付くかも…。
そういうことが少し気になっていたのだが、何もなくてホッとする。

「でも、言ってましたよ?うちの旦那さん」
「何て?」
「磯崎さんのこと、いい男だって」
「俺が?」

磯崎にとっては、意外と言えば意外な言葉。

「はい。特に目がいいって、言ってました。それと全体にオーラみたいなものを感じるっていうか、磯崎さんとならいい仕事ができそうだって」

益々、意外。
今までそんなことを言われたことは一度もないが、一士にそう思ってもらえたことは非常に光栄で嬉しいこと。

「それは、褒め過ぎだな」
「そんなことないですよ。私も、そう思いますから」

エリにニッコリ微笑まれて、磯崎の中で何かが変わっていくような…そんな気がしていた。

+++

それから1ヶ月ほどして、一士の通信事業部への異動が正式に決定した。
初めは引き継ぎやらで週の半分は以前の部署に出張という形になるが、それでも二人でいられる時間は格段に増えるのだ。

「エリさん。今度、ソリューションシステム部に来る東郷課長って、もしかしてエリさんの旦那様?」

きちんと決まってから言おうとは思っていたのだが、さすが庶務担当の麻菜美はこういう情報を得るのは早い。

「そうなの。前から異動の話はあったんだけど、なかなか決まらなくてようやくね。麻菜美ちゃんには、正式に通達が出てから言おうと思ってて。ごめんね」
「ううん。そっかぁ、良かったねぇエリさん」
「うん。まさか、こんなに早く一緒に住めるようになるとは思わなかった。3年は、覚悟してたから」

この地に異動になる時、3年は戻れないという話だったから、それがこんな形で終わりを告げることになろうとは…。
―――でも、3年経って私が戻るなんてことにはならないでしょうねぇ…。
ふとそんな思いがエリの頭を過ったが、今は考えないことにする。
結婚式もそれからと思っていたが、すぐにでも挙げてしまおうと一士は言っているし、今のアパートというわけにもいかないから住むところも考えなくてはならない。
いっそのこと家を建ててと話はどんどん進んでいって、やっと新婚さんらしい会話になってきたような。

「旦那様が来ちゃったら、磯崎さんちょっぴりかわいそうかも」
「え?何で、そこで磯崎さん?」

ぽつりと言った彼女の言葉になぜそこで磯崎の話が出てくるのか、エリには全くわからなかったが、麻菜美は薄々彼の想いに気付いていたようだ。

「わからないなら、いいわよ」
「何よぉ、気になるじゃない」
「でもね、磯崎さん。最近とっても優しくなったというか柔らかくなった、ような気がするのよね」
「麻菜美ちゃんも、そう思う?」

磯崎が最近優しくなった。
そう思ったのは、エリだけではないようだ。
別に怖かったとかそういうことでもない、相変わらずのつっけんどんな口調だし、でもなんかそんな気がする。

「きっと、いい恋をしてるのね」
「恋?」
「うん。でもね、それは好きとか愛してるとかそういうことじゃなくって、慕うっていうのかな。なんかこう、もっと広い意味の恋」

麻菜美の言いたいことは、なんとなくわかるような。
恋愛感情を超えたもっと広い愛。
だから、彼はあんなにも変わったのかもしれない。

+++

「なぁ、何とかしてくれよ」
「どうしたんですか?磯崎さん」

心底、困ったような表情の磯崎。
何でも万能な彼が、何とかしてくれとはどういうことなのか?

「あんたの旦那、すっげぇ、突っ込んでくるんだ。正しいのはわかってるんだけど、もう少しこう―――」
「それは、できません」

まだ言い終わらないうちに遮るようにエリに言われて、磯崎はかなり不満顔。

「何でだよ」
「仕事ですからね。いくら私でも、それはできません。磯崎さんが、何とかして下さい」
「ちぇっ、冷たいやつだなぁ。やっぱり、旦那の肩を持つのかよ」

椅子に深く腰掛け、ふて腐れるように口を尖らせ頭に手をあてて上を見上げる磯崎。
もうすっかり腕の怪我も治って、一士と一緒に仕事ができるのを楽しみにしていたのだが、こんなにもやり込められてしまうとは…。
さすがという部分もあるが、ここまでくると敵わない。
そこで奥さんにすがったわけだが、甘かった…。

「違いますよ。私は、磯崎さんを応援してますから。東郷課長に負けないで頑張って下さいってことです」
「あ?」
「ほら、戦いに行きますよ。磯崎主任」

そう言って立ち上がるエリに磯崎は一瞬呆気に取られたが、ふっと微笑むと大きく頷いた。


END


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