素直になれなくて
2nd STORY
STORY19
『う〜ん…』
一人考え込んでいる、一士。
――― 一体、どうしたのかしら?
「ねぇ、一士。何をそんなに「う〜ん」って、考えてるの?」
「え?あぁ、いい男だなって思ってさ」
―――いい男?
エリには、さっぱり思い浮かばない。
一士の言ういい男とは、誰のことなのだろう…。
「いい男って?」
「磯崎さんだよ」
「磯崎さん?」
「あぁ、いい男だなって」
「へぇ、一士もそんなふうに同性のことを思ったりするんだぁ」
確かに磯崎はいい男だと思うが、同性の一士がそんなふうに思うというのはかなり意外だった。
それに彼は、一士よりも年下なのに。
「そりゃあ、男だって思うよ。女性が、同性を可愛いって思うのと同じさ」
「ふううん。で、一士は磯崎さんのどこがいい男だって思うの?」
「そうだな。顔もだけど、特に目がいいな。それと全体にオーラみたいなものを感じるっていうか、彼とならいい仕事ができそう」
一士は一目見ただけで、磯崎の魅力に取り憑かれてしまったのと同時に彼のエリへの想いも感じ取っていた。
切ないほど一途に…。
「磯崎さん、仕事はすっごいできるの。初めはとんでもない人なんて言っちゃったけど、ここに来て一緒に仕事ができて良かったって思った」
「それが、現実になるかもしれないんだ」
「どういうこと?」
一士の言葉の意味がいまいち理解できていないエリは、キョトンとした顔で見つめている。
実を言うと明日会社を休んでまで今夜ここへ来たのは、この話をするためだった。
「まだ、はっきりとは決まっていないんだけど、通信事業部への異動話が出てるんだ」
「えっ、一士が?」
「そう。もしそうなれば、週末婚も終わりだな」
想像すらしていなかった事態に、エリはどう答えていいかわからない。
ただ言えることは、離れ離れでなく一緒に暮らせるということ。
こんな嬉しい話が舞い込んでくるとは…思いもしなかった。
「ほんと?ほんとにほんとなのっ?」
「そんなに興奮するなって。一応、部長から話はされたんだけど、まだ本決まりではないんだ。恐らく、そうなるだろうって段階。俺がエリと離れ離れに暮らしてるのを気に掛けてくれてたんだな、部長は。それで押してくれたらしいんだけど、渋ってる人もいるから」
お互い話し合っての別居ではあったが、一士の所属する部の部長はそれを気に掛けていたようだ。
だから、今回の話に真っ先に一士を押してくれた。
しかし、本社から連れて来た有能な人材なだけに今、通信事業部に行かれてしまうのは正直痛い。
なかなか、ウンと言ってくれない人もいるわけで…。
当面は半々で行き来するというような案も出されているところで、まだはっきりと決まったわけではなかった。
「そうなの?一士がこっちに来てくれるなら、それに越したことはないのにぃ。誰よ、邪魔する人は」
エリの言い方がおかしかったのか、一士はクスクスと笑っている。
二人の仲を裂くような人は、彼女にとって全て邪魔者扱いなのだろう。
でも、正直な話、異動が決まればこんな喜ばしいことはないのだから。
「俺からも、そうしてもらえるように頼んでるから」
「ねぇ。でも、一士はいいの?私がこっちにいるから異動するっていうのは…」
課長になって、仕事も軌道に乗っていたはず、それなのにエリと一緒にいたいからと異動の話を受けてしまってもいいのだろうか…。
「そんなこと、気にしなくてもいいんだ。今回の異動の件は、誰でもってわけじゃない。俺だって、将来もあるし、そこはきちんと考えてのことだから」
「ならいいけど…」
一士がそう言うなら、問題はない。
あとは、異動の話が決まることを祈るしかないだろう。
「もしかして、これを言うために一士は明日お休みを取ってここへ来たの?」
「口実っていうか、やっぱりエリに逢いたかったからかな」
「いやぁ。散々、杵達に冷やかされたけど」と話す一士だったが、エリだってそれは同じこと。
1日経てば一士に逢えると思ってはいても、その1日が意外に長い。
「私も明日、休みたいな」
「何言ってんだ。大変なんだろ?仕事。それに、磯崎さんだって腕を怪我してるわけだし。エリがそんなことでどうするんだ」
「うん…そうね。私だけ、遊んでるわけにはいかないものね」
―――そうだった…。
休みたい気持ちは山山だったけど、磯崎さんだってあの腕で頑張ってるんだし、みんなもそう。
私だけ、サボるわけにはいかないわよね。
「まぁ、飲みに行ったりしてるくらいだから、そうでもないのか?仕事は」
「だいぶ、落ち着いてきたかな。一時はどうなるかと思ったけど」
「そっか」
一士はエリの腰に腕を回して、自分の方へ抱き寄せる。
久し振りに触れる彼女が少し痩せたように感じるのは、気のせいだろうか…。
週末婚―――。
とは言ってみたものの、これが結構辛い。
離れている分だけお互いを思いやる時間ができるせいか、より一層想いが深くなる。
逢いたい時にあなたはいない…。
どこかで聞いた台詞だが、まさにその通り。
すれ違いによって、気持ちがぎくしゃく、最後には…。
考えたくもないが、そうなる夫婦、カップルはこの世の中、少なくないはず。
幸い、エリと一士の間にはそんなこともなく、逢えないというもどかしさはあるものの、なんとかここまでやってきた。
無防備な彼女が心配で、特にアルコールが入ると大変なことになるからそれだけが気掛かりだったが、今のところは大丈夫のようだし。
「そうだ。言うのを忘れてたけど、土日に温泉に行かないか?泊まりで」
「温泉?行きたいけど、そんな急に行けるもの?」
「そこは、俺も抜かりないよ」
この近くにいい温泉があって、休みを取るついでに一士はしっかりリサーチして予約を入れていた。
「やったぁー。一士、大好きぃ」
「温泉に連れて行くから、大好きなのか?」
エリの喜びようは、一士にとって嬉しい反面微妙でもある。
「違うわよ。一士だから、好きなの」
「俺も、エリだから好き」
どちらともなく重なる唇、エリには明日も仕事があったけれど、そんなことも忘れていつまでも二人の甘い時間は続いていたのだった。
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