素直になれなくて
2nd STORY
STORY18
「お前、大丈夫なのかよ」
「大丈夫〜大丈夫〜」
陽気に答えながらフラフラと足元がおぼつかないエリを、磯崎は怪我をしていない方の腕でなんとか抱きかかえる。
「何が、大丈夫〜大丈夫〜だ。ちっとも大丈夫じゃねぇだろうが」
あれから調子に乗って飲んでしまったエリは案の定酔っ払ったわけで、お酒を控えていた磯崎が家まで送る羽目に…。
「ったく、健斗のやつ。佐伯さんと、とっとと帰っちまうしさぁ」とエリに話し掛けても、彼女は聞いているのかいないのか…。
いい雰囲気になった健斗と麻菜美は、エリ達を置いて二人でどこかに行ってしまった。
彼らなりの気遣いなのかもしれないが、いくら好きな相手でも酔っ払いの世話をするのは勘弁して欲しい。
「ほら、ちゃんと歩けよ」
「磯崎さ〜ん、もう一軒行きまひょ」
「行きまひょ、じゃねぇんだよ。明日も会社なんだからな?こんなに飲んで」
「だ・か・ら〜大丈夫って、言ってるじゃないですかぁ」
そう言いつつも、すっかり酔っ払ったエリはぐったりと磯崎の胸に体を預けた。
―――ったく、口ばっかりなんだよな。
磯崎は、ふっと息を吐くとゆっくりと歩き出す。
酔っている女性をどうこうするつもりは毛頭ないが、これはどうなのか…。
旦那には申し訳ないと思いながら、これは仕方がないのだと一応心の中で弁解しておく。
弁解になってないか…。
ほんのひと時だったけれど、磯崎にとっては幸せな時間―――だったはず…。
「か…ず…し…」
耳元でかろうじて聞こえたエリの言葉に、磯崎はハッとした。
それは、自分ではない男の名前…。
どんなに想っていても、彼女の中にいるのは世界中でたった一人なのだということ。
「明日の夜は、愛しい旦那に逢えるんだろ?」
「えっ、あ…磯…崎さん?」
「何だよ。旦那じゃなくて、悪かったな」
「ごめんなさい。私…」
無意識のうちに、磯崎のことを一士と呼んでしまったエリ。
それに彼は怪我をしているというのに、寄り掛かってこんな抱きかかえられるような恰好で…。
「まぁ、いいけど。寂しかったんだろ?旦那に逢えなくてさ」
エリに自覚はなかったけれど、酔った勢いで本音が出たのだろうか?
「そんなこともないと思いますが」
「俺の前で無理に強がることなんてないさ。逢いたいなら逢いたい、それでいいだろ」
「磯崎さん…」
麻菜美の前でも、それは言わなかったこと。
ノロケてるとか、新婚だからとか、そんなふうに冷やかされるのが嫌だったし、週末婚してまでここに来てる以上頑張らないとって…。
磯崎の言うように、強がっていたのかもしれない。
「もう、一人で歩けるか?」
「あっ、はい。すみません、磯崎さんは怪我してるのに迷惑掛けて」
「いいよ。気にするな」って笑う磯崎が、エリにはとっても大きな人に思えた。
―――私には、どこに行っても素敵な上司がいてくれる。
「どうした?ニヤニヤして。俺の顔に何かついてるのか?」
「いいえ、何でもありませんよ。私はいい上司に恵まれたなって、思っただけです」
「はぁ?お前、まだ酔っ払ってるのか?」
磯崎の顔を見ながら微笑むエリに「変なやつ」と思いながらも、ちょっぴり嬉しかったりもして…。
酔いもだいぶ覚めたし、一人で帰れるからと言うエリに家まで送るときかなかった磯崎。
「ここでいいですよ」
「そっか。じゃあ、明日二日酔いで休むなんてことないようにな」
「はい。磯崎さんも気をつけて、帰って下さいね。また、事故に遭ったりしたら大変ですから」
「そんなヘマはしないさ」
「おやすみ」と言ってエリに背を向けたところで、磯崎の目の前に立っていたのは…。
「エリ」
「一士、どうしてここに?」
―――え?一士って…。
この人が…。
初めて見る一士に磯崎は、何と言っていいのかわからなかった。
「エリも忙しいだろうから、明日は休みをもらって来たんだ」
「そうだったの?なら、連絡くれればいいのに」
「何度も携帯に掛けたけど、出なかっただろ」
「あっ。みんなで飲んでたから、気付かなかったのかも」
一士の元へ駆け寄るエリを見て、磯崎はジェラシーを感じながらも多分この人には敵わないだろう…そう、直感していた。
「すみません。無理に彼女を誘ったのは、俺の方で」
「あなたは、磯崎さん」
一士も磯崎の顔こそ見ていないものの、腕の怪我を見ればすぐに彼だとわかる。
それにいい男だし。
エリは赴任早々、彼のことを『とんでもない人が、上司になっちゃったみたい』と言っていたが、『その磯崎って彼は、いい男なのか?』との一士の問いに『横顔しか見てないからわからないけど、多分いい男なんじゃない?』と答えたのを思い出した。
「ご存知でしたか」
「もちろん。うちのエリが、お世話になってます。この度は、大変でしたね。怪我の具合は、いかがですか?」
「お蔭様で、順調に回復してます」
「そうですか、それは良かった」
「あのね、一士。私、酔っちゃって、磯崎さんがここまで送ってくれたの。あと、磯崎さんは無理になんて誘ってないから」
磯崎が悪者のように思われては困ると、エリは急いで一士に説明する。
あとは、こんなところに二人でいるところを見られて、一士が誤解するのでは?というのもあったし…。
「わかってるよ。ただ、みなさんに迷惑掛けてるんじゃないのか?」
「うん。掛けてるかも」
「あれほど、酒は飲むなと言ったのに」という一士に、そこは磯崎も同感。
こんな無防備な女性は、他にいないから。
「俺は、これで失礼します」
「わざわざ、送っていただいてすみません。気をつけて、帰って下さい」
「磯崎さん、ありがとうございました。また、明日」
「はい。じゃあ」
磯崎の後姿を見送りながら、エリは一士の胸に自ら顔を埋める。
「エリ?」
「逢いたかった」
さっきは磯崎を一士と勘違いしたが、今度は本物。
今、触れているのは、間違いなく愛しい愛しい旦那様。
「俺も逢いたかった」
お互いの存在を確かめるように抱き合う二人。
そんな二人を優しく包み込むような星空が、とても綺麗だった。
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