素直になれなくて
2nd STORY
STORY17
みんなの頑張りのおかげで工程もかなり挽回していたということもあり、今週末はエリも久し振りに自宅に帰ることができる。
一士とは毎日電話で話していても、やっぱり顔を見たいし触れたい…。
その前に健斗がしつこくメールを送ってくるものだから、磯崎、麻菜美、エリの4人で飲みに行くことにする。
場所は女性2人に考慮して、健斗と磯崎が選んだにしてはかなりおしゃれと言える店。
今回は健斗がかなり張り切った部分が多かったように思うのは、気のせいだろうか?
「じゃあ、みんな。準備は、いいかな?」
健斗の掛け声に3人は、目の前に用意されたビールのジョッキを持ち上げると、「乾杯!!」と一人ずつ順にグラスとカチンカチンと合わせてビールを喉に流し込む。
―――やっぱり、ビールはおいしい。
この、喉越しにビリビリっとくるところが堪らない。
「ぶはぁ~、うまいっ」
「榊さん、すご~い。一気飲みですか?」
エリが味わうようにビールを堪能しているのに対し、健斗はそれを豪快に飲み干してしまう。
よほど喉が渇いていたのか、またはお酒好きなのか…。
「こんなの普通、普通。っていうか、綺麗どころが2人もいたら、お兄さん張り切っちゃうよ」
「お世辞が、上手なんですね」
「東郷さん、そこちょっと誤解してるなぁ。俺はお世辞なんて言わないからね。いつでも本音の男だから」
「なぁ~亮治」と磯崎に同意を求める健斗だったが、彼は全く無視。
根は真面目でいいやつだとわかってはいても、この口調で一体誰が信じるだろうか…。
「何だよ、亮治。友達なんだから、少しはフォローしてくれてもいいだろうが」
「いくら友達でもなぁ。俺がどんなにお前のことを褒めたって、誰も信じないだろ?」
エリと麻菜美に視線を向けると、気のせいか困ったような表情に見えなくもない。
………やっぱり、俺は3枚目なのか…。
親友にまで見離され、悔しいから健斗は通り掛った店員にジョッキのお替りを注文する。
怪我をしていて、いつものように飲めない磯崎には悪いと思いつつも、ここは飲まずにはいられない。
「ところで、俺があげたスプーンとフォークのセットはちゃんと持って来たのか?」
「はぁ?何であんなもん、ここへ持ってくるんだよ。あれは、会社用に常備してるんだ」
本当ならいつまでもエリの手作り弁当を食べていたかった磯崎だが、周りの目もあるし彼女に負担を掛けることにもなってしまうからと食堂に切り替えた際、健斗にもらったフォークとスプーンのセットは会社に常備していた。
使ったカップを洗うついでに麻菜美が一緒に洗ってくれていたから、あのセットは会社に置きっぱなしだったのだ。
「こういう時に持って来なくて、どうするんだよ」
「わざわざ持って来なくても、それくらいこの店にだってあるだろ?」
健斗に言われて初めて気付く、エリはほんと気が利かないなと自分でも思う。
磯崎は利き腕を使えないのだから、先に頼んでおかなければならなかったのに。
それは麻菜美も同じで、健斗の方がよっぽど女性陣より気が利くかもしれない。
「すみません、気付かなくて。すぐ、用意してもらいます」
「私が言います」と麻菜美が代わりに店員に声を掛けようとすると、なぜか健斗に止められた。
「ちょっと、待って。あのさ、東郷さん。こいつに食べさせてやってくれる?」
「え…えぇぇぇ?!」
―――食べさせてって…。
そんなことを言われても、エリだって困る。
いきなり、食べさせてやってくれなんて…。
「おいっ、何言ってんだ健斗っ!」
「お前は黙ってろって。ねぇ、いいでしょ?東郷さん」
健斗がどうしてこんなことを言ったのか、エリにはさっぱり理解できなかったが、前に座っていた麻菜美には直感でピンときたようだ。
彼は一見、お調子者のように見えるが実は違う。
これは全て、健斗が計算して言っているのだと麻菜美は思った。
「そうよ、エリさん。磯崎さんに食べさせてあげたら?」
「えぇぇっ?!ちょっ、ちょっと麻菜美ちゃんまでっ。何、言い出すのよっ」
―――やだ、麻菜美ちゃんまで何を言い出すのよ…。
目の前の2人の視線が、突き刺さる。
そりゃぁ、磯崎さんは左手だと思うように使えないかもしれないけど…だからって、どうして私が食べさせてあげなきゃならないのよ…。
「ほら、こいつ彼女もいないしさ。かわいそうだから、頼むよ」
―――別に減るもんじゃないけど、誰がどこで見てるかわからない…。
っていうか、ここはテーブル毎に仕切ってあるから、そういうことがないっていえばないんだけどねぇ。
偶然なのか、今日連れて来てもらったお店は格子でテーブル毎に仕切ってあるから、周りから見られるということはない。
「わかりました。磯崎さんが、そうして欲しいと言うなら」
「えっ、俺は…」
「遠慮するな、亮治。このことは誰にも言わないから。ねぇ、佐伯さん」
「はい」
本人がそうして欲しいと言うなら、今回だけは仕方がない。
しかし、妙に健斗と麻菜美が意気投合しているように見えるのは、気のせい?!
「ったく。お前ら、おもしろがってるだろ」
「おもしろがってるから~」と素直に答える健斗は、やっぱり憎めない。
「ごめんな。健斗にうまく乗せられた」
「いえ、いいですよ。えっと磯崎さん、から揚げ食べます?」
「あっ、あぁ」
もっと嫌がるかと思ったが、案外普通に食べさせてくれるエリ。
………旦那にも、こんなことしたりしてるのか?
だから…。
「どうです?美味しいですか?」
「あぁ、あんたも食べてみれば」
「どれどれ」と箸をつけるエリを見ていると、ほんの短い時間でもこうやって一緒にいられることが幸せなんだなと磯崎は感じていた。
「あっ、美味しいです」
「そっちの明太オムレツも、結構イケルぞ」
はたから見れば、恋人同士。
でも、エリの左手に光る指輪がそうではないのだということを物語っているわけで…磯崎の気持ちを知っている健斗は少しだけ胸が痛い。
「榊さんも、良かったらから揚げいかがですか?」
「えっ、いいの?」
「嫌じゃなければ」
「とんでもない、喜んで」
麻菜美が箸に取ったから揚げを健斗はパクッと口に入れる。
ちょっとだけ磯崎のことが羨ましいと思っていた健斗だったから、この申し出は非常にありがたいというかかなり嬉しい。
実を言うと、健斗は密かに麻菜美を狙っていたりして…。
磯崎のためを思いながら、自分も便乗してしまう健斗だった。
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