November Blue
Last


次の日にはすっかり良くなった玲人だったが、それはきっと杏にうつしたからに違いない。
あの時、キスはしなかったものの、結局はうつってしまったのか、入れ替わるようにして寝込んでしまった杏の方が重症で、それから一週間ほど会社を休む羽目になった。

「杏、大丈夫?」
「もう、平気。迷惑掛けちゃって、ごめんね」

玲人とのことでも、ただでさえりみには心配掛けたのに、今度は風邪をひいて何度か家に様子を見に来てもらうなど、余計な手間を掛けさせてしまった。

「いいわよ、そんなこと。でも、良かったじゃない。玲人君とうまくいったんだもの」
「まぁ、そうなんだけど」
「何?その奥歯に物が挟まったような言い方は」
「だってぇ。ずっと、幼馴染みっていう関係でいてよ?急に恋人になるっていうのがねぇ。なんか、慣れないっていうか…」

あの時は、勢いというかなんというか…。
好きな気持ちはあったけれど、この想いは叶わないものと思っていた。
だから、うまく行き過ぎて、逆に怖かったりもするのだ。

「今更、何言ってるのよ。好きだったんでしょ?玲人君のこと」
「まぁねぇ」
「そんな、顔しないの。ほら、愛しい彼が来たわよ」

なんとなく玲人と2人っきりで出会うのが恥ずかしくて、りみと正の4人でご飯でも食べようと誘ったのだった。
しかし、向こうから歩いてくる二人はやっぱりモデルのようにしか見えない…。

「よぉ、杏大丈夫か?」
「もうっ、玲人のせいなんだからっ。ひどい目に遭ったわよ」

本当は甘えたいけど、やっぱり強がってしまう自分が可愛くないなと思うが、急に変えようっていう方が無理。
それを3人はわかっていたから、そんなところが杏らしいなと思う。

「俺のせいか?キスもさせてもらえなかったのに」
「ちょっ、玲人っ!そんなこと、ここで言わなくってもっ」

「いいじゃん別に。隠すことでもないだろ」と平然と言ってのける玲人の足を、杏は思いっきり踏んづけた。

「痛ってぇなぁ」
「自業自得でしょっ」

そんな2人のやり取りを見ていたりみと正は、顔を見合わせそっとその場を後にするが…。
それを杏が見逃すはずがない。

「りみっ、正君っ!どこ行くのよ!」
「2人で仲良くやってなさい。お邪魔虫は、退散するわ」

「やだ、ちょっと待ってよ…」なんて、杏の言葉は届くことなく、「ねぇ、正」とりみは正の腕を組んで行ってしまった。

「あいつら、気が利くなぁ」
「何、言ってるのよ。せっかく、4人でご飯を食べようと思ったのに」
「っつうか、何で4人なんだよ。2人の方が、いいだろ?あいつらだって」

「俺達も行くか」と玲人は杏の腰に腕を回して、体を密着させるようにして歩き出す。
初めは「離れてよ」と暴れていた杏だったが、彼女だって嫌なわけではない。
段々とおとなしくなって、玲人の肩に頭を凭れ掛ける

「これから行くところなんだけど、夜景の綺麗なレストランと俺の家。どっちにする?」

杏のことだから、“もちろん夜景の綺麗なレストランに決まってるでしょ”という返事が返ってくると思ったのだが、それは予想に反して…。

「玲人の家」
「えっ、杏」
「自分で聞いておいて、何よ。その顔は」

まさか、こんなに素直に『玲人の家』なんて言われると思っていなかったから、拍子抜けというか冗談じゃないかと疑ってしまう。

「だってさ、杏がそんなこと言うとは思わなかったから」
「それって…もしかして、あたしをからかったの?」
「ちっ、違うぞ?めちゃめちゃ、俺の願望入ってたんだって」

玲人は必死で言い訳…ではなく、本心を述べる。
また、ここで怒り出して“帰る!!”なんて、杏に言い出されたら困るから。

「ほんと?」
「ほんとだって、信じろよ」
「うん」

―――ヤベ…。
可愛すぎるぞ、杏。
っていうか、俺の家に来るということは…そういうことなんだよな?
いいんだよな?杏。

焦る気持ちを抑えて杏を車の助手席に座らせ、ゆっくりと走らせる。
その間も片時も離れていられなくて、『危ないから』と何度も言われたけれど、玲人は杏の手を握ったままだった。



「どうした?杏」

玲人の家のドアを開けたところで、急に杏が立ち止まってしまう。
―――オイオイ、まさか…ここまで来て、“やっぱり、帰る”なんて、言わないだろうなぁ…。

「ううん、何でもない」
「なら、いいけど」

ニッコリと微笑んだ杏にホッとしながらも、その奥に不安を抱いていることを玲人は見逃さなかった。

「杏、俺の話を聞いてくれるか?」
「なぁに?話って」

「まぁ、座って」と杏をリビングの大きなソファーに座らせる。
ジッと見つめる瞳が、微かに揺れていた。

「俺は、杏が好きだ。ずっとずっと前から。そうだな、物心ついた頃からずっと」

父親同士が幼馴染で、杏と正と玲人はそれこそ生まれた時からずっと一緒だった。
地球上に男と女が存在し、杏が自分とは違う女の子なんだと気付いた時の感覚は今でも忘れない。
自分が杏を守る、幸せにすると誓ったのもこの頃だったと思う。
それと同時に正は自分と同じ男の子で、お互い杏に対しての想いが変わらないことも。
3人でいるのが当然でありながら、男が2人に女が1人という不自然な関係。
いつしか玲人は自分の気持ちを抑え、正との友情をとることに…。
実際は友情をとるフリをして、杏への想いを断ち切りたかったのかも…そんなこと、できるはずがないのに…。

「杏を都合のいい女なんて一度も思ったことはないし、俺は世間で言えば地位も名誉もあるかもしれないが、それと俺達が一緒にいることとは何の関係ない。もし、杏が気にするなら、俺はそんなものは捨ててもいい。杏以外に大切なものなんて、この世に存在しないからな」
「玲人…」

杏だってそう思いたかったが、現実的に考えればそんな簡単なものではないということ…。
ただ、玲人がそこまで想っていてくれるのなら…今は、その想いに応えるだけ。

「杏、俺のものになれよ。いや、ならないなんて言わせないからな」

玲人は、杏を強く抱きしめる。
それに応えるように、玲人の背中に腕を回す杏。

「あたしも、玲人が好き。ずっとずっと前から」
「杏」

杏の頬を包み込むように両手を添えると、優しくくちづける。
初めは啄ばむように…そして、何度も何度も角度を変えてそれは深いものへと変わっていき…。

「…っん…っ…れ…じっ…っ…」
「ダメだ。杏が悪い。もう抑えられないから、覚悟しろよ。溜まってたからな」
「えっ、ちょっ、ちょっと!!玲人ったらっ」

「溜まってたってぇ」という杏の言葉を遮るように再びくちづけ、玲人は杏を抱き上げると寝室へ直行する。

―――もう、絶対に離さない。

玲人は心の中で確かめるようにそう呟いた。


END


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