「やだぁ。凪菜(なぎな)ったら、授業が休講になったっていうのに熱心に勉強?」
「みんなで、ちょっと外でお茶しようと思ったのに」と呆れた表情で誘いに来たのは、同じ学部で最近親しくなった谷口さん。
彼女は典型的なお嬢様ではあったが、快活で誰からも頼られる姉御肌。
実は小学校から一緒だったのに親しく話すようになったのはつい最近のことで、そうなったのも竜司と付き合い始めた凪菜(なぎな)が以前とは別人のように可愛らしく、そして輝いていたから。
凪菜(なぎな)の周りにはいつもたくさんの友人達が取り囲み、今では学内の中でも注目の的となっていたのだ。
「ううん、アルバイトを探してたの」
「バイト?」
首を傾げながら、覗き込む谷口さん。
勉強ばかりしていると思っていた凪菜(なぎな)が見ていたのはアルバイト情報誌、今は新しい仕事を探していたところだったが、思うようなものはなかなか見つからない。
学生のアルバイトといえば飲食店などの接客業が大半を占めていて、慣れていない凪菜(なぎな)にはどうしてもすんなりとは店の扉を開けることができなかった。
家庭教師も考えたけど、相手が女の子でも一対一はやっぱり苦手。
おかしな話ではあるが、これで普通の人なら絶対に足を踏み入れたりしないAVの世界に飛び込んだなんて、誰が想像するだろうか。
「親にばかり頼るわけにもいかないし、二十歳を過ぎて自分のお小遣いくらいは稼がないと」
「えぇ。凪菜(なぎな)の家って、お偉い官僚なんでしょ?わざわざ、バイトなんかしなくても」
「そうもいかないわよ。私はもう、大人なんだもの」
彼女の言うように、申し訳ないとは思いながらも両親からは十分過ぎるほどのお小遣いをもらっていたし、内緒で稼いだAVの出演料は今の自分の年齢から言えば破格の金額だ。
そのほとんどは手を付けないまま貯金していたのだが、いつか何らかの形で恩返しができたなら。
だから、これからはきちんと自分のことは自分でできる人になりたかった。
「な〜んか。凪菜(なぎな)ったら、すっごくカッコいいんだ」
アルバイトくらいでしみじみ言われても、逆に困ってしまうが…。
「え?何よ、急に」
「だってぇ、今までは暗くて目立たない子って思ってたのにこんなに変わっちゃうなんて。ここまで凪菜(なぎな)を変えた彼氏って、よっぽど素敵な男性(ひと)なのね」
「彼氏なんて、いないわよ」
「嘘ばっかり。誰も信じてなんてくれないわよ?」
友達にも竜司のことは何となく言いそびれていたが、そんなふうに思われていたなんて。
「まっ、その話は後でゆっくり聞かせてもらうことにして。バイトのことなんだけど」
「えっ、谷口さん。何かいいアルバイトでもあるの?」
「あるにはあるんだけど、彼氏には内緒の方がいいかも」
―――内緒の方がいいかもって、どんなアルバイトなのかしら?
まさか…。
そんなことはないわよね、谷口さんに限って。
「例えば」
「取り敢えず、お茶しに行こう?みんな待ってるから。バイトの話はそこでしよ」
「うん、わかった」と凪菜(なぎな)はアルバイト情報誌をパタンっと閉じてバッグにしまうと、彼女の後に付いて席を立った。
◇
「え、パーティー・コンパニオン?!」
休講の授業のせいか、女子学生で賑わうティールームは明るい声に包まれていたが、しかし、パーティー・コンパニオンとはいかなるものなのか?
コンパニオンと聞くと展示会などで見掛ける女性というイメージがあるが、パーティーと名がつくとなるとやはり接客業になるのでは…。
「事務所に登録制で、もちろんいいとこの女子大生ばかり。月に2〜3回か、もうちょっと多いかもしれないけど、パーティーなんかのお手伝いをするの。場所はほとんど一流ホテルだし、たいていは優良企業主催だから安心でしょ?それに数時間の仕事で日給1万円に、何たってついでにいい男もGETできちゃうかも?っていう、一石二鳥のバイトなんだから」
「でも、凪菜(なぎな)にはいい男が寄って来ちゃうと困るわよねぇ」と、一緒にお茶をしていた園部さんもこのバイトをやっているらしい。
彼女も谷口さん同様、同じ学部で小学校からの同級生。
というか、ここにいる数人の女子学生全員が既にこのパーティー・コンパニオンに登録済みというから驚きだ。
―――アルバイトをしてないのって、実は私だけなのね。
「私達はお金っていうより人脈っていうか、半分お遊びみたいなところがあるの。下心見え見えだし、凪菜(なぎな)にはちょっと物足りないかもしれないけど」
「ううん、谷口さんやみんなの方が、私なんかよりずっと大人だった。それに仕事を選んでる場合じゃないのにね」
接客業が嫌とか、選り好みなんてしている場合じゃない。
今だからできるものもあるはずだし、色々経験してみることが大切なのだということ。
あの時、何もかもを捨てて飛び込んだように。
「でも、私にできるかな」
「できるわよ。凪菜(なぎな)なら、引っ張りだこに決まってるわ」
「ねぇ」と園部さんが同意を求めるように言うと、みんなは一斉に頷いた。
仕事の内容はというと、決められた服装に身を纏い、お客様をお迎えして飲み物や時には料理なども提供する。
ヘアメイクまで全部、スタッフが対応してくれるというのだからすごい。
何でも、登録の際に一通りの接客態度などを習うらしいが、クラブのホステスのように会話で場を盛り上げるということもないし、マナーだけに気を付ければ大丈夫だということ。
最後は容姿だったが、みんながそれについては問題ないんじゃないかと言ってくれたので、ここは信用することにしよう。
「じゃあ、やってみる」
「凪菜(なぎな)、可愛いから注目の的よね」
そんなことないのにと思いながらも、やっぱり彼には内緒にしておいた方がいいのかな。
早速、凪菜(なぎな)は帰りに教えてもらった事務所に登録しに行くことに決めたのだった。
+++
週末の土曜日。
いつもだったら凪菜(なぎな)は竜司と会っているところだが、今日は初めてのアルバイトの日。
彼も用があるというので理由を聞かれずに済んで良かったと思いつつ、黙っている後ろめたさも拭いきれなくもなかったが、今はまだ言わないでおこう。
「谷口さん」
「あっ、凪菜(なぎな)。もう、みんな来てるから、私たちも早く着替えよう」
都内にある一流ホテルで待っていてくれた谷口さんと急いで控え室に向かうと、ズラリと並べられた服に着替える。
白いブラウスに黒いロングスカートがなんともシックで自分には似合わないような気がしたが、この際、個人的主観は後回し。
着替え終わると、ヘアメイク担当の人達に髪をアップにされてあっという間に作られていく。
背の高さが重要視されるらしいが、クリアした凪菜(なぎな)でさえ、それでも7cmヒールを履きこなさなければならないのは少々きつい。
「何か、緊張してきたぁ」
「ダメよ。凪菜(なぎな)ったら、そんな引き攣った顔じゃ。この仕事は笑顔が一番なんだから」
「だってぇ」
「だってじゃなくって。ほら、口をいーってすれば、笑ってるように見えるから」
谷口さんに教わった通り、凪菜(なぎな)は口をいーってしながらパーティー会場となるかなり大きな部屋の扉の前で並んで本日のお客様を迎える。
―――今日は外資系企業主催の交流会みたいなパーティーだから、そんなにガチガチにならなくてもいいとは言われてたんだけど…。
もちろん外国人もいたし、偉いオジサマばかりかと思えば意外に若い人もいる。
彼氏をGETと言っていた意味もわからなくもないが、凪菜(なぎな)にはそれどころではない。
「ねぇ、あの人。ちょっといい男じゃない?後で、それとなく名刺とかもらっちゃおうかな」
耳元で囁くように言う谷口さんに合わせてこっそり視線を向ける。
『あっ、え…りゅ…竜司さん?!』
「何で、竜司さんが」
「凪菜(なぎな)、知ってる人なの?あっ、もしかして、彼氏とか」
「えっ、そんなわけっ」
―――なくない…。
用があるって言ってたのは、これだったんだ。
だけど、アルバイト初日で彼に会っちゃうなんて…。
別にやましいことをしているわけじゃないし、アルバイトを始めたことを黙っていたのはどうかとは思うけど。
バレちゃったら、バレちゃったよね。
失敗しないように、それだけに集中する凪菜(なぎな)だった。
To be continued...
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