「もうすぐ付き合って1年になる、一学年下の彼女がいるんです。僕も女の子と付き合ったのは彼女が初めてだったから…」
翔(カケル)が高校2年の時、文化祭の実行委員会で一緒になった彼女と意気投合して、どちらからともなく付き合うようになった。
その年に入学してきた女子の中では一番可愛いと評判の子で、元気で明るいところも翔(カケル)の好みだったと言ってもいい。
それまで何度か告白されたこともあったが、付き合うまで至らなかった理由は自分から好きにならなかったから。
つまり、彼女は初めて好きになった子でもあり、翔(カケル)にとって初めての相手ともなる。
受験を控えた大事な時期にこんなことを相談している場合ではないのだが、彼女と部屋で二人っきりになるとどうしてもそんな雰囲気に…。
お互い好きだから、そうなることは自然の流れ。
ただ、初めての翔(カケル)にはどうしていいかわからず、先に進めない自分に彼女がイラついているのもわかる。
とっくにそういう関係になっていると思われている翔(カケル)は、今更男友達に相談することもできず…。
「広瀬君は英語だけじゃなく、私にえっちの仕方も教えて欲しいってこと?」
「あっ、ごめんなさい。いきなりこんなことを聞いたら、気を悪くしましたね」
わざと意地悪く言う美鈴に翔(カケル)は自分の言ったことを思い返して急に恥ずかしくなったのか、顔を俯ける。
彼の気持ちは、わからないでもない。
美鈴が初めてを捧げたのは、ちょうど翔(カケル)の彼女と同い年の時だったと思う。
相手は同じクラスの男子、勉強もできてスポーツマンのとても爽やかな彼と付き合うようになってすぐのことだった。
お互い初めてだったから、上手くいかないのはしょうがない。
それで二人の関係がぎくしゃくすることもなかったし、お蔭様でその彼とは同じ大学に入った今でも付き合っている。
だから、何も心配することなんてないのに…。
「まぁ、君にとっては大事なことなんでしょうから?悩む気持ちもわかるのよ。でもね、こういうことは他人が教えることじゃないと思うんだけど」
「先生は、どうだったんですか?初めての時」
人の話を聞いているのかいないのか、勉強でも彼は自分が理解できるまでとことん聞いてくるタイプだったが、えっちまでねぇ…。
曖昧に答えたところで、彼にとっては意味がないことだろう。
―――だったら、とことん教えてあげようじゃないの。
「そうねぇ、大変だったわよ?場所は私の家だったんだけど、お互い初めてだったから。彼だって、ビデオか何かで見たくらいで実際やってみるのとは全然違うし、ゴムの着け方もわからない。だいいち、入れる場所すら、よくわかってなかったんだから」
無我夢中と言った方が正しいかもしれない。
気持ちいいとかそんなことより、終わってみれば痛いだけ。
大人はこんなことをしてどこが…その時はそう思ったが、後は彼との付き合い方も変わっていったと思う。
愛情がなければできないことだし、普段とは別の彼の優しさをすごく感じることにもなった。
「先生はそれで、彼を嫌いになったりはしなかったんですか?」
「しないわよ。今も付き合ってるもの」
「そうですか…」
まだ、腑に落ちないのか、翔(カケル)は曖昧な返事しか返さない。
「何よ。そんなに深く考えることじゃないでしょ?彼女だって、上手くできないからってあなたを嫌いになったりはしないわよ。逆にその年齢で慣れている方がおかしいし、仮にそんなことになるんだったら、そんな彼女とはとっとと別れちゃいなさい」
10代でえっちが上手い方が疑問だし、若いんだから下手だって気にすることなんてない。
好きだという気持ちがあれば、それでいいはずなのに。
「そうなんですけど…」
「これだけ言っても、まだ心配なの?」
「先生、お願いがあります。僕に教えてくれませんか?」
「教えるって、何を?」
コーヒーのカップを口元まで持っていった美鈴の手が、ピタリと止まる。
―――えっ、まさか…。
えぇぇっーーー嘘でしょ?!
言葉だけじゃなくて、実践でとか言わないでしょうねぇ…。
「僕も先生にも、付き合っている相手がいます。僕は彼女を好きだし、先生とどうこうなりたいとかそういうんじゃないんです。だから…」
「ダメよ、ダメっ!それだけは、ぜーったいにダメ。自分が何を言ってるのかわかってるの?」
「わかっています。先生だからこそ、恥を忍んでお願いしてるんです」
彼の目を見れば、それは一目瞭然。
真剣そのものの表情からは、本気で言っているのだと…。
だからって、こんなこと…世の中には、教えていいことと悪いことがある。
「いくらお願いされても、それだけは無理」
「お願いです先生、一度だけでいいんです。でないと僕…」
思いつめたような彼の表情。
これで勉強に支障が出ては困るけど…。
でも…。
何度も懇願されて美鈴はとうとう「うん」と言ってしまったが、これが後々今も尾を引くことになろうとは…思ってもいなかった。
+++
大学に入学と同時に一人暮らしを始めた美鈴のアパートに翔(カケル)が現れたのは、あのとんでもないお願いを受けた日から近い週末のことだった。
―――こんなこと、本当にいいのかな…。
いいはずないことをわかっているが、彼の真剣な眼差しを思い出すと断ることなどできない自分がいることも確か。
「何か、飲む?外は、暑かったでしょ?」
「じゃあ、お願いします。でも、先生の部屋って意外にシンプルなんですね」
部屋の中を見回す翔(カケル)がそういう感想を漏らすのも、6畳一間の洋室にあるのはベッドとテレビ、あとは中央に白いテーブルが一つポツンと置いてあるだけだったから。
この部屋には少し大きめの収納が付いているから、洋服や何かは全てそこにしまってある。
元々、可愛らしいものや物を置くことを好まない、美鈴らしいシンプルな部屋だったかもしれない。
「そう?実家も近いし、全部はここに持って来てないのよね」
「はい、どうぞ」とアイスティーの入ったグラスを差し出すと喉が渇いていたのか、それとも…翔(カケル)はそれを半分くらい飲み干した。
今日の彼はいつもと違って私服姿のせいか、幾分大人びて見える。
最近18歳になったと話していた彼は、美鈴が思うほど子供ではないのかもしれない。
「ねぇ、広瀬君。もう一度、確認したいんだけど、本当に教えて欲しいの?気持ちは変わらない?」
「はい。僕はそのつもりで、先生の部屋に来ているんですから」
ここで、「やめます」とひと言いってくれれば、どんなに良かっただろう?
しかし、無常にも彼の気持ちは変わらない。
「わかったわ。君が、そう言うなら。私、シャワーを浴びて来るわね。アイスティーまだ冷蔵庫に入ってるから、勝手に飲んで」
美鈴にとって、今付き合っている彼以外の男性とするのは今回が初めて。
とはいっても最後までするつもりなどなく、翔(カケル)だって、そこまでは望んでいないはず、途中で止める気でいたことは話さない。
シャワーを浴びている間も、何でこんなことを…そう何度も自問自答したが、なぜか完全に拒めない自分がもどかしい…。
「広瀬君も、どうぞ?」
「はい。お言葉に甘えて」
美鈴と入れ替わるように彼がバスルームに消えた後、美鈴は冷蔵庫からアイスティーのペットボトルを取り出し、それをグラスに注ぐ。
微かに聞こえるシャワーの音に耳を傾けながら、グラスに口付けた。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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