―――何よっ!あたしのこと、馬鹿にしてっ。
もう、男なんて絶対に好きになったりしないんだからっ。
凛々(りり)は、危うくそう声に出してしまいそうになったのを寸でのところで抑えつつ、やはり抑え切れなくて体で表現するように鼻息荒く大股でどこへともなく歩いていた。
―――男の人って、どうしてあぁ無神経なのかしら?
そりゃぁ、みんながみんなとは言わないけど…。
なぜ、彼女はこんなにも怒っているのかと言うと、付き合っていた彼から掛けられた言葉に酷く傷付けられたから…。
彼に“可愛いって”言われたくて選んだ洋服だったのに…返ってきた言葉は、『可愛い』じゃなくて、『何だよ、このチャラチャラいっぱい付いてんのは。邪魔くせぇ』。
お花のモチーフがたくさん付いているノースリーブのワンピースに合わせたレギンスは、行きつけのショップのお姉さんが選んでくれたイチオシで、彼とのデートに着て行くのと言ったら、絶対喜んでくれるって言ってくれたもの。
もちろん、あたしだってそう思ったからこそ買ったのに『邪魔くせぇ』なんて…。
そして、彼に言われたのはこのひと言だけじゃない。
大き目のアクセサリーをしていれば、『すげぇ、凶器になるじゃん、それ』とか、トゥが尖った靴を履いていれば、『魔法使いみたいだ』とか…。
いちいち、何か言ってくる。
あなたには、褒めるってことはないわけ?
これならまだ、何も言われない方がマシだわ…。
何が気に入らないのだろう…。
誰にも迷惑掛けてないじゃない!
もっと、優しい言葉が欲しいのに…。
どうして、言ってくれないの?
こんな時、女性同士の会話なら、『素敵ね』に『可愛い』や『いつもおしゃれだけど、どこで買うの?』って、言われるところなのに。
―――自信があったのよ、おしゃれには…。
そう、凛々(りり)は自他共に認めるおしゃれさん。
だからこそ、一番好きな人に褒めてもらいたい、そう思うのが女心というもの。
なのに、今まで付き合ったどの彼氏にも、そんな言葉を掛けてはもらえなかった。
好きになった相手が悪い?
あぁ〜ぁ…。
いっそ、女の人を好きになっちゃえばいいのかも…。
「凛々(りり)?」
―――え?
そんなことを考えていると、自分の名を呼ばれたような気がした。
「知衣(ちえ)」
「やっぱり、凛々(りり)だった。どうしたの?元気ないみたいだけど」
凛々(りり)に声を掛けたのは、学生時代からずっと仲良しの知衣(ちえ)。
お互い就職してからというもの、なかなか会うことはできなかったけど、メールのやり取りは欠かさない。
偶然にもこんなところで、会うなんて。
「うん、ちょっとね」
「そっか。あっ、良かったら、凛々(りり)も一緒にご飯食べに行かない?」
「え、でも…」
知衣(ちえ)の隣には背が高くスレンダーでとっても綺麗な女性がいて、その人は凛々(りり)が知衣(ちえ)の友達と知って、にっこりと微笑んだ。
「ねぇ、千瑛(ちあき)。いいでしょ?凛々(りり)も誘って」と言う知衣(ちえ)に彼女は「いいわよ」と答える。
―――あぁ、なんて綺麗な人なのかしら?
千瑛(ちあき)さんって言うのね、あたしも彼女みたいに素敵な女性になれれば…。
あんなことを言われないで済むのかしら…。
「彼もいいって言うから、凛々(りり)も一緒に美味しいもの食べよ?」
―――えっ…今、彼って言わなかった?
確かに凛々(りり)にはそう聞こえたが、ここに彼はいない。
恐らく、聞き間違いだろう。
「うん、じゃあお言葉に甘えて。凛々(りり)です、始めまして千瑛(ちあき)さん」
「こちらこそ、はじめまして。凛々(りり)ちゃんのことは、知衣(ちえ)からよ〜く聞いてるわ」
「そうなんですか?」
―――知衣(ちえ)ったら、こんな素敵なお友達がいるなんて、ちっとも教えてくれなかったのに。
あたしのことは、千瑛(ちあき)さんに話してたのね。
「そう。あたしの友達にとっても可愛いくておしゃれな子がいるって、千瑛(ちあき)に話したの」
「おしゃれなんて…」
―――こんな、チャラチャラいっぱい付いて邪魔くせぇ服着てるのに…。
あっ、あたしったら、ものすごく根に持ってるわね。
「ううん。凛々(りり)ちゃんは、すっごくおしゃれさん」
「彼、これでもデザイナーなのよ?」
―――また、彼って言った。
今度は、聞き間違いなんかじゃないわよね?
「ねぇ、知衣(ちえ)。さっきから、彼って」
「あぁ。彼っていうのは、千瑛(ちあき)のこと。言っとくけど、男性よ?」
―――え…。
開いた口が塞がらないとは、このことを言うのだろう。
男性って…。
まさか…誰が見ても、綺麗な女性にしか見えない千瑛(ちあき)さんが男性だというのだろうか?
ここじゃあなんだからと、未だに信じられないという顔の凛々(りり)を連れて、3人はアジアな雰囲気のエスニック料理店に入る。
高級そうで凛々(りり)には少々場違いのような気がしたが、千瑛(ちあき)さんの行きつけだと聞き、さすがデザイナーなんて感心したりして。
「凛々(りり)ちゃんも知衣(ちえ)も今日は私の奢りだから、何でも好きなものを頼んでいいわよ」
「ほんと?じゃあねぇ」
知衣(ちえ)は千瑛(ちあき)の奢りと聞いて、早速メニューとにらめっこ。
一方、凛々(りり)はというと、初めて会ったのに図々し過ぎやしないか、ちょっと遠慮してしまう。
「凛々(りり)ちゃん、どうしたの?ほら、好きなものを頼んで。知衣(ちえ)に全部決められちゃうわよ?」
「あっ、はい」
優しいお姉さんのような彼女が、本当に男性なのだろうか?
凛々(りり)はメニューを見ていても、自然に目が千瑛(ちあき)の方にいってしまう。
男性のようにゴツゴツとした手ではなく真白で細い指、少しずつ視線を上に持って行くとほどよく膨らんだ胸。
―――あれは豊胸手術をしているのかしら?それとも…。
ってことは、下も!?
凛々(りり)はジロジロ見るようなことをしてはいけないとわかっていても、やっぱり気になってしまう。
「二人とも決まった?」
「うん、あたしね―――」
そこへいくと、知衣(ちえ)は全く普通に彼女いや彼?に接しているところがすごいと思う。
「凛々(りり)ちゃんは?」
「えっと、あたしは―――」
店員さんを呼ぶと知衣(ちえ)はそんなに頼んでもいいの?ってくらい頼んでいたが、負けじと凛々(りり)も頼んでしまう。
そんな二人を微笑ましく見ていた千瑛(ちあき)。
3人はビールで乾杯すると、すぐに知衣(ちえ)は元気がなかった凛々(りり)に理由を問う。
いつも明るくて元気な凛々(りり)に何があったのだろう?
「凛々(りり)、で、どうしたの?彼氏と喧嘩でもした?」
「喧嘩っていうより、呆れたっていうか。もう、男の人とは当分付き合わない」
「え?何よ。なんかされたの?」
凛々(りり)の言い方に知衣(ちえ)は心配になって、聞き返す。
知衣(ちえ)も凛々(りり)が付き合っていた彼のことは知っていたし、うまくいっているとばかり思っていたので二人の間に一体何があったのか。
「されたっていうか、言われたの」
「言われたって?」
「うん。知衣(ちえ)は今のあたしの服装を見て、どう思う?」
「ん?すっごく可愛いと思うわよ。お花のモチーフが、凛々(りり)らしい。いっつもどこで買うのかなって、あたしも色々見て回るけど、ありきたりのものばっかりだし」
期待道りの答えに凛々(りり)は、ふっと笑みを浮かべる。
彼女は女性だから?それとも友達だから?
だったら、千瑛(ちあき)さんはどうなんだろう?
女性でも男性でもあり、デザイナーでもある千瑛(ちあき)さんなら、何て言うだろうか?
「ありがと。じゃあ、千瑛(ちあき)さんは?さっき、あたしのことすっごくおしゃれさんって言ってましたけど、本当のところはどうですか?」
「私は、その通りだと思うわよ。デザイナーの意見としても、凛々(りり)ちゃんはセンスがいいと思うし、組み合わせ方がとってもいいわ」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、とっても嬉しいです」
千瑛(ちあき)さんの表情からは、お世辞を言っているようには思えないし、デザイナーという職業柄気になるところは言うだろう。
だったら、男性として見た場合はどうなのか?
果たして、さっきと同じ答えをしてくれるのだろうか?
「千瑛(ちあき)さん、失礼なことを言ったらごめんなさい」
「どうしたの?」
「あの、男性として見た場合はどうですか?」
「え?」
「男性の目で見た場合も、さっきと同じですか?それとも…」
凛々(りり)の唐突な質問に一瞬固まってしまった千瑛(ちあき)だが、すぐに穏やかな表情に戻ると話し始める。
「私は、凛々(りり)ちゃんを男として見ても変わらないわよ?」
「『何だよ、このチャラチャラいっぱい付いてんのは。邪魔くせぇ』とは思いませんか?」
「え?」
「言われたんです、彼に」
「そんなこと言ったの?あの男」
「無神経ね」とまるで自分のことのように怒ってくれる知衣(ちえ)に、嬉しいはずの凛々(りり)はなぜだか悲しくなってくる。
「もういいの、彼のことは忘れる。ごめんね、せっかく誘ってくれたのにこんな湿った話なんかして」
「本当にいいの?彼は悪気があって、言ったわけじゃないかもしれないのに」
千瑛(ちあき)さんの言うようにこれで別れてしまってもいいのか?正直迷わないわけでもないが、このひと言が決定的だったのだと凛々(りり)は思う。
「例え、そうだったとしても、この言葉はあたしの中ではもう消えません」
「なら、私は何も言わないわ」
――― 千瑛(ちあき)さんみたいな男性がいてくれればいいのになぁ。
実際は男性なのだが、女性の姿をしている彼はきっと男性が好きなはず。
あたしなんて、ただの女友達に過ぎないのよね。
『もう、男なんて絶対に好きになったりしないんだからっ』
凛々(りり)は自分で言った言葉を思い出して、そこで一旦CLOSEさせたのだった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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