女心。
SP

R-18

「あっ、もしもし千瑛(ちあき)さんですか?あたし、凛々(りり)で―――」
『ただいま、電話に出ることができません―――』

携帯電話の向こう側から聞こえてきたのは、聞きたかった彼の声とは全く違う無機質なアナウンスに凛々(りり)は深く溜め息を吐いた。
――― 千瑛(ちあき)さん、忙しいのかな。
もうずっとメールばっかりで、顔も見てないし声だって聞いてない。
彼は売れっ子デザイナーだから仕方がないけど、でもなんだか寂しいな。

今夜こそ、凛々(りり)は祈る気持ちで彼に電話を掛けたのだが、それも虚しく消え去った。
女として生きて行くと決心し、世の女性達が自分のデザインした洋服を着ることで少しでも幸せな気持ちになって欲しい。
そう願いを込めて描き続けた千瑛(ちあき)だったが、凛々(りり)との出逢いによって本来の自分を取り戻した彼の男の目を通してデザインする洋服はより一層、幅広い女性達を魅了するようになっていた。
それは喜ばしいことだし、凛々(りり)だって。
しかし、そのことで彼との時間が減ってしまったことも事実。
『次は凛々(りり)ちゃんの番ってことで』
約束した料理だって、まだ作っていないというのに…。
これでも、頑張ってなんとか食べられるであろう料理も作れるように練習した。
まだまだ、千瑛(ちあき)さんの腕には程遠かったけれど…。
―――あぁ〜ぁ、知衣(ちえ)でも誘って一杯やろうっかな。

彼のことは仕方なく諦めて、友達の知衣(ちえ)にメールを入れようとした時、電話が鳴り出した。
ディスプレイには、ずっと待ちわびていた “千瑛(ちあき)さん”の文字が。

「もしもし、千瑛(ちあき)さん?」
『凛々(りり)ごめんね、電話に出られなくて。今、どこにいるの?話しても平気?』
「はい。仕事も定時で終わったので、今から帰ろうと思ったところなんです」
『良かった。僕ももう少しで今夜は帰れそうだから、夕食でもどうかなと思ったんだけど』
「いいんですか?」
『もちろん』
「だったら、私が作ります。この次は、あたしの番って約束してたのにまだだったから」
『ほんと?』

「あんまり、自信はないんですけど」と話す凛々(りり)に、千瑛(ちあき)の声は危うく裏返りそうになった。
…彼女の手料理が食べられる。
千瑛(ちあき)にとっては、もちろん彼女の手料理をいただくことなど初めてのことだったし、実は密かな憧れでもあった。
凛々(りり)の口コミから火が付いて予想以上にブランドの人気が出たことで店舗出店依頼が相次ぎ、多忙を極めていたために愛しい彼女の声さえも聞けない日々。
さっき、『今夜は帰れそうだから』と言ったが、それも円(まどか)が気を利かせてそうしてくれたお陰。
でなければ、仕事に支障が出そうなほど彼女を欲していたのだから。

『あと30分くらいで出られると思うんだけど』
「だったらあたし、お買い物してから行きますので、千瑛(ちあき)さんの家の前で待ってますね」
『なるべく早く帰るようにするから』
「はい」

―――さぁ、大変。
電話を切ると、急いで凛々(りり)はオフィスを飛び出した。



お魚好きの千瑛(ちあき)さんのために今夜のメニューに選んだのは、白身の魚に明太子とマヨネーズをのせてオーブンで焼いたもの。
微妙に簡単過ぎて料理って感じじゃないのだが、なかなかおしゃれで美味しいから凛々(りり)のお気に入りだった。
あんまり凝ったものを作って失敗するよりいいかなと…勝手にゴチているんだけど。

「千瑛(ちあき)さん」
「ごめんね、遅くなって」
「お帰りなさい。早かったんですね」
「ただいま。そりゃあ、凛々(りり)ちゃんに逢えると思って即行片付けて出てきたからね」

凛々(りり)が持っていた食材が入っているビニール袋を千瑛(ちあき)が持ってあげると、彼女の腰に腕を回して体を密着させる。
自分とはまるで違う柔らかい感触と、ほのかに甘い香りに酔ってしまいそう。
そんな気持ちを悟られないよう、千瑛(ちあき)は凛々(りり)に話し掛けた。

「凛々(りり)ちゃん、今夜は何をごちそうしてくれるのかな?」
「それは、でき上がってからのお楽しみです」
「じゃあ、楽しみにしてる」

奇妙な形のマンションの一室に入ると凛々(りり)は、来ていたジャケットを脱いで(これも千瑛(ちあき)さんがデザインしたもので、みんなに素敵と褒められたもの)、早速夕食の準備に取り掛かる。
急に作ることになってしまったので、エプロンを持っていなかったのがりょっぴり残念。
―――今度から置かせてもらっても、いいかな?
腕を捲くってシンクに向かい、水道のレバーを開けようとしたところで背後から彼に抱きしめられた。

「千瑛(ちあき)さん?」
「あぁ、こうやって凛々(りり)ちゃんを抱きしめたかったんだ」

千瑛(ちあき)の声は、なんだか切なくも聞こえてくる。
凛々(りり)だって、その気持ちは変わらない。
彼に抱きしめられると未だにドキドキするけど、こんなにも温かい気持ちになれるのだから。

「千瑛(ちあき)さん、あたしも逢いたかったです」

そっと千瑛(ちあき)が流れていた水を止め、凛々(りり)を向かい合わせにするとしっかり腰を密着させるようにして抱き寄せた。
すぐ目の前で、お互いの吐息を感じる。

「凛々(りり)」

彼女の艶やかなピンク色の唇に自分のそれを重ね合わせると、何度も何度も啄ばむようにくちづける。
壊してしまわないよう、大事に大事に。

「…っ…千瑛(ちあき)…さ…ん。食事…は?…」
「せっかくの手料理なんだけど、その前に凛々(りり)を味わってからでないと」

―――えっ、ちょっと千瑛(ちあき)さん?
抵抗する間もなく、彼のくちづけにまるで金縛りにでもあったように体が動かない。
そっと、凛々(りり)は千瑛(ちあき)の背中に自分の腕を回した。
唇が重なる度、お互いの想いも行き交う。
逢えなかった時間を埋めるように。

「あっ」

千瑛(ちあき)が凛々(りり)を抱き上げた瞬間、慌てて彼の首に自分の腕を巻きつけ小さく声を上げた。
―――いつも思うんだけど、千瑛(ちあき)さんったら線が細いのにあたしを軽々持ち上げちゃうのよね。
重いから悪いって思うけど、こうしてお姫様抱っこされるのはとっても好き。

寝室のドアを開けると中央にある大きなベッドに、二人は静かに沈みこむ。
キスできそうな距離でお互い見つめあうと、凛々(りり)は存在を確かめるように千瑛(ちあき)の頬に手を滑らせた。
―――あぁ、綺麗。
彼に見つめられるだけで、どうにかなってしまいそう…。

「…ぁ…んっ…っ…」

さっきとは違う、舌を絡ませ貪るような激しいくちづけ。
その後にチクっとした痛みが走り、それは千瑛(ちあき)が印を残したのだろう。
鏡で見る度に恥ずかしくなってしまうけど、同時に彼の想いに胸がキュンとする。

「…ち…あき…さ…ん…っ…」
「凛々(りり)ちゃん、好きだよ」
「…あたし…も…千瑛(ちあき)さん…が…好き…」

一度言ってしまうと、想いと一緒に溢れ出す。

「…んっ…ぁ…っ…」
「ごめん、余裕ない」

優しくしようとしても、今夜の千瑛(ちあき)には余裕がなかった。
凛々(りり)が欲しい…。
まだお互いほとんど服を着たまままだというのに、千瑛(ちあき)の指が凛々(りり)のショーツ越しに秘部に触れる。
気のせいか、しっとりと濡れているように感じられた。

早く一つになりたい…。
お互い着ていたものを脱ぎ去ると、千瑛(ちあき)は凛々(りり)を抱きしめた。
彼の熱いモノを感じて、凛々(りり)の中心も熱を帯びてくる。

「入れていい?」

黙って頷く凛々(りり)に千瑛(ちあき)は自身に準備を施し、彼女の秘部に宛がう。
ゆっくり体を沈めていくと、凛々(りり)の口から甘い吐息が漏れた。

「…あぁぁっ…っ…んっ…ぁ…ち…あ…さ…っ…」
「凛々(りり)ちゃんっ。愛してる」

体を重ねる度に千瑛(ちあき)の男としての本能がどんどん目覚めていくようだった。
それも、相手が彼女、凛々(りり)だから。

「…んぁっ…イ…っ…ちゃ…」
「凛々(りり)ちゃん、僕も一緒に」

彼女の最奥まで突き上げると、二人はほぼ同時に果てた。



「凛々(りり)ちゃん、体は大丈夫?」
「はっ、はい…」

「無理させて、ごめんね」と謝る千瑛(ちあき)だったが、えっちの後に顔を合わせるのはなんだかちょっぴり恥ずかしい…。
それでも、運動の後はお腹も空いたことだし(?!)、千瑛(ちあき)さんが楽しみにしていた料理を作らなければ。
だけど、彼がぴったり背後にくっ付いていて離れてくれないの…。

「あの、千瑛(ちあき)さん?それでは料理ができないんですけど…」
「うん」

―――うんって…。
もしかして、千瑛(ちあき)さんってものすごく甘えん坊さん?!
今までの彼氏はこんなふうにくっ付くタイプじゃなかったから戸惑いもあるけど、やっぱり嬉しいかな。

「あっ、千瑛(ちあき)さん」
「ん?」
「今度、エプロンを置かせてもらってもいいですか?」
「エプロン?」

何やら、よからぬ想像を繰り広げている千瑛(ちあき)だったが、それは気付かなかったことにする。
男性が想像するのは…恐らくそんなところだろうから。

「はい。料理をするのに、千瑛(ちあき)さんのデザインしてくれたお洋服が汚れちゃうといけないし。ダメですか?」
「ダメなんてことがあるわけないよ。なんなら、着替えなんかも」
「もうっ、千瑛(ちあき)さんったら」

膨れっ面の凛々(りり)に千瑛(ちあき)はクスクスと笑ってる。
…そうだ、あれを渡しておかないと。
何かを思い出したように千瑛(ちあき)は凛々(りり)から離れていってしまい、急に心細くなってくる。

「これ、渡しておこうと思ってたんだ」

「はい」と、凛々(りり)の手の平の上に置かれたのは何かの鍵。
見上げる凛々(りり)に千瑛(ちあき)はニッコリと微笑んで。

「これは?」
「ここの合鍵。これがあれば、いつでも凛々(りり)ちゃんが来られるでしょ?」
「いいんですか?」
「もちろん」

―――ヤダぁ、どうしよ…めちゃめちゃ嬉しいかもぉ。
料理もうんと練習しなきゃ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

大事そうに両手で鍵を握り締める凛々(りり)を千瑛(ちあき)は包み込むように抱きしめた。
どんなに疲れていても彼女がエプロン姿で出迎えてくれることを想像すると、千瑛(ちあき)は自然に顔がにやけてくるのがわかる。

「そうだ、もう一つ。今度、歯ブラシを買いに行かなきゃ」
「歯ブラシ?」

―――なぜに歯ブラシ?!
マグカップとかなら、何となく想像がつきそうだけど…。

「ほら、一人暮らしの家に2本ハブラシがあるっていうのをよくテレビとかでみるからね」

異性と付き合ったことがなかった千瑛(ちあき)には、そういう何気ないことにも目がいくのだろう。
―――何だか、千瑛(ちあき)さんって、可愛いっ。

「はい。歯ブラシ買いに行きましょう」

千瑛(ちあき)さんと一緒にいると、忘れていたことも思い出させてくれるような気がした。
すごく新鮮で、側にいるだけでどんどん好きになっていく。

「好きです、千瑛(ちあき)さん」

チュッって本当に掠める程度のキスをした凛々(りり)。
暫く放心状態だった千瑛(ちあき)の顔は、あっという間に真っ赤になって…。

「凛々(りり)ちゃん、反則だよぉ」

「千瑛(ちあき)さん、顔真っ赤。可愛いっ」と言われて、男としてあんまり嬉しくない千瑛(ちあき)だったが…。

…可愛いのは、凛々(りり)ちゃんの方だから。
お返しとばかりに千瑛(ちあき)が、「好きだよ、凛々(りり)ちゃん」と耳元で囁くように言うとくちづけると自分以上に頬を染める凛々(りり)。

そんな彼女に千瑛(ちあき)はもう一度「好きだよ、凛々(りり)ちゃん」と囁くと、ぎゅっと抱きしめた。


To be continued...


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