「光輝(みつき)か?卓哉だけど、ごめんこんな忙しい時に」
『まぁ、お蔭様でな。それより卓哉、どうしたんだ?』
「実は、お前に頼みがあってさ。今から二人何とかならないか?」
『はぁ?今からか?』
さすがに今日は、クリスマス・イヴだ。
既に店は予約でいっぱい、いくら幼馴染で親友の卓哉の頼みでも何とかなるものとならないものがある。
「無理は承知で頼んでるんだ。何とかしろよ、親友だろう?」
『お前なぁ。親友だからって、できること、とできないことがあるんだよ』
「そういうことを言っていいのか?誰のおかげで、お前―――」
『あーっ、それ以上言うな。わかったよ、何とかすればいいんだろう?何とかすれば』
卓哉の言葉を遮るように光輝は大声で言葉を発した。
これを言われると、光輝は今も顔が赤くなる。
「悪いな」
『ほんとにそう思ってるのか?』
「思ってるよ」
いつも卓哉にはいきなりで驚かされっぱなしなのだが、こんな無理は今まで一度もなかっただけに余程大切な相手なのだろう。
『なぁ、聞いてもいいか?』
長い付き合いの中で、卓哉には光輝が言おうとしていることがすぐに理解できた。
「あぁ、俺にとっては大事な子だよ。相手はどう思ってるか、わからないけどな」
『そうか』
短い言葉だったけれど、卓哉にはそれだけで十分だった。
それからすぐに店に卓哉が訪れたが、隣に立っていた女性は光輝の予想を反してとても可愛い子だった。
『初めまして、齋藤です』そうはっきりした口調で挨拶した彼女からは、可愛いという以外にとても元気な子だとも思った。
卓哉はどちらかというと大人の女性が好みだと思っていたから、これはかなり意外だったと言える。
しかも、大事な子だと言うのだから尚更だ。
今まで卓哉には、かなりの数の女性と付き合いがあったことを光輝は知っていたが、自分からこんなふうに言ったことも、まして店に連れて来るなどということは一度もなかった。
『相手はどう思ってるか、わからない』の言葉通り、こんな日にいきなり連れて来ることになったのには訳もあったのだろうが、多分、光輝が知っている限り初めて本気で想いを寄せていたのだと思う。
オープンキッチンからは二人のやり取りを見ることができたが、卓哉のあんな笑顔を見るのは初めてだった。
『あぁ、本気でこの子のことが好きなんだ』、そう思った。
紗耶は光輝の出す料理を全部美味しいと言って食べてくれて、こっちまでも嬉しくなってしまうくらいだった。
なのにそれから暫くして、彼女が急に顔を手で覆ったと思ったら俯いてしまった。
…彼女、泣いているのか?
慌てる卓哉を見て、それは核心に変わる。
…何やってんだ、あいつ…。
もう二人から目が離せなくて、光輝は本気で仕事をほっぽり投げて卓哉のところに踏み込んで行こうかと思ったくらいだ。
でも、暫くして落ち着いたのか、彼女は顔を上げるとにっこりと微笑んだ。
…なんだ、泣いてなかったのか。
取り越し苦労…光輝がそう思ったのも束の間、よく見れば頬に涙の痕が見える。
やっぱり泣いていたのだと…二人が何を話していたかはわからなかったけれど、彼女の表情を見る限り、どうもそれは悲しくて涙を流していたのではないようだ。
とにかくあの時は、ハラハラさせられっぱなしでまいった。
あんなふうに笑ったり泣いたり…表情が変わる子を見たことがない。
大事な子だから…卓哉は、そういうところに引かれたのかもしれない。
まぁ、最後には二人仲良く店を後にしたのが、せめてもの救いだったかな。
これを家に帰って妻の海晴(みはる)に話したら、『あぁ、店に出れば良かったぁ。何で、呼び出してくれなかったの?』と散々、言われたのだった。
海晴がここまで言うのには、卓哉が本気で人を好きになったりしないのではないかとずっと心配していたから。
卓哉のおかげで、光輝と海晴はこうやって今は幸せに暮らせている。
だからこそ、卓哉には幸せになって欲しい。
そんな卓哉も、やっとそういう相手を見つけられたよう。
もう、海晴は彼女に会いたくてうずうずしているようで、卓哉に『家に連れて来るよう連絡して』と、うるさくて…。
ついでにあの後どうなったのか、電話でもして聞いてみるか。
光輝は自分のことのように喜んでいる海晴を横目に一人苦笑した。
+++
「もしもし」
『俺だけど。今、話してもいい?』
「うん、いいわよ」
年末だから少し忙しかったけれど、ちょこっとだけ残業して先に家に帰った紗耶。
でも、隣の席の卓哉はまだ会社に残っていたはず、もう家に帰ったのだろうか?
『あのさ、紗耶は正月実家に帰るんだろう?』
そう言えば、クリスマスの後はすぐにお正月だということをすっかり忘れていた。
「帰ると言えば、帰るけど?」
紗耶の実家は卓哉ほど目と鼻の先ではないが、電車で1時間ほどのところにある。
本当は実家からでも会社に通えるのをこれも卓哉と同じ理由、兄夫婦が同居していたからだった。
妹の紗耶が出て行くことはないと家族に引き止められたが、こんな理由でもなければ一人暮らしなんかできないからと、1年前に思い切って家を出ていた。
だから帰省というほどのこともなく、いつでも家に帰ることはできたから、あまり考えていなかったのだ。
『実はさ。、光輝が紗耶と一緒に正月、家に来ないかって言うんだけど』
「光輝さんが?」
『そう、って言うか実際それを言ってるのは海晴さんの方なんだけどな』
海晴さんと言うのは光輝さんの奥さんだとは聞いているが、まだ紗耶は会ったことはない。
と言うより、その関係を知ったのも、つい数日前のことなのだけど…。
そんな海晴さんが、どうして卓哉と紗耶を家に招待しようと言うのだろうか?
『なんか、光輝のやつ。あの日、帰ってから紗耶と俺のこと海晴さんに話したらしいんだ。そしたら、海晴さんがすぐにでも紗耶に会いたいって』
どうやら、今まであまり女性に対して本気になったことのない卓哉に彼女ができたというので、一目会ってみたいと言うのが本音のようだ。
「あたしは、いいけど…でも、いいのかな?あたしが、行っても」
『それは構わないよ。紗耶は、いつだったら空いてる?』
「いつでもいいわよ。実家って言っても近くだし、すぐに出て来られるから」
『そうなのか。そう言うの、全然知らないんだな』
知り合って半年、付き合い始めて数日の二人にはこれは仕方のないことだ。
「そうね。そしたら、休み中にゆっくり話そう?」
『あぁ、そうだな。じゃあ、こっちで勝手に決めるけどそれでいいか?』
「うん」
『でもなぁ、海晴さん紗耶のことすっげぇ気に入りそうだからな』
卓哉はあまり海晴に会わせたくないように聞こえるが、何かあるのだろうか?
紗耶にはわからなかったけれど、あの光輝をメロメロにしてしまった海晴に会うのが今からとても楽しみだった。
+++
元旦は、お互いの家に一泊することにしたので、光輝と海晴の家には3日に行くことにした。
二人の家は店のすぐ裏にある古い洋館で、光輝がフランスでの修行を終えて戻って来ると同時に父親は早々に引退してしまい、栃木の田舎にオーベルジュを開くからと、母親を連れて越して行ってしまったらしい。
店は4日まで休みだというので、昼前に光輝の家に着くと海晴と一緒に出迎えてくれた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
光輝の出迎えに紗耶は相変わらず、綺麗な顔だなぁと見惚れてしまう。
それが、卓哉には手に取るようにわかるだけに面白くない。
「明けましておめでとう。光輝、海晴さん」
卓哉の年始の挨拶を聞いて、ようやく紗耶も正気に戻る。
「あっ、明けましておめでとうございます。はじめまして、齋藤です」
紗耶は慌てて挨拶したが、声がどもってしまった。
「まぁ、あなたが紗耶ちゃん?うわぁ可愛いっ、想像以上だわ。女の子に興味のなかった卓哉くんがゾッコンなのわかるわね」
後ろから聞こえてきた声の主は、海晴さんだ。
とても線が細くてもうなんとも言えないくらい美しくて、この二人を見ていると世界が違うような気になってくる。
光輝が惚れたのも納得できるくらい、ヴィーナスのように綺麗な人だった。
紗耶は光輝以上に美しい海晴に見惚れてしまい、言葉も出ない。
「寒かったでしょう?卓哉くんも紗耶ちゃんも、早くあがって」
と思ったら、紗耶は手を引っ張られて家の中に連れ込まれていた。
海晴はだいぶ悪阻も治まってきているらしく、とても元気だったことに安心したが、卓哉の想像通り会った途端に紗耶を気に入ってしまい、愛する旦那である光輝をそっちのけで紗耶につきっきりだった。
と言うのも、海晴には兄しかいなかったために、結婚して姉はすぐにできたが、妹が欲しくてたまらなかったのだ。
だから、歳の離れた紗耶が妹のように思えて可愛くて仕方がない。
それも紗耶の外見はめちゃめちゃ可愛かったから、もう誰も間に入ることはできなかった。
「紗耶ちゃん、海晴に取られちゃったな」
「だな…」
光輝が卓哉をなだめるように言ったが、光輝も卓哉と同じ気持ちだったに違いない。
自分の彼女である紗耶を気に入られるのは嬉しいけれど、彼氏以上にベタベタされるのはどうなのだろうか?
ある意味女同士というのは男と女以上に刺激的というか、嫉妬心が沸いてくるものなのかもしれないと卓哉は思った。
◇
「ねぇ、紗耶ちゃんは卓哉くんのどこに惚れたの?」
「え?」
どこに惚れたのか?と言われると非常に答えに迷う。
会社ではいつも意地悪だったし、惚れる要素などどこにもなかったのだから…。
「えっと、意地悪なんですけど、実はすっごく優しいところでしょうか」
「そっか、あの卓哉くんがねぇ…」
どうして海晴がそんなことを言うのか紗耶には理解することができなかったが、海晴は紗耶を見て納得したように話始めた。
「卓哉くんって今までね、あんまり女性に対して興味がないっていうのかな?だから、相手に優しくするとかそういうのなかったと思う。それでも付き合うことに対しては拒むってことがなかったから、すぐに相手から三行半突きつけられて、それでも何とも思わない平気な人だったのよね。それが紗耶ちゃんには優しくしてるって聞いて、あぁ本気なんだなって思ったの」
卓哉は、誰に対しても自分の気持ちを表に出すことは一切なく、それが紗耶に対しては違うと知った海晴は、やっと本気で愛する人に出会えたことが心から嬉しかった。
「紗耶ちゃんは、卓哉くんのこと好き?」
いきなり好きかと言われると非常に答えに困るが、紗耶は好きな人でなければ付き合うようなことは絶対しない。
いつでも本気で相手を愛するからこそ、フラれた時の代償が大きいのだが、それは仕方がないこと。
遊びで人を好きになれるほど、紗耶は器用な性格ではないのだ。
「はい、好きです」
紗耶の迷いのない返答に、海晴は熱いものを感じ取った。
本当に可愛らしい紗耶に惚れた卓哉の気持ちはわかるが、それだけではないのだろう。
可愛らしい外見とは裏腹にしっかりした意思と、ちっとも自分をそんなふうに思っていないところ。
そういう彼女を卓哉は好きになったのだと思う。
女である海晴でさえも紗耶に惚れてしまいそうな、それくらい魅力的な女性。
本気で人を愛することを知らないまま終わってしまうのではないか…卓哉のことを海晴はずっと心配していた。
それも紗耶の出現によって、今度こそ終止符を打つことになるだろう。
一方、光輝と卓哉は…。
「あいつさ、光輝に会うといっつも見惚れてんだよな」
紗耶が卓哉だけを想っていることをわかってはいるが、それでも紗耶が光輝に会うと見惚れていることに少なからず納得できないところもあった。
「何だよ、嫉妬か?」
「悪いかよ」
卓哉が紗耶に対して嫉妬していることが意外な反面、本気で好きなのだとわかって光輝だって喜ばしく思わないはずがない。
「卓哉をそこまで惚れさせるとはな」
「俺自身も驚いてる。ここまで惚れる女性に会うとは思わなかった」
卓哉自身も自分の気持ちを持て余してしまうくらい、紗耶に惚れていたのは事実。
恋人同士になった今ではそれは今まで以上に大きくなっていて、隣同士で仕事をするのはきついくらいだった。
紗耶の全てが、愛しくて仕方がない。
こんなにも、一人の女性に惚れるとは…。
自分でも恥ずかしくなるくらい紗、耶に溺れる自分がいたのだ。
「俺は、友人として紗耶ちゃんに感謝する。大事にしろよ」
「あぁ」
光輝の言葉が、ずっしりと卓哉の胸に刺さる。
紗耶を泣かせるようなことは絶対にしない。
そう、心の中で誓う卓哉だった。
二人が光輝と海晴の家を後にしたのは、日付が変わる寸前だった。
海晴は紗耶を思いの他、気に入ってしまい、離そうとしなかったのが主な理由だったが、それはそれでいいことだから卓哉も何も言うことはなかった。
「海晴さんって、素敵ね。光輝さん、あんなに綺麗な人が奥さんだなんて幸せだなぁ」
帰りの車の中で紗耶が言った言葉だった。
確かに海晴はとても綺麗な女性である。
でも、その旦那である光輝が幸せだと言い切れてしまう紗耶に、卓哉は彼女らしさを感じて胸が一杯になる。
「俺は、紗耶が彼女で幸せだけどな」
卓哉の本音であるが、紗耶にしてみれば恥ずかしい以外の何者でもない。
「もうっ、卓哉ってどうしてそういうこと平気で言えるわけ?」
紗耶の顔は真っ赤に染まっていたが、そんな紗耶が可愛く思えてならなかった。
「俺は、思ってることを言ってるだけなんだけど」
卓哉は自分の気持ちを素直に紗耶に言っているだけで、自分を作っているわけでも偽っているわけでもない。
心からそう思える相手、紗耶は本気で愛した女性(ひと)だから。
To be continued...
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