いつものランチの時間に本日の話題は…やっぱりそれですか?

社内一の女タラシで我が社の…ダークホース的、男。
尾西遼平(オニシ リョウヘイ・28歳)が
取引先の部長の娘を振った、と今朝からその噂で持ちきりだった。

彼の武勇伝をランチのデザートに、甘味のスパイスに噂好きの女子は今日も溺れる。


スロー・ステップ


尾西さんは仕事は出来るけど生活態度がよくない。
いわゆる…俺様らしく…上司にも同じような態度をしているらしい。
だけど数字を出しているし、得意先にも受けがいいみたいで
彼を苦手とする相手先もあるようなんだけどそれでも
営業の中でも業績が一番なんだからすごい。
期待の星ではあるけど…生活態度等で出世はどうかな?って
ところがあるみたいで会社的にはダークホース扱い…未知数な男だけあって
この人が本気を出せばきっとすごいことになるだろうと女子は噂する。


いい男である程度お金持っていて…やる気があれば…仕事で上を目指せる男。
そして…あちこちに女を作るくらいモテて彼を手に入れられれば
自分のスキルが上がると…そう思っている女性が多いようだ。


そんな男に興味がない私は蚊帳の外。
目立たず生きるのが今の課題だから…。
別にこっ酷く男に振られたわけじゃないけど…
そんな人間は苦手だったりするしもし万が一遊ばれでもしたら
人生の汚点と感じるだろう。
それより真面目に生きたい自分は地道に歩きたい。

そんな私は岩城星良(イワキセイラ)24歳、業務課に所属。
常に眼鏡スタイルに抑え目メイクの女だ。
本来、目鼻がはっきりしているらしく少しのメイクをするだけで
厚化粧っぽくなるのは24年生きてきて習得した知識の一つだ。
アイメークはなるべくナチュラルにするのは自分のためだった。
そんな私に眼鏡は欠かせない、アイテム。

スクエアタイプのフレーム眼鏡。
デザイン的には真面目そうな印象を与えてくれる。
まぁ、地が真面目なんですけど?



お昼休みと3時の休憩に話足りない女子は今日が木曜日だけど
このまま飲みに行こうよって話しになり
蚊帳の外にいる筈だった私も引きずり込まれた。

元々予定もなかったし、女の子だけの飲み会も悪くないかな?
という軽い気持ちだったんだけど
その飲み会の会場になり居酒屋に入ると私は固まってしまった。



数人、うちの会社の男性(にんげん) がいる?女性だけの集まりじゃなかったの?
その中に今朝から噂になっていた張本人もいるって…どんな飲み会よ。


同期で親友の朱里(アカリ)を捉まえて聞いてみると

「えっとね。始まりは企画課の山田さん達(幹事)が
何人集まるか、人数を確認してるところで尾西さんがたまたま通りかかったみたいで
本日の集まりの趣旨を彼にを伝えると尾西さんが『本人の口から真実が明らかにするよ。』
っと言ったらしく。本日はVIPなんですって尾西さん。
そしてそれを聞きつけてきた彼の親友や仲間が乱入したらしくって
20人を超えちゃったみたいね。」


何…それ。
自分の噂話、さらされる現場に来て…真実を明らかにする?
まるで記者会見ですか?

「ん…じゃ。パス」

私は手をヒラヒラさせると鞄を持ちその場から退散しようとした。

「ダメよ。人数足りててもこんな素敵な企画に乗らなくっちゃ」

全然…素敵じゃないです。
そもそも尾西さんに興味がないって。

誰と付き合おうが別れようが私には関係がありません。


こそっと行動していたはずなんだけど
そのVIPの尾西さんに見つかって大声で私の行動をばらされてしまった。


「そこの眼鏡ちゃん?帰るの?
せっかく、噂の真相を明かそうとしてるのに…俺、傷ついちゃうな。」

うっ。そんな柔な心の持ち主じゃないでしょうがっ!

「そうですね。ちょっと用事を思い出しちゃったので
残念ですけど…帰りますね。またの機会に。」

にっこり笑って無難に乗り切ったつもりだった、のに。

ヤツは!
尾西さんは私の前にズカズカ歩いてくると鞄を掴む手を掴んだ。

「まっ、いいじゃん?―せっかくだから…楽しめよ?」

彼はにっこりと笑うと自分が座っていた場所の横に私を座らせた。

何…こんな…

目の前で尾西さんは私に猪口を渡して並々とお酒を注いだ。
酌してもらったお酒を持ったまま身動きしないと
尾西さんは顔を寄せて低い声で囁く

「俺が酌した酒、飲めねえの?」

何が『楽しめよ。』よ!…アンタのせいで女性軍の視線が痛いんですけど?

一応飲めるクチなのでグビっと飲み干すと
今度はニヤリと笑いながら「飲めるじゃん?」と囁いてきた。

絶対…この人わざとだ…。
帰ろうとしたのが気に入らなかったんだ。

あっ、忘れてた…俺様人間だった―なんて。




「そこまで。」

親密な仲に見えたんだろう。その場にいた女性が
ヒステリーっぽい声でその場をスパッと切った。

近くにあった顔が遠のき、ホッとすると尾西さんは先ほどの声の主を見ていた。

「ん?」
「そろそろ噂の真相を知りたいわ。尾西さん?」

先ほどのヒステリックな声と違って媚びるような声だった。

う…嫌な…感じ。
絶対誤解してそうだな…あの人。




隣で話をしている人間を無視して
女世界の激しい現実を思い浮かべる…
明日からシカトか嫌がらせありそうだな…。

自棄気味に自分でお酒を注いでついつい飲みすぎてしまった。
記憶がなくなるまで飲んだ事はないが
これはやばい類に入ると思う。

足の反応が悪いっというか酔っ払って感覚がおかしいだけだと思うけど
横に俺様の女タラシがいるのに…やばい。

まぁ、私なんて相手しないだろうけど?
こんなに綺麗な女性が沢山いるから…。
そう思うと彼のことを真剣に見ている女性軍に視線を向けた。
ツキンと胸が痛んだ気もしたが、それはきっとお酒のせいだと思った。


明日もお仕事なので渋々飲み会は解散となった。
その支払いのどさくさに紛れて私は尾西さんのそばを離れた。

逃げるように店の外に出ると路地に隠れ息を潜める。
支払いは朱里に明日すると伝えてたので安心だけど
万が一尾西さんが絡んできたらこの酔っ払いは対処できません。

「おいっ眼鏡!…どこに行った?」

頭を抱えて路地で隠れる私の耳に彼の声が聞こえて動揺してしまった。
もっと隠れようとして顔面を壁にぶつけてしまった。

ガンッ

すごい音した割に痛くはない…?でも思いっきりぶつけたよね?
目の前が見辛く感じた。
そっと眼鏡を外すとレンズにヒビが入ってしまった。

「嘘っ!―最悪…」






*****






昨日は泣きたい気持ちを堪えてタクシーで自宅まで帰った。
ヒビの入った眼鏡で電車で帰る勇気もなかったので痛い出費だと思いながらも。

そして今朝ボーっとする頭で覚醒すると二日酔いを避けれたようでほっとしたが

不意に不安に駆られた。


「あっ、眼鏡がない。」

ヒビが入った眼鏡はお気に入りだったため、換えを用意していなかった。
いや…予備はあるんだけど家用にあるのは、黒縁フレームの眼鏡。
度の具合は少し弱いけど楽チンに出来るタイプ。
―ある意味、変装用眼鏡っぽい。
そのギャップが気に入って購入したのだった。
そしてもう一つ以前使っていた眼鏡を取り出すと掛けてみる。

うわっ、度が合わない。
これ…いつ作ったっけ?高校生の時?

会社に入るまではコンタクトを主に使ってたツケが回ってきた。


この二つの…眼鏡…使えるわけないじゃん!!

会社終わって…買いに行こう…
いや…休んで……あっ、ダメだわ。朱里に昨日のお金払わなきゃ…

金曜日の朝から最悪だ。






仕方なくコンタクトで出勤した私はこそこそするように更衣室に入り着替えた。
入社して3年目。ずっとキープしていた眼鏡っ子なのに。
おしゃれでかわいいのを割れてもいいように確保しとくべきと強く思った。




「あれ?」

更衣室から事務所に行く間に後から声を掛けられる。
その声にびくっとしながら聞こえない振りして逃げるべきかを考えた。


―だが、遅すぎた。


ポンと肩に手を置かれたと思うとぐいっと引き寄せられる。

「きゃっ」

目の前には昨日の天敵、尾西遼平がいた。

「あれ?昨日の眼鏡ちゃん…じゃん?何してんの?…今日は眼鏡なし?」

ジロジロ無遠慮に人の顔を見る尾西にムカつきながらも渋々返事を返す。

「昨日…眼鏡を壊しちゃって
…買う時間なかったのでコンタクトで出勤しました。」

なんで…こんな人に説明しなきゃいけないのよっ!

「コンタクト…調子悪いのか?」

ふーんと軽く返されると思ってた私に思いもよらなかった言葉が返ってきた。

「え?」

「新しい眼鏡を作るほど…コンタクト調子が悪いのか?」
「いいえ…普段はコンタクトですが…会社では…眼鏡」

あっ、もしかして私…墓穴掘った?

「じゃ、眼鏡買わなくていいんじゃねえの?
コンタクトにしとこうね?―岩城星良さん?」

え?どうして私の名前知ってるのよ。
さっきまで眼鏡ちゃんって言ってたじゃない!!

「ついでに空いた夜の予定は俺とのデートの予定を入れとけよ?
定時に迎えに行くから…昨日みたいに勝手に帰ったら…
どうなるか…わかるよね?―星良ちゃん?」


うわっ。昨日聞いた声より一段低い声。何…何でこうなるのよ!

目立たないように生きるのよ。女タラシの毒牙にかかりたくもないのよ。
その凶器とも言える綺麗な顔を私に近づけて耳元に囁く。

「まっ、惚れちゃったもんは仕方がないし?」

思ったことが顔に出ていたのか意味有り気に告白をされた私は
瞬きすることも忘れてしまった。

そしてそのまま頬に唇を寄せると

「覚悟しろよ?」

と言い残しその場をさった。



な…何?今の…ほっぺたにキスされた?
会社の廊下なのに…。

ヘナヘナとその場に座り込んだ。


いやぁ…逃げられない?

世界の不幸が一度に降り注いだ気がした。―それなのに
頬へのキスもどさくさ紛れの告白もドキドキしたのは隠し切れない。

―それは恋のはじまりなんだろうか?
不幸のはじまりなんだろうか…知りたくもないけど
期待をしている自分がいる。


おわり


--------------

佐和 さま

当店90万ヒットのお祝いに、素敵なお話をありがとうございました。
俺様の遼平君に、メガネで可愛い顔を隠している星良ちゃん。
きっと彼は、彼女にメロメロなのでしょう。
今後が楽しみです。
本当にありがとうございました。


2007.4.12 朝比奈じゅん


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