嘘っ。
今朝まではこんな展開、思いも寄らなかった。
目の前には会社一、
女タラシで有名な尾西遼平(オニシ リョウヘイ・28歳)がいる。
俺様だけどモテて片っ端から女の人と関係を持つ人。
だけどどこか醒めていて冷たい人だってそんな噂もある。
今、そんな彼が私を見る目はすごく優しくて
毒牙に掛かるって思ってはいても…彼から逃げることは出来なかった。
いや…それがもう毒牙にかかってしまったんだろうか?
***
朝の予告通り定時の業務終了を知らせるベルがなった直後
尾西さんは私の部署に来た。
まさか定時直後につかまるとは思ってないから
デスクの上は散らかり放題だった。
それを一緒に片付けるようにして彼は私を会社から連れ出した。
ちくちくと別の意味(普段眼鏡をしていた私がコンタクトで出社したこと)で
視線が刺さっていた私に尾西さんの出現のおかげで女性からの殺人的視線が痛い。
来週から…私はどうなっちゃうの?
もう未知の世界が待っていそうな予感…。
今まで目立たないように生きてきたんだけどな…。
先日、飲み会の席のあの一件まで尾西さんとの接点が何もなかったのに
今朝いきなり声をかけられ…なぜか告られた(あれは告られた、でいいのよね?)。
いきなりのことに、もしかして…素人さんを驚かす、アレ…どっきりだっけ?
…違うか…バツゲーム?
それか…尾西さんが誰かと賭けでもしてからかっている?
そうかも。真面目そうな女が何時間でオチるか…
そうに違いない…だから…私に急に接触してきて…
そんなことを考えている私を彼が連れてきた先は
イタリアンレストランだった。雑誌に載ったりする今人気のお店。
店から溢れるようにして沢山の人が待っている。
待ち時間1時間以上かかるみたいで
私達はその待っている人達の間を割って店内に入り
尾西さんは自分の名前を言うとすぐに窓側の席を案内してくれた。
いつの間に?…これだけの人が待っているんだから
今朝予約したってその日のディナーなんて普通は空いてないでしょ?
週末だし。
私が疑問に思っていたのがわかったのか席についた途端彼が言った。
「ああ。ここ、知り合いが経営しているから…
ま、ツテ?…いいじゃない?…まあ、星良には
支払いをしないといけないし…ここでは足りない?」
私に支払い?
足りないって?
「…あの…それって」
彼を振り返ると先ほどと同じく優しく微笑んでいた。
ドキン。
あ…
やばい…本気で好きになっちゃってる…。
終始楽しい食事だった。
口説かれている訳じゃなくて…ずっと楽しい話をしてくれた。
あの…飲み会での饒舌ぶりに驚いた時のようで。
尾西さんのトークとそのハンサム顔に見とれていたら
タクシーに乗せられてて着いた先が尾西さんのマンションらしい。
ひゃー。
な…なんで…こんな展開?
…私がぼーっとしていたから送り先がわからなかった、とか?
「俺の淹れたコーヒーがうまいんだ」とか自慢のために
連れてきただけ…よね?
女タラシと呼ばれてるはいえ今朝、(告くられた)の今はないでしょ…
今まで尾西さんが付き合っていた女性と…私は全く違うタイプだし。
私なんて興味ない…、よね、きっと。
自分で完結させた思考は思いのほか自分を傷つけた。
…好き…なんだ。
…でも…遊ばれたら…立ち直れない…。
私が部屋の前で立ち往生していたら抱き上げられ部屋の中に連れられた。
「きゃっ」
「いつまでも突っ立てるからだろう?」
私が悪いと、彼は言いながら…どうやら一番奥の部屋に向かっている模様。
「下ろしてください。って何で尾西さんのマンションなんですかっ!」
尾西さんはニヤリと笑うと私を下ろした。
「だから…出世払いしないとな?」
「その出世払いって何ですか?」
尾西さんは再び先ほどの笑みを浮かべると
「…8年くらい前だったかな?夜更けの公園で一人泣いていた女が…」
8年前…夜更けの公園…ドキッ
「ってあのボコられたお兄さん?」
思わず無意識に行儀が悪いことも忘れ尾西さんを指を指してしまった。
「やっと思い出したか?意地っ張りの泣き虫娘」
…なんて…こと…。
私は…今まで人前で泣いたことはない。
ただ…あの時は襲われそうになったこともそうだけど親友のことが悲しかった。
裏切るつもりもなかったし…どちらかと言えば、被害者だったのだから。
高校生だった私は親友の彼に告られ、付きまとわれた。
親友の彼だし興味がないと言うと
親友に「誘惑された」と嘘を言われ、親友との間にヒビが入った。
その後、その男は力づくで私を手に入れようとして親友にみつかり
私はさらに彼女に罵倒されて…親友を失った…過去。
その彼女達の前では私は泣かなかった。
人がいない場所を探して泣いていたのは月が明るい公園だった。
そこでボコボコに殴られたような男性に出会ったのだった。
―それが尾西さんだったなんて…
「そん時、ペットボトルのお茶。出世払いと言って
俺におごってくれたの…覚えてないか?」
きっと私は真っ赤になっていると思う。
私の記憶の片隅に追いやっていた出来事だった。
あんなに泣いて悲しかった現実を乗り越えたのは彼のおかげだったかも知れない。
だけど人前で泣いてしまった過去を封印してしまいたかった。
―それにあの時の尾西さんだって…すごくかっこ悪かったじゃない。
「…ま、俺もあんまり言いたくなかったんだけどな。
どうしても手に入れたかったからな。」
独り言のように呟く彼を見ると少し赤くなっているような気がする。
「…何を?」
無意識に聞き返してしまって
尾西さんから先ほどの照れたような顔が消え、代わりにいつものように
意地悪そうな顔になった。
「星良に決まってるだろう?」
耳に囁くようにそう言うと
つい先日まで、いや、今朝まで興味がなかった尾西さんに
メロメロにされてしまったらしい。
手に力が入らない。
近い顔を押し退けようとするが全く意味が無い。
その手を掴まれた。
「遠慮なく抱く。」
え?
いきなりの宣言に驚いていると唇に柔らかい感触が当たり
驚いている私の口を割って彼の舌が好き勝手に動き回る。
…はっ…ん
自分の口から甘い吐息が漏れる。
違うのに…こんな…
…なんでキスするのって聞きたいし、なんで私を抱くって?
彼を見ると男性なのに色っぽい表情をしていた
ほんのり赤くして…かっこいい。
唇が離れるとさみしく感じた。
「そんな顔をするなよ」
先ほどの色気のある顔と同様に声もそうだ。
尾西さんは私を強く抱きしめた。
自分の頭の上から聞こえる声に切なくなる。
抱きしめていた腕を緩め彼の両手は私の肩を掴んだ。
「…抱くぞ?」
…彼なりの…私への配慮なんだろうか?
今までの彼だったら、昨日の飲み会の時みたいに。
今朝みたいにディナーの時みたいに、ここに連れてきた時の様に
彼はいつだって俺様だったのに…。
「…い…いや」
頷きそうな自分を誤魔化しやっと口に出した言葉に
尾西さんは顔をしかめる。
「他の女とは手を切っている。お前が欲しい。」
私のことは尾西さんなりに真剣なんだと、切ない声と言葉が教えてくれる。
…だけど…
「…今までがひどすぎなんです。
私を抱いて…飽きたら別れるんですか?…好きな女が出来たって
別れろと言うんですか?」
「…違う。…お前は別格だ。お前に出会ったのは8年前…のことだろ?
どうでもいい女のことを覚えている、というそんな器用なこと、俺は出来ない。
それこそ、過去の女達で名前さえも覚えていない女が沢山いるからな。
女タラシと言われていた以前のことは否定しない。
だが、誓って自分から口説いた女はいないぞ?
今まで色んな女と付き合っても
…自分はどうして本気になれないのか、と散々悩んださ…。
だけどそれは他に本気な女がいるからだって最近気がついた。
だから…もう遊びはやめた。」
うっ、やめて…その切ない声と瞳。
「そ…それでも…い…いや」
「なんでだ?」
肩を掴む手が痛い。
「だって…口ではなんとでも言える。」
…うわぁーん。私のバカっ。
なんてこと言うのよ。
惹かれているのは自分も同じでしょ。
抱かれたいって…体も心もそう思っちゃってるのに。
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
「―…他の…私以外の女の人を誘わないで?
私だけを愛して?…そして…真面目にオシゴトしてください。」
私が彼の目をみてそう言うと
はじめは頷いていた彼は侵害だ、という顔をした。
私は慌てて続ける。
「…お…尾西さんの業績のこともお仕事の姿勢も
私が文句を言うことはないの…。
ただ…尾西さんの本気を見てみたいな…って。…だって…
女タラシだとか…適当に仕事してるって言われるのって嫌なんです。」
「星良は…そう思ってないってこと?」
「―うん…だって…確かに適当なところもあるけど
お仕事早いし、取引先に信頼があるってこともそれは事実でしょ?」
「わかった…今後『適当』は、しない。
その代わり責任とって俺のモノになれっ」
わあ、いきなり命令口調ですか?
ああ……もう先ほどまでの切ない声はどこにいったのよ。
「もし…尾西さんのモノになったら…大事に…してくれる?」
私だって胸に飛び込みたい…だけど…
「当たり前だろ?」
そう言う彼の声は色っぽい。
ベッドに座る形になっている私達。
私はそっと立ち上がると彼に触れるだけのキスをした。
「私も好き…」
です。と言いたかったんだけど離れた唇を荒々しく
引き寄せそのままベッドに押し倒された。
***
スースーと静かな寝息に目が覚めた。
自分以外の気配に驚く
そこは自分の部屋じゃなくて…本気で恋した相手の部屋、ベッドの中。
すぐそばにあるその綺麗な寝顔に笑みがこぼれる。
―優しかった。ギューっと抱きしめられて何も考えられなかった。
何度も求められて駄目だと言ってもやめてくれなかったよ…
「…お前が早く気がつかないし、逃げたりするから悪いんだ。」
そんな言葉を漏らしながら先ほどまで…。
やっぱり尾西さんって俺様オトコだわ。
これから…こんなのでやっていけるのかな?
もしかして私、早まった?
おわり
--------------
佐和 さま
お祝いに素敵なお話を2本もいただき、ありがとうございました。
彼の想いも通じて、支払いもできて良かったです。
お持ち帰りされてしまった星良ちゃん、きっとあの後も彼に離してもらえなかったんでしょうね。
本当にありがとうございました。
2007.5.18 朝比奈じゅん
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