スロー・ステップ
スローでいれるわけがない
(遼平視点のお話)
まぁ…あれだ…本気になれなかった…ってことだな。
「悪い。別れよう」
つい今まで恋人だったはずの女に俺はそう言った。
綺麗な女はその顔を歪めた。
「なんで?私のどこが気に入らないの?」
ホテルの1室、ベッドに座る俺の足元に彼女は纏わりつく。
「ねぇ?」
俺の脚に自分の顔を乗せて大きな瞳で見上げている。
「気に入らない―ことはない。ただ…本気になれなかった…だけ」
目の前にいる彼女は取引先の部長の娘だ。
なんでそんな相手を彼女に選んだか…というのは
その部長直々に“お見合い”を持ちかけてきた。
もちろん断ったがお見合い相手だった娘が俺の前に現れて
交際を申し込んできたのだった。
「女に本気…になれない。だけど一人身でいるつもりはない…
本気になれないけど、とりあえず、体だけの割り切った関係ならば…構わない…」
いつも同じ台詞で深い関係になる…だが心のどこかで醒めている自分がいて
本気になろうと気持ちが働かない。
今回、取引先の部長の娘であるから…慎重に別れを切り出した。
「どうして?…あんなに燃えたじゃない?」
ん…燃え尽きたと言ったら殴られるかな?
相性はそこそこ良かったと思うけど…愛しさを感じることはない。
結局、ビンタ2発食らって“振られた男”に成り下がった。
プライドの高いお嬢さんはそうするほうが早くていい。
変に執着されるとドロドロになるから…な。
―そんな自分は…気づいてしまっていることがある。
もしかして…自分が惚れているかも知れない…女がいることを。
“惚れているかも知れない女”は…自分の近くにいる。
近くにいるのに…女タラシの異名を持つのに口説かないのは普通は変だと思うよな?
俺にも実際はわからない。
ただ…珍しい名前だったから…頭のどこかに引っかかっただけ。
イワキセイラ…。
****
遡ること…8年前、俺は大学生だった。
遊びたい盛りで色んな意味でも今よりも無茶をしていた。
ある日、悪い遊びを教えてくれた先輩のお気に入りのbarで
一人の女が俺に声をかけてきた。すごくエロイ体をした色気のある女で
断ることを知らなかった俺は誘われるままホテルに行こうとして数人の男に囲まれた。
「何?」
5人の黒系のスーツを着たいかにも(・・・・)、の男たちと女の会話で
どうも…ヤバイ人種の…女に手をつけるところだった、らしい。
まだホテルにも入ってなくて…直前だったんだけど
女からの誘いとしても関係を持とうとしたのは事実なので俺は腹に蹴りを入れられた。
その後、近所の公園まで連れて行かれてボコボコに殴られた。
顔から血が流れ痛くて呼吸もするのが辛い。
あちこち熱くて…もしかして死ぬのかと思った。
だが女がその男たちを止めてくれて俺は死ぬまで行かなかったようだ。
俺の持っていた財布から中身の札をを取り上げられ、
空になった財布を俺に叩きつけて…そいつらは夜の闇に消えた。
そこで俺の目の前は急に暗くなった……
…いつの間に寝ていたんだろう?
顔や腹…腕や脚。どこかしこも痛い。
目が覚めると…あれが悪夢だった…ということはなく
俺はズキズキする体を起こそうとした。
――そんな時、女の泣くような声がする…もしかして幽霊か…そんな類のものか?
くすっ…くすん…
すすり泣きする声の主を見つけた。
街頭の灯りで照らされたベンチに座る一人…の女だ。
こんな夜更けに一人で泣いているのか?
さらに体を起こそうとしたら情けないことに声をだしてしまった
「っ痛!」
「誰っ!」
ベンチで泣いていた女が俺に気が付いて振り向いた。
高校生くらいだろうか?
目と鼻は真っ赤にしていたが
その容姿は美少女…まだ化粧(ばけること)を覚えていないその顔は俺にとって新鮮だった。
「…俺が…先客だ…。ちぃ」
少女は俺のほうに駆け寄ると
「ひどい…」
自身の手に持っていたハンカチと違うものを鞄から取り出し
公園の水飲み場の水を浸して俺の顔にそのハンカチを当てた。
「った!」
たまらなく漏らした声に少女はさらに傷口にそれを押し当てる。
「男でしょ?我慢しなさい」
少女の顔はそんなことを言いながら少し笑顔が浮かんでいる。
かわいいな。そんな一言が頭に浮かんだ。
すぐ目の前にある…泣きはらしたその顔に…どんな悲しい出来事があったんだ?
「アンタ…何で泣いてたんだ?」
俺がボソっと聞くと俺の顔を冷やすことで泣き止んでいた
少女の瞳からまた涙が出始めた。
「…関係…ないでしょ?」
俺の顔を冷やす彼女の手を掴んだ。
「関係…ないから…話を聞くことも出来るんじゃないか?」
俺の顔を見ていた少女がゆっくり目を閉じると
泣いていた真相を話し始めた。
親友の男が少女に手を出してきたらしく、親友のこともあるし
交際を断ると自分が唆したように親友に吹き込まれたらしく親友から絶交を言い渡された。
そしてその男が懲りずに自分を押し倒して力づくで関係を持とうとして親友に見られて…
罵倒されて泣いていた、と。
こんなところ(人気の無い公園)で泣くくらいの少女は
そんな親友たちの前では泣かなかったんだと思う。
俺は少女の頭を優しく抱くとらしくなく優しく声をかけた。
「がんばったな。辛かったな。…そんな男…相手にするな。
親友も…お前のことを信じてもくれない人間は…親友じゃないぞ?
傷つけたヤツラのせいで更に傷つく必要は無い」
するとまた少女は泣き出す。
「…いつも意地張って生きているだろう…お前は泣く場所もないんだろう?
俺がそばにいるから…今日は好きなだけ泣け。」
泣き止むまで…その顔に笑顔が戻るまでそばにいてやるよ。
ベンチには…目をハンカチで冷やす少女と腫れぼったく殴られた顔を
何とか冷やしている男…が座っている。
あれからずいぶん時間が経ったと思うが…少女は帰ろうとしない。
まぁこんな時間には交通手段もないだろうから。
夜明けまでは付き合おう。俺らしくもなくそう思ってた。
「泣きつかれて喉が渇いたろう?」
俺は立ち上がり自販機の前に立つと財布を開ける。
あ…金…抜き取られたんだった。
しかも小銭がない。
「悪い…金無かったみたいだ」
かっこ悪い自分の頭をポリポリかきながらそう言うと
少女は笑い出した。
「…かつあげ?…どんくさいな。男はもっと腕っ節強くなければ
女の人守れないよ?―はい。出世払いね」
笑いながら自販機のそばにくると自分の財布からお金を出して
買おうとしていたお茶を俺に差出した。
そして自分も同じものを買うと先ほどと同じく隣に座った。
「ありがとう。―知らん振りする人が多いのに
話を聞いてくれて…片方の私だけの話なのに…私を信じてくれて…責めな…
…きゃっ。冷たっ!」
俺は冷たいお茶が入ったペットボトルをまた泣き出した彼女の瞼につけた。
「そんなに泣いて傷ついているんだ…通りすがりの人間までに
嘘なんていう人間いないさ。―もう泣くな。かわいい顔、台無しだぞ?」
俺の言葉が癪に障ったのか俺のお茶を遠のけた。
「かわいくないもん。自分の顔が嫌い。」
今までその綺麗な顔のせいで不要なまでのアプローチを
沢山受けたんだろう。…男の俺なら簡単に無視すれば
済む話だが少女の場合、無理やり…関係を持とうとする人間も周りにいる
かも知れないしな…そんなこともあった事実もあるし。
「お前の気持ちわかるぞ?
でも…いつか外見も中身も全て大事にしてくれる男が出来るさ…。」
俺の顔を覗き込みながら彼女は笑った。
「お兄さん…すごくハンサムな人だったんだ…顔ボコられているから
わからなかった。まだすごい顔してるけど」
すごい顔は余計だ。
そう言い合って始発が動く時間に別れた少女の名前が“イワキセイラ”だった。
****
朝から俺の周りが煩くて発散したい気持ちもあり、とりあえず飲みたかった。
企画課の山田さん達数人が目の前を通り過ぎる。
俺には気が付いていないようだが
彼女達の会話に俺の名前があがったので理由を聞くと
取引先の部長の娘とのことが話題になっているらしく
それを酒のツマミにして今日は女だけの宴会があるらしい。
まぁ、酒のツマミにされるって言うのは俺らしいな。と思いながらも
俺と同期の男やモテそうな男を見繕って連れて行くと約束すると
山田さん達は目を輝かせて今日の宴会の参加を認めてくれた。
そして会場に着くと…眼鏡スタイルの岩城星良を見つけた。
珍しい名前だから…きっとあの少女が彼女なんだろうと思う。
容姿にかなりのコンプレックスを持っていたみたいだから眼鏡をして
目立たなくしていると俺は気が付いている。
その力んだ姿勢を取り払ってやりたいと思っているのだが
女タラシのレッテルを貼られている自分は…彼女に近づくことも出来ないだろうな。
そんなことを考えていると会場からこっそり逃げ出そうとした彼女を見つけた。
彼女を捕まえてから自分の横に座らせた。
近くでいる彼女はあの時泣きはらしていた彼女…の面影がある。
やっぱり。近くにいながら自分を避けるようにいる彼女を欲しいと思う。
惚れていたのは間違いないらしい。
気が付くのが8年もかかった…ってことだな。
昨日の飲み会は会計のどさくさに彼女を逃してしまった俺は
今朝、絶対連れて帰る気で出社した。
彼女の部署のあるフロアーで待ち伏せしていると更衣室から出てきた
星良を見つけて驚いた。眼鏡をしていない。
メイクは控えめだが…やっぱり以前の面影がある。
綺麗な女だ。
気が付くと声をかけて頬にキスまでしていた。
軽く脅して(・・・)一人で帰らないように言って
それでもまだ足りなくて定時過ぎると彼女の部署へ拉致りに行った。
そうしてまでも星良が欲しい。
あの時(・・・) の約束通り出世払いの清算しないといけないからな。
俺様、な俺だけど巡ってきたチャンスを手放す訳がないだろう?
かわいそうだが星良に慣れてもらわないとな。
だけど情けない俺の姿も知っているから…今日は懐かしい話を夜通ししような。
おわり
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じゅん様100万HITおめでとうございます。
毎日の更新を楽しみにさせていただいてまして
いつもの時間が待ち遠しくてたまらないです。(笑)
これからも楽しみにストーカーさせていただきます。(宣言w)
佐和
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佐和 さま
当店100万ヒットのお祝いに、素敵なお話をありがとうございました。
俺様の遼平君にも、こんな過去があったとは…。
8年越しの彼の想いは…。
いつも遊びにいらして下さって、ありがとうございます。
これからも、定時更新頑張ります。
本当にありがとうございました。
2007.5.18 朝比奈じゅん
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