Intersection
10


どうして、こうなるの―――。

梨華の右隣には常務、そして正面には巨哉(なおや)と3人でテーブルを囲み、なぜか、なめこおろし蕎麦をズルズルっと啜っている。
ここは会社近くにあるとっても美味しいと評判の老舗の手打ち蕎麦屋さんで、時々、梨華も連れて来てもらっていた前寺崎常務のお気に入りのお店。
特になめこおろし蕎麦が、絶品なの!

―――常務が二日酔いでパスタや揚げ物は胃にもたれるんじゃないかと思って、私が提案したからだけど…。
何も、3人で食事を取ることもなかったわよね。
それもこれも、巨哉(なおや)が『じゃあ、一緒に』なんて言うからっ。
あぁ〜でも、巨哉(なおや)ったら、私のことを『いつも、梨華がお世話になってます』なんて常務に紹介しちゃったのよねぇ。
この前だって、一緒に食事をしているところを見られたっていうのにぃ。

それにしても、さっきから黙ったままでひと言も発しないまま食べるって…何だか、せっかくのお蕎麦が全然美味しくないわね。
だからといって、何をどう話していいものか…。
でも何かを言わなきゃと思った矢先、崇(たかし)が箸を休めて口を開いた。

「蒼井さんは、蒼井開発の」
「俺のような者の名前を右京コーポレーションの常務がご存知とは、光栄ですね」

―――何が、『光栄ですね』よ。
ちっとも、目を合わせていないじゃない。
ただでさえキマヅイというのに益々、雲行きは怪しくなっていく…。

「そっそうなの。この前、初等部の同窓会の時、常務もあのホテルにいらしたんですって。大学の同窓会で…」
「同窓会?そうですか。それは、奇遇ですね」

何度も頷く巨哉(なおや)が、その後、続けてとんでもないことを―――。

「梨華とは幼馴染でもありますが、実は付き合ってるんですよ」

―――つっ、付き合う?!
そんなこと、いつ、どこで、誰が言ったの!!

「はっ?巨哉(なおや)ったら、な…何てことをっ…」
「何も隠すことはないだろう。せっかく、こうして梨華の上司と食事をする機会を得たのだから、お知らせしておいた方が」

しれっと言う巨哉(なおや)に梨華は、慌てて弁解したが…。

「お知らせってっ。常務、私は付き合ってなど―――」
「それは、二人の時間を邪魔してしまい。申し訳ないことをしました」

―――二人の時間って…。
穏やかな表情で話す常務だったが、声のトーンからしていつもと違うのは明白。
「ごちそうさま」と綺麗になめこ蕎麦を平らげたのには、すっかり二日酔いも治ったのだと梨華もホッとしたけれど、誤解を解くにはどうすればいのだろう。
巨哉(なおや)も、悪ふざけがひど過ぎる。
常務の前で、こんなことを言う必要なんてないのに…。

結局、梨華だけお蕎麦が喉を通るはずもなく、それから特に会話もないまま3人は店を出た。



宣戦布告か―――。

椅子から立ち上がると崇(たかし)はそう呟いて、常務室から見える窓の外の景色をただジッと眺めていた。
お昼に外に出た時には晴れていたが、今は薄雲が空一面を覆い尽くしていて、今にも雫が落ちて来そうな天気だった。

『今のところは恋人ではないそうだ。彼の方はかなりモーションをかけているようだが、肝心のお嬢さんの方はてんでその気がない』

今は、こう話していた晴貴の言葉を信じたい。

何が、こんなに気になるのか…。
地味な秘書だが仕事もデキル、実はものすごく可愛くて森永製薬の令嬢だったからか?
それは、崇(たかし)にもわからない。
ただ一つ言えるのは、あいつにだけは彼女を渡したくないということ。

コンっ―――
  コンっ―――

「どうぞ」
「失礼します。コーヒーをお持ちしました」

そんなことを考えていると梨華が入って来て、崇(たかし)は今の想いを打ち消すように言う。

「コーヒーを持ってくるようにとは頼んでいないが」

こんな冷たい言い方をするつもりなどなかったが、彼女の前では余裕のある男ではいられなかった。
嫉妬深くて、ドロドロと汚い心の持ち主なんだと。

「すみません。余計なことをしました」
「いや、すまん。今の俺は、どうかしていたんだ」

「そこに置いてくれないか」と言われデスクの上にカップを置くと、梨華は崇(たかし)に向かって深々と頭を下げた。

「さっきは蒼井さんが失礼なことを言いまして、申し訳ありませんでした」
「君が誰と付き合おうと、俺には関係ないから」

確かに崇(たかし)の言う通り、梨華が誰と付き合おうと関係ない。
しかし、付き合ってもいない相手とそういうふうに思われるのは嫌だった。
巨哉(なおや)は幼馴染であって、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

「付き合ってなんかいません。信じて下さいなんておかしいかもしれませんが、なぜ彼があんなことを言ったのか…蒼井さんとは、幼馴染というだけなんです」

「本当です」と懇願するように言う梨華。
そこまで弁解する理由は何なのかを崇(たかし)は聞いてみたかったが、恐らく彼女自身にもそれはわかっていないのだろう。
完全なる、蒼井 巨哉(あおい なおや)の一方通行か…。
それはそれで、酷というものかもしれないが。

「彼は相当、君に惚れているようだな」
「え?そんな…」
「まさか、君だって気付いていないとか言わないだろう?」

―――えっ、巨哉(なおや)が私を?
そんなはずないわよ。
いっつもあんな感じだし、ずっと一緒にいたけど、今まで一度だってそんなことを言われたことはないし…。
さっきの話だって…えぇぇ?!そうなの?あの巨哉(なおや)がぁ?

崇(たかし)に言われなければ、本人はこの先もずっと巨哉(なおや)の気持ちに気付かなかっただろう。

「うそ…」
「それでは、彼もかわいそうだな」
「でも、私は…」

ここまで鈍感だったとは…敵であるはずの彼に崇(たかし)も同情さえしたくなるほどだったが、『お前にとっては、チャンスと言えばチャンスだな』。
またまた、晴貴に言われた言葉を思い出して苦笑する。
崇は、椅子に座り直すと入れてもらったコーヒーを一口。
『これを飲みたかったんだ』と思うなら、素直にそう言えばいいのにと思う。

「君にその気はないのか?」

―――その気はないのか?って言われても…。
そういうことを考えたこともないし、対象でもない、あり得ない。

「はぁ…」
「仕事でははっきり言う君も、恋愛となると別かな?」
「そういうわけでは…」

心底困り果てた表情の梨華に向かって崇(たかし)が言ったひと言は…。

「なら、俺と付き合わないか」

『時間を掛けて君を口説くことにするよ』と前に言ったが、それではいつになるかわからない。
鳴り響く電話の音も耳に入らないほど頭の中が混乱して、梨華には何が起きたのかさっぱりわからなかった。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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