Intersection
9


今は一人暮らしをしているが、どうしても確認したいことがあった崇(たかし)は久し振りに実家の門をくぐっていた。
ニューヨークから戻って来たばかりだというのに家には戻らず、母親も息子がまともに食事を取っているのか心配しているから、せめて夕食くらいは食べに来るようにと言われていたからだ。

「父さん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「崇(たかし)か、珍しいな。夕飯は、もちろん食べていくんだろう。母さんには、言ってあるのか?」

リビングでくつろぎながらテレビを見ていた父は息子が来たのが嬉しいのだろう、会社では厳しい顔しか見せない頬を緩ませているのがわかる。
母親にはその旨電話で伝えてあったから、父が一人の時を狙って用件を先に済ます。

「そのつもりで来ましたが、その前に僕の秘書をしている森永さんというのは―――」
「何だ、彼女が気に入ったのか?さすが、私の息子だ。うんうん、目が高いぞ」

人の話なんて全く聞く耳をもたない父は、突然そんなことを言い出した。
あながち、当たっていないわけでもないところが厄介ではあるのだが…。

「いえ、そういう話ではなくてですね。彼女は、どういう人なんですか?」
「どういう人って、言われてもなぁ」

はぐらかそうとしている父に、崇(たかし)は単刀直入に聞いてみる。

「森永製薬のお嬢さん、ですよね?」
「お前、知っていたのか?」

…知っていたのか?じゃないだろう。
とぼけるのが、上手過ぎるぞ。

「別に隠すつもりはなかったんだが、彼女の方から黙っていて欲しいと言われてたんだよ」
「どうして」
「梨華ちゃんはとても勝気で明るくてチャレンジ精神旺盛だから、あの家に生まれても就職したいってきかなくて。だけど、父親が猛烈に反対してな。まぁ、あれだけ可愛かったらわからないでもないが…。それで私が間に入ったと言うわけだ」

今の彼女を見れば“可愛い”という言葉は当てはまらないかもしれないが、既に本当の姿を知っている崇(たかし)なら彼女の父親の言い分もわかる気がした。
そして、自分に向かって仕事をしたいと言ったことも。

「崇(たかし)も知っている通り、森永と私は大学時代からの親友だからな。娘の可愛がりようは昔から聞かされていたよ。それで就職するなら父親の会社にしたらどうだと言ったんだが、それではダメだって彼女の方が言い出して、結局私の会社で落ち着いたわけだ。実力で試験を受けて入りたいからと、きちんと一般と同じように試験を受けたよ。彼女は非常に優秀で、入社トップの成績だったな。人事は彼女が森永の娘だとは知らないから第一線で働いてもらおうと思ったんだが、それは私の権限で止めさせた。そこで前の寺崎常務の秘書になってもらったんだ。彼女はどうして?って聞いてきたが、これは社長命令だって言ったら素直に受け入れてくれたんだよ」

…そういうことか。
どうして、わざわざうちの会社に就職したのか理解できなかったが、何となくそれを聞いて彼女の人柄というかそういうのがわかってきたような気がした。

「それじゃあ、どうして会社ではあんなに地味にしているんですか?」
「あぁ、あれはワザとだよ」
「ワザと?」
「そう、あの通り梨華ちゃんは可愛らしいから周りの男どもが放っておかないからな。大学時代はすごかったらしいぞ?ストーカーまがいのことまでされたらしい。それで本人も嫌になって、ワザと地味にして目立たないようにしてるんだ。色々、変身できるって結構気に入ってるらしいけどな」

父は、大げさに笑って見せた。
なるほど、ストーカーというのも怖い話だが、あれだけ可愛ければわからないこともない。
しかし、あそこまで別人になりきれるというのもある意味すごいことで、それを楽しんでしまうところは彼女らしい。

「崇(たかし)が梨華ちゃんを気に入ったのなら、私は喜んで協力するぞ?あんな可愛い娘ができたら、言うことなしだからな。ただし、森永は喜ばないだろう、俺が義父になるなんて絶対駄目だってな」
「えっ、それは」

ここで父が入ると益々、ややこしいことになり兼ねない。
崇(たかし)は慌てて否定したものの、父はかなりその気になってしまっているようだ。
…どうして、そういう話になるかな。
確かに彼女が気にならないわけじゃないが、この歳で父親に頼んでどうこうするものでもないだろう。
そのつもりなら、自分で彼女をモノにするさ。

これだけ聞ければここへ来た用件はもう済んだけれど、母親が張り切って作った料理を食べないわけにもいかず、結局父にもお酒を付き合わされる羽目になって、次の朝、二日酔いのまま父親の車に乗せてもらって出社することとなった。



「おはようございます。本日の―――大丈夫ですか?よろしければ、お薬をお持ちしますが」
「あぁ、頼むよ。やっぱり、わかるよなぁ」

こめかみを押さえながら苦笑する崇(たかし)だったが、お酒の匂いこそしていないものの、彼の様子からして余程飲んだのだということが梨華にもわかるほど。
―――でも、珍しいな。常務がこんなになるまで飲むなんて。

「常務が二日酔いなんて、珍しいですね」
「昨晩は、久し振りに実家に帰ったんだ。親父に散々付き合わされてさ。あっちは今頃、俺よりひどいはずだぞ?」

―――そういうことだったのね。
社長にも秘書は同じことを聞いているかもしれないと思ったら、何だか微笑ましく思えたりして。
男同士っていうのは、そういうことができるからいいのよね。
ちょっぴり、羨ましいかも。

「いいですね。男同士親子で飲めるのは」
「そうでもないぞ?歳をとったせいか、結構絡んでくるし」

梨華も良く知っている社長はいつだってダンディで絡むところは想像つかないが、息子にだけは見せる姿なのかもしれない。

「只今、お持ちしますね」
「あっ」
「はい」
「あっ、いや。昼はちょっと外に」
「わかりました。では、お弁当はキャンセルにしておきます」
「まぁ、そうなんだけど」

―――常務ったら、どうしたのかしら?
いつもと違う崇(たかし)に梨華は首を傾げるしかない。

「一緒にどうかと思って」
「は?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、梨華は慌てて口を手で押さえた。
―――だけど、一緒にって言われても…。
食事の誘いを断ったというのがあったけど…何でまた、いきなり?

「昼くらい、付き合ってくれてもいいだろう?」
「はぁ」

断る理由もなく「失礼します」と常務室を後にしたが、二人でお昼を食べに行く姿を誰かに見られでもしたら、特に嘉葉(かずは)には…。
若い上司というのはこういう時に厄介だなぁと思っても、これも仕事と割り切って受けるしかないだろう。
それより、早く薬を持って行かなくちゃ。



あっという間に時計の針は12時を回り、昼食を外で取るために梨華は常務の一歩後ろに付いて行くが、嘉葉(かずは)には仕事が立て込んでいて自分の席でお昼を食べると嘘をついた手前、部屋を出る時に会ってしまわないかドキドキだったけれど、彼女は先に行ってしまったようだ。

「おかげで、二日酔いもだいぶ良くなったよ」
「それは、良かったです」

エレベーターの中での会話もこんな感じで、あまり上手く話せない。
これが巨哉(なおや)だったら…この違いは何なのだろう。
常務のことは、やっぱり男性として意識してしまうから?逆にこんな自分を女として見ているとは思えないのに…。
そんなことを考えながらロビーを出ようとした時に梨華の携帯が震えだし、ディスプレイを見れば巨哉(なおや)から。
―――こんな時に巨哉(なおや)ったら、何の用?
取り敢えず、前を歩く常務に聞こえないようにこっそりと電話に出る。

「もしもし」
『あっ、梨華か?あのさ、今、会社の前に来てるんだ。一緒に昼飯でもどうかなぁと思って』
「は?巨哉(なおや)、来てるってどこに?」

―――やだ、来てるってどこよ。
またまた、素っ頓狂な声を上げながら、辺りをキョロキョロと見回す梨華。
わぁっ、あそこにいるじゃないっ。
携帯を耳に当てながら、立っている巨哉(なおや)がガラス越しにいるのが見える。
お願いだから、こっちを見ないでっ!

『どこって、玄関前』

「ちょっと待って。私は今から、常務と―――」と言ったが既に遅い、崇(たかし)が振り返ったのと同時に巨哉(なおや)ともバッチリ目が合った。

―――あぁ、何てこと…。
運が悪いというか、どうしてこういう時に―――。

梨華は、常務に「すみません」と断ると事情を説明するために巨哉(なおや)の元へ走り寄った。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。

NEXT
BACK
INDEX
SECRET ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.