「よっ」
「相変わらず、目立つ男だなお前は」と崇(たかし)の右横から突然現れたのは、親友、佐久間 晴貴(さくま はるき)。
晴貴はSKエンタープライズ社長の次男で大学卒業後は父の会社に勤務していたが、つい最近独立してグループ内のIT部門を受け持つSKインフォメーション・テクノロジーズという会社を興したばかり、容姿もさることながらそのプレイボーイ振りは有名だった。
彼もまた父親の関係で江上商事との付き合いは長く、このパーティーに招待されたのだろう。
「それをお前に言われたくないな」
お互いこんなことを言い合っているが、周りの視線は既に二人に集まっていた。
これからの将来を担うであろう若き騎士達に羨望の眼差しが注がれていたことを知ってか知らずか、テーブルの上に並べられていた豪華な料理にありつく。
「今日は一人か?いや、常務になったばかりなんだからこういうパーティーに顔を出すのは仕方ないとは思うけど、お前にしては珍しいと思ってさ」
崇(たかし)はニューヨーク支社に長くいたから、こうしてパーティーに出席するのは今回が初めてのことだったが、それでも、あまり表に出たがらない崇(たかし)がこの場にいることが晴貴には少々意外に思えた。
「秘書と一緒だ」
「秘書?」
秘書と聞いて目を輝かせながら晴貴は辺りを見回してみたが、それらしき人物は見当たらない。
ふと、さっきも向けていた崇(たかし)の視線の先を追ってみるとこれまた妙に目立つ男性と別の意味で目立つ女性が視界に入る。
確か、男性の方は蒼井開発の…女性は、ホテルの従業員…。
「えっ。まさか、あの…」
…嘘だろ?あんな地味な。
秘書だからもう少しとか、そういう理由にはならないが、それにしても彼女を連れて来た崇(たかし)にはどういう意図があったのだろう。
それも気になったが、あの二人が随分と親しい間柄に見えるのは…。
「彼女が俺の秘書なんだが、相手の男は誰だろう?」
「あぁ、お前は海外が長かったから知らないかもしれないが、彼は蒼井開発の御曹司だ」
「蒼井開発?」
「あぁ」と頷く晴貴。
蒼井開発と言えば、近年は都心のビル事業やウォーターフロントの高層マンションなどを手がける大手の不動産会社だ。
その蒼井開発の御曹司と彼女がどうして…。
知り合いにしては…もしかして、それ以上の間柄なのか。
崇(たかし)が二人から目を離すことができなかったのは、自分でもよくわからない感情に支配されていたから。
それが何なのか、気付くまでにはまだ、だいぶ時間が掛かりそうだが。
「ほう、お前はああいうのが好みだったのか。俺はてっきり、ニューヨークでナイスバディーな女性を口説いてたと思ったんだけど」
「あ?俺がいつ」
大袈裟にグラマラスな女性のジェスチャーをして見せる晴貴に呆れ顔の崇(たかし)だったが、彼女が好みなのかと言われるとそれははっきりわからない。
ただ、今まで出逢ったどの女性とも違う魅力を備えていて、もっと彼女のことを知りたいという気持ちがあることは確かだった。
「まぁ、どんな女性を選ぼうとお前の自由だけど」
「だから、そんなことは言って―――」
いくら弁解したところで、晴貴はおもしろがって色々言ってくるに決まってる。
ここは、ひとまずこの話題から離れるのが賢明だろう。
崇(たかし)はもまた、久し振りに会った友と仕事を抜きにした話に花を咲かせるのだった。
+++
彼女と蒼井 巨哉(なおや)との関係は―――。
このことがどうにも引っ掛かって、思うように仕事にも集中できない崇(たかし)。
単なる秘書である彼女が誰と付き合おうと関係ない話ではあったが、それでもなぜか意に反して気になってしまうのはなぜなのか。
自分には絶対見せない、あんな笑顔を見せる相手…。
「失礼します。常務、そろそろ出られた方が」
「あ?あぁ」
これから、崇(たかし)は取引先に出向いて、以前、梨華が作成した契約書を交わすことになっていた。
重要な事柄だけに気を引き締めていかなければならないはず、私情など挟んでいる場合ではなかったが、どうも心は上の空。
「常務、どうかされました?」
「いや、別に。すぐ出るから」
―――どうしたのかしら?常務。
最近、ずっとこんな調子の崇(たかし)だったが、用意しているお昼のお弁当はちゃんと食べているのを確認していたし、体調が悪いというのでもなさそう。
梨華はそんな彼のことが心配だったけれど、プライベートなことにまで関わるわけにもいかず、黙って見守るしかなかった。
◇
この日、常務は戻らない予定、ちょっぴり寂しいなとか思いながら梨華が一人仕事を片付けているとデスクの上に置いてあった携帯電話が5回震えて止まる。
―――あっ、メール。
きっと、巨哉(なおや)からだわ。
江上商事のパーティで会って以来、巨哉(なおや)とは前よりメールのやり取りをする回数が増えていた。
こんな時間に送って来るのはどうせ、『これから退屈な会議だ』とか、そんなところだろう。
誰もこの部屋に入っては来ないけれど、デスクの下でこっそり携帯を開くとメールをチェックする。
『今夜、食事でもどう?車で迎えに行くよ』
―――あら、珍しい。食事の誘いなんて。
どうでもいいメールは送られて来たが、こうして巨哉(なおや)から食事に誘われるのは初めてだ。
「行ってあげてもいいけど。もちろん、巨哉(なおや)の奢りよね?」
そう返すと、すぐに『もちろん。お嬢様の好きなところへ、お連れしますよ』な〜んて、おちゃらけた返事が。
全く、私なんか誘ってないで付き合ってくれる彼女ならいくらでもいるでしょうに。
彼は誰が見てもいい男だったけど、まぁ、男っ気のまるでない梨華が唯一こんなふうに付き合えるのは巨哉(なおや)だけなのだから。
お言葉に甘えてお気に入りのお店を指定すると『はいはい、全く贅沢な』とさっきとは違って憎たらしいことを言ってきたけど、彼にだけは素でいられる自分がいるような気がした。
契約書も無事に交わし終えたという崇(たかし)からの連絡も受けてホッとした梨華は、定時を回って少しした頃にオフィスを後にした。
自分の作った契約書ということもあって、何だかすごく嬉しい。
そんな様子が伝わったのか、巨哉(なおや)はすかさず聞いてきた。
「何か、いいことでもあったのか?」
「うん。今日ね、ある外資系企業と契約を交わしたんだけど、その契約書を私が英文に訳したの。上手くいったからと、さっき常務に連絡をもらったから嬉しくて」
「そっか、じゃあお祝いしないとな」
梨華が選んだお店は、最近☆が付いたフランス料理の名店だ。
今ではその影響か、何ヶ月先も予約でいっぱいのこの店をワザと指定したのにどうして来ることができたのか?
それは、巨哉(なおや)の父の名前を出せば簡単なこと。
「ありがとう」
「で、その常務は梨華に手を出したりしないのか?」
「えぇぇ、そんなわけないでしょ」
―――巨哉(なおや)ったら、何を言い出すのかと思えば。
常務が、私に手を出したりするはずがないのに。
ワイン好きの梨華はリストを手にどれにしようか真剣に悩んでいたが、巨哉(なおや)は内心穏やかではなかった。
右京コーポレーションの常務が任期満了に伴い交代していたことは聞いていたが、まさかあの崇(たかし)だったとは、この前のパーティーで知ってからというもの頻繁に梨華にメールを送っていたのはこのためだったのだ。
「わからないだろう?梨華の本当の姿を見れば」
「本当の姿って、今の私が本当の姿でしょ?」
梨華は顔見知りのソムリエと話しながら、本日の料理に合わせてボルドーの赤ワインをセレクトする。
銀縁眼鏡を外して、髪を梳けば…。
「まっ、梨華はそのままでいいけどさ」
ちょうどその時、「変なの」と首を傾げる梨華の後方から、流暢な英語を話しながら店内に入って来た集団がいたが、その中に崇(たかし)を見つけた巨哉(なおや)。
「どうしたの?―――あっ、常務」
巨哉(なおや)の視線に振り向いた梨華は、思わず声を上げてしまい…。
崇(たかし)と目が合った瞬間、梨華の体は氷に包まれたように冷たくなって、どうしていいかわからなかった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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