LOVEヘルパー番外編
エピローグ前後〜水川ちひろ視点
【注】この作品は゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話ですが、THE JUNE内『Actor』バージョンで読んで下さるようお願いします。
【恋に身を焦がして命を投げ出すのは、人魚姫だけの専売特許ではない】
女優として、主役こそ演じたことは無かったものの、準主役やらの主役級の役を演じてきた。
その女優・水川ちひろが初出演した大ヒットドラマの番外編。特別番組である。
初出演作が出世作なのは、女優としての成功の第一歩だという。
だから、気にならなかった―と言えば、嘘になる。
ちひろも一度だけ直接見たことがある、ドラマの中では恋人役の吉原 大和の噂の恋人。吉原さんと連れ立って撮影現場に現れた彼女は、プロデューサーから指示されていたドラマのコンセプトを忠実に守っていた。
―白い人魚。
監督の指示でライトの下に立った時、彼女の周囲だけが海に包まれていた。
撮影現場のざわめきも、白い人魚は無関心。海の中の人魚には、そんな事は関係無いからだろう。かわりに、吉原さんが機嫌を悪くしてたけど…。
一番最初のシーンの撮影が始まって、現場のスタッフは息を呑んだ。
かつての、恋人達の心の距離に…。
それは触れ合えそうで、触れ合えない。
手を伸ばせば届きそうだけど、地上の人間にとって海中の人魚は触れられない、そんな存在。
ただ、触れ合えそうなほど近くに居る。今だけは―。
切ないぐらいの言葉の遣り取りに、お互いの心が透けて見えそうだ。
だから誰もが無意識に望む。
白い人魚と若者が互いに手を差し伸べ、お互いの存在に触れ合う事を…。
だが、人間と人魚は海に隔てられた存在。
人間が海中で生きてゆけないように、人魚も地上では生きてゆけないだろう。
奇跡的に、お互いを確認する事が出来ても…。
やがて人魚は、夜の闇の中へ消えてゆく。
白い人魚を見送ることしか出来ない、地上の若者。
若者は月に問う。
お互いを再び手にする為に、自分達は何を犠牲にすればいいのか―と。
* * * * * * * * * *
誰もが夢を見ていたのではないか―と、錯覚しかけた幻想的な一番最初のシーン。
それから通常の『恋愛相談所』シーンをこなし、クライアントは恋愛成就し、いよいよ最後のシーンの撮影である。
初出演だったこのドラマの撮影は、いつだっていっぱいいっぱい。
それは番外編の今回も同じで、他のドラマでは、こんな事は無い。(そんなに出演ドラマがあるわけじゃ無いけど…)
原因は、わかってる。
吉原さんにエスコートされて、最終場面の撮影に現れた白い人魚―はるかさん。
最初と最後だけの出演の彼女と、ちひろは最後の場面だけ共演する。
そして今回も―はるかさんは、ドラマのコンセプトを忠実に表現していた。
愛する王子を殺す事が出来ない人魚姫は、泡になって消えてしまう事を覚悟して、海に身を投げる。だが、すぐに消えてしまうはずの海の泡から『空気の娘』へと変わった。
人魚姫をただの救いの無いお話で終わらせず、この『空気の娘』に変わった人魚姫をドラマにも反映させよう―というコンセプト。
淡い赤色のチュニックワンピースに、緩くカールした黒髪が良く映える。
細い足首から華奢な指先までが引き立つ、『空気の娘』の装い。
そして、はるかさんを自分の側から離そうとはしない、吉原さん。
かつての恋人設定の2人は、現役の恋人なのだろうか?
2人の邪魔をするのも躊躇われて、ひたすら困り果てている、ちひろだった。
「リハーサル行きま〜す」
撮影開始を告げるスタッフの声で、吉原さんがエスコートするのは、はるかさん。
仕方が無いので、ちひろは2人の後をついてゆく。
撮影位置―ソファに座ったはるかさんに、スタッフから差し出された今回の小道具=報告書を受け取ったのも、吉原さん。
小道具の報告書をパラパラ捲って、はるかさんの耳元で小声で囁いてから報告書を手渡す。
その囁いた言葉に、はるかさんが笑った。
それを満足そうに見てから、吉原さんも定位置に…ちひろの隣で、スタートを待つ。
『演じてる間は、俺達恋人同士じゃなかったんですか?』と、ちひろは言いたくなった。まるで嫉妬しているような自分の言葉に、ちひろは内心酷く焦る。
゛撮影なのに、どうしよう〜゛
ちひろの焦りを余所に、リハーサルの言葉での演技のチェックは、すぐに終わってしまった。
隣を伺うと、吉原さんは対面のフソァに座るはるかさんしか見ていない。
ちひろの事など、忘れているようだ。すぐ隣に座っているのに…。
゛これで本番が始まっちゃったら、どうすればいいの〜!゛
悲痛な、ちひろのココロの叫びなど、誰にも聞こえない。
「本番、行きま〜す」
意外にも、無情なスタッフの声がちひろを落ち着けた。
゛この撮影の最初は、吉原さん達だから大丈夫!゛
「本番スタート!」
最後のシーンの撮影が開始された。
吉原さんとはるかさんの台詞のやり取りが、面映い。
雰囲気がある2人―監督やスタッフが評していたとおり、いい雰囲気で、自分は邪魔者なんではないか…と、ちひろは後ろ向きになりかけていた。
「ちひろちゃん台詞ー!」
監督の声に、ちひろは我に返った。
「あ。すいません!」
台詞を口にしないちひろを、吉原さんとはるかさんが見ている。
「すぐに本番いける〜?」
確認する監督に、自分の台詞が出てこないちひろは、謝罪した。
「すいません。わたし、台詞が飛んじゃって…」
「じゃあ十五分休憩」
監督はちひろを叱らず、休憩を宣言する。
そのちひろの元へ、スタッフの一人が台本を持って駆け寄った。
記憶していたはずの自分の台詞を、速攻で頭に叩き込む。
「台詞あわせするか?」
そんなちひろに、吉原さんから声がかかる。
やっと相手役を思い出してもらえたらしい。しかし、この場面はちひろと吉原さんだけじゃ成り立たないのだ。
「水川さんとは初共演ですので、台詞あわせをお願いします」
吉原さんの横で、はるかさんが台本を片手に軽く頭を下げた。
頭を下げて台詞あわせをお願いしなければならないのは、ちひろの方なのに…。
だから、ちひろは自分も頭を下げてお願いする。
「台詞あわせ、お願いします!」
3人で台詞あわせをして、ちひろはすぐに気がついた。
吉原さんは勿論、はるかさんも殆んど台本を見て無い。
この2人は、ちひろの為に台詞あわせを申し出てくれたのだろう。
゛もうバカなこと考えて、迷惑はかけられない!゛
ちひろは心に誓って、本番に挑んだ。
「カット!オールクリア!!皆、ご苦労さん!!!」
番外編の撮影が無事、終了したことが伝えられた。
現場のスタッフ達から大きな拍手と歓声、花束が渡される。
この後、クランクアップを祝って盛大な打ち上げがあるのだが、ちひろはその前にどうしてもお礼が言いたかった。自分の為に、台詞あわせを申し出てくれた2人に…。
だが辺りを見回しても、2人の姿が無い。
゛吉原さんは主役なのに、どこにいるんだろう?゛
「やっぱり、あの2人は…」
「今更だろう、ソレは―」
噂話に興じているスタッフ達が見ている方へちひろも視線を向けると、吉原さんが自分の腕の中に隠すようにはるかさんを抱き込んで、撮影現場を後にするところだった。
「吉原君は隠して無いよなぁ〜」
「マスコミには事務所の方から規制がかかっているようだけど、バレてもいいと思ってるね!」
「男だねぇ」
゛愛する女性を守る為に、俳優という職業を危険に曝しているのかもしれない…゛
スタッフの噂話を聞きながら、ちひろは吉原 大和の心情を推理する。
それはまるで、このドラマのはるかさんのコンセプト・゛愛する人の為に、大事なものを投げ出している〜゛人魚姫のようではないか。
愛する人の為に犠牲を覚悟することは、人間も人魚姫も、変わらないのかもしれない。
ちひろは2人にお礼を言うのは、打ち上げのときにしようと決めた。
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