LOVEヘルパー 番外編U
四角関係未満・前編

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。

【キャスティング】
吉原 大和(Yamato Yoshihara)…恋愛相談所の所長。
水川 ちひろ(Chihiro Mizukawa)…恋愛相談所の助手。
遥 未来(Miku Haruka)…以前の依頼人。所長の元カノ。
今野 仁(Hitoshi Konno)…今回の依頼人。助手の幼馴染。
古宮 佐保(Saho Komiya)…今野 仁の同期で、学生時代からの友人。
間中 絵里子(Eriko Manaka)…今野 仁の仕事上の、現在のパートナー。
森 一徳(Kazunori Mori)…古宮 佐保の上司。


閑静な住宅街の、やや寂れた観がある建築。
静かな佇まいの『恋愛相談所』に、その台風はやって来た。

「ちひろちゃん!助けて!!お願いだよぉぅ〜〜〜!!!」

玄関を開ける暇もあればこそ、インターフォンに負けぬ大音量で、この『恋愛相談所』の助手・水川ちひろ(みずかわ ちひろ)の名前を叫んだ男―は、一応顧客であろうか?
『恋愛相談所』の所長・吉原 大和(よしはら やまと)が一瞬だけ迷ったのも無理は無い。そしてそれ以上に前頭葉あたりに漂う、どこかで見たことがあるかもしれない既視感―――デジャブ?
しかし。所長がそのデジャブを解明する前に、顧客(推定)の男性から名指しされた助手が一喝した。

「うるさい!まずは起承転結で説明しなさい!!」

―――慣れたものである。
自分よりも年上の三十前の男性をいなす手際は、一朝一夕では無いだろう。
助手の一喝で静まったわずかな隙に一人、蚊帳の外に置かれた所長が(デジャブを後回しにして)ここぞとばかりに口を挟む。

「ちひろちゃん。俺にも説明、プリーズ」

助手と台風男(仮名)は、ようやく所長の存在に気がついた。
両者とも、今の今まで所長の事を忘れていた…模様?

「――こちらは、この『恋愛相談所』所長の吉原さんです。で、これは……今野 仁(こんの ひとし)で一応、私の幼馴染――でしょうか?」

紹介するのに疑問形な幼馴染に、それでも来客扱いで助手が説明する。
その紹介する説明を恨めし気に聞いていた今野は、慣れているのか不満を口には出さなかった。顔で十分以上に語ってはいたが……どうやら助手の気の置けない(?)幼馴染らしき事を見て取った所長は、今野氏に来客用のソファを勧める。

「こちらでお話を伺いましょう」
「………所長」

喜色満面の今野と、こめかみを押さえる助手。
もしかして(もしかしなくても?)面倒事を抱え込んでしまった―――の、やもしれない。



「四角関係………」

台風一過―――人騒がせな依頼人が退去した後、所長が評した言葉を助手がすかさず訂正する。

「まだ四角関係認定は早すぎます」

助手のちひろの幼馴染である今野 仁が、今回の依頼人である。
所長である大和が話を聞いた時点で、もう断れなかった……というのが真相である――が、しかし今野氏からの依頼内容では、登場する男女の恋愛感情のベクトルが入り乱れすぎている。ちひろが幼馴染の慣れで、いくばくかの仕分けが出来たとしても……。
アレでよく社会人が務まるな……と、大和などは感心したのだが、自分の事以外はきちんとしている――と、ちひろからフォローにもならないフォローをされていたのは、さすが(?)幼馴染だった。

「さて、と。どーしましょうかね?」

所長の問いかけは助手であるちひろに向けられていることは明白である。が、今回の件に関しては何も言いたくなかった。と、言うか出来ることならば関わりあいたくない。心の底から!

「ちひろちゃん?」

所長からのご指名で、ようやく助手は返答した。

「この依頼、お断わりしましょう!」

一刀両断……というよりも、行間端折って結論付けている。
まあ、あの幼馴染との関係で、ちひろの性格の一端が形成された事が察せられたので、大和としても余り深くは詮索しない。が、依頼は依頼=仕事である。

「ま。今回の依頼゛候補゛の内容を、ちょっと整理してみようか?」

゛候補゛に、いやに力が入っていたのが、ちひろの反論する気力を削ぐ。
まあ、大和は意識的にやっているのだろうが……。

「今野氏とは学生時代からの友人で、同期の古宮 佐保(こみや さほ)さん。その古宮さんの上司の森 一徳(もり かずのり)氏。ま、今野氏曰く恋敵か」

妙に嬉げな所長に、助手はあえて無反応を貫く。

「で、森氏の遠縁に当たる、今野氏とは共同で仕事をする間中 絵里子(まなか えりこ)さん、と。今野氏曰く、彼と古宮さんとは結ばれる運命なのに森氏の横恋慕でゴールインできない。と、ゆーのも、森氏の本命である間中さんが、今野氏の仕事上のパートナーシップと恋愛感情を取り違えている為と、今野氏推定」

モノゴコロつく前(?)からの今野氏の仕分け人・ちひろが、思いついたことを端から口にしようとする今野氏の言を仕分けた依頼内容である。
つまり。古宮さんとゴールインしたい今野氏は、間中さんの勘違いを正して森氏との将来を前向きに検討して欲しい、と。森氏には自分の本命を放置して、他人の運命に横恋慕するな、と。そして古宮さんには、運命には逆らわずに将来設計をしよう!と。

「―――勘違いだろうと、思い違いだろうと、仁君に好意を持ってくれた間中さんとの関係を個人的には後押ししたいですね!私は!!」

所長が依頼内容を整理した途端、助手が力強く丸投げな意見を述べる。
余程、幼馴染には苦労しているらしい……と、苦笑した大和の脳裏に、前頭葉に漂っていたデジャブの正体が判明した。

「……の○太クンだ―――」

ちひろに縋り付いて喚いていた、幼馴染の今野 仁。
その様は、まるで助けを求める・の○太クン。
国民的アニメの、お決まりのオープニングではなかろうか?
今野氏=の○太クン。
すると、未来からやって来た青いタヌキ――もとい、猫型○ボットは……。
大和が目を上げると、般若のような、ちひろの笑顔。

゛目が全然笑ってないよ、ちひろちゃん゛

思わず目をそらして、心の中でごちる大和。
無意味に咳払いなどをしつつ、所長としての質問をする。

「幼馴染だったら、今野氏とは学生時代からの友人でもある同期の、古宮 志保さんの事は知っているのかな?」
「モチロン知ってます」

モチロン――とくるトコロが何だか怖い、ちひろである。が、大和は所長の威厳(?)で、助手の次の言葉を待つ。

「はっきり言って、仁君の運命〜云々はアテにはなりません!仁君と佐保さんは、カップルになりそうでならない2人です。絶対、とまでは言いませんが、今のところは、いい友達……親友でしょうか?」

それはそれで気の毒な今野氏である。と、同性の所長などは思うのだが、女性の助手は違う。

「志保さんにとって仁君は、゛いい人゛……なんですよ、多分。で、第三者(=かなりの確立で、志保の上司である森氏あたり)から見れば、゛はた迷惑な勘違い゛じゃないか、と」

幼馴染ならではの、遠慮の無いご意見である。
それで、何故ああも躍起になってゴールインしたがるのであろうか?――と、自分で言った助手と、それを聞いた所長は、同じことを考えた。

「……そういうお年頃、なのかな?」
「絶対!何かに影響されただけですよ!!」

三十路手前の今野氏を思い浮かべての所長の推測を、助手が断定する。
このあたりの推測に遠慮が無いのは、幼馴染故……だけでは無いモノを感じる所長である。

「ま。この依頼候補・四角関係未満の詳しい状況を調べてみようか?」

言外に未確定要素が多すぎて、この依頼を受けるにしろ・断るにしろ、断定できない旨が多分に含まれていた。
『恋愛相談所』の助手としては、その断定できない要素を見過ごせず、幼馴染としては、仁君が何に影響されたのか興味深い。出来るものならば、ここは幼馴染の為にも、仁君を理解してくれる、しっかり者のお嫁さん大歓迎!である。
だが、しかし。この状況を一人面白かっているだろう所長・大和の存在が、あんまり面白くは無い助手・ちひろだった。


* * * * * * * * * 

長い長い廊下をキックボードの要領で、荷物満載の荷台を移動させる。
小中学生の頃、学校の長い廊下をローラースケートなどで滑走してみたい〜などと夢見たものだが、よもやまさか大人になってから、その夢を実現出来るとは思わなかった吉原 大和(よしはら やまと)である。
しかし小中学生の頃の夢は、キックボードかローラースケートであって、ブレーキが無い荷台ではない。荷物満載の。しかも結構な力仕事だった。

「――室内だから人力なのは仕方が無い……とはいえ、せめて滑車にレールは欲しいもんだなぁ〜」

社内便の宅配という単純作業とはいえ、かなりの重労働をこなしての感想としては、わりと余裕発言の大和である。

「滑車はともかくレールはねぇ。女性陣から゛ヒールが突っ掛かる゛と、クレームがあって、歩道でも目が不自由な人達専用の起伏は、゛ヒールの邪魔゛女性がいるくらいだから何とも……」

大和の独り言に律儀に答える、森 一徳(もり かずのり)。
そんなに身長は高く無いのに細身で筋肉質の為、スタイルがいい。癖の無い黒髪をセットした髪型にシルバーフレームの眼鏡の容姿は、サラリーマンというより研究者のイメージである。
今回の依頼候補・今野氏曰く恋敵であり、大和扮する社内便配達アルバイターを統括する五階の責任者。要するに、この五階で一番エライ人だった。

「女性陣の御意見重視ですか?」
「男女雇用均等法だからね」

大和の軽口調の非難含み発言にも、法律を適用して軽くかわす森氏。
伊達や酔狂で課長職を務めているわけではない。

「――男女雇用均等法でも社内便配達に女性はいませんよね?」

非難したいわけではない。が、法律を適用した森氏に大和はケチをつけたくなっただけである。

「肉体労働だからね。希望者=女性に職務を全うできるだけの能力(体力)があるなら、問題無い」

早い話が実力主義だった。
この分野では、体力女子の活躍が期待される……かもしれない。と、男女の雇用問題について妙な納得の仕方をする。
そんな大和に、今度は森氏が質問を投げかけた。

「だけど吉原君は力持ちだねぇ〜」
「鍛えてますから」
「身体を鍛えている吉原君が、どうしてこのアルバイトを?」
「派遣切りにあいまして……景気がいいときに正社員申請しておけばよかったんでしょうけど、どちらにしても駄目なときは駄目ですからね」
「――身も蓋も無いね、君」
「事実ですから」
「………」

五階の社内便統括者の森課長を沈黙させた大和は、本業の依頼候補を選別する為に如何に切り込むべきかを考慮する。クライアントである本人の目の前で。

゛クライアントの対象者であって、依頼主ではないけど〜゛

どちらにしても、たいした違いは無い事を考えて大和が現実逃避していると、クライアントの森課長からチャンスを与えられた。

「もう一仕事、お願いできるかな?」

『棚から牡丹餅』のようなお願いではあるが、大和の座右の銘は『鴨がネギ背負って鍋を持参でやって来る』である。
厚かましいのにも程がある座右の銘であるが、コレがなかなか役に立つので、世の中わからない。特に、あやふやな利益をちらつかせる相手の真意を見抜くのには、有効だった。

「……その、もう一仕事は力仕事なんですね」
「さすがだねぇ〜」

拍手付きで褒められても、嬉しくも何とも無い。
だが、森課長はいたく大和が気に入った模様である。嬉々として代行の社内便配達員を携帯で手配すると、人の悪い笑顔で激励した。

「じゃあ頑張ろうか!」

まだ仕事中にもかかわらず、大和は森課長に力仕事の為に引き抜かれた……代役に荷台を代行した大和に、もう逃げ場は無い。森課長の後に従いながら、せめて仕事の内容を確認する。

「――どんな力仕事なんですか?」
「部屋の模様替えらしい」

゛そりゃあ力仕事だって、『らしい』って他人事かい?!゛

脳内で一人突っ込みを展開していた大和が森課長に連れてこれたのは、総務・人事その他の書庫室だった。ダンボール箱が積み上げられた……。
一般的に、男女には体力に明らかな差がある。
積まれたダンボール箱を見て、男女同権とか、雇用均等法を持ち出すべきでは無いと思った。この場は絶対的な平等では無く、相対的な平等でなければいけない――と、仕事を指示する女性と、自分と同じ力仕事要員に借り出されたと推測される男性陣を見て、納得した。
そして力仕事要員に仕事を指示する女性、森課長補佐の古宮 佐保(こみや さほ)の明確な判断力に感心する。彼女が模様替え(?)を森課長に持ちかけたのだろう。PCが一般化したとはいえ、セキュリティの問題上そう簡単に仕事の資料を閲覧できるわけじゃない。PCの閲覧・持ち出し許可が下りず、緊急で紙面での書類が必要な場合もある。その為の模様替え……書庫整理。
たかが書庫整理、されど書庫整理。脳味噌まで筋肉になりそうな力仕事を黙々とこなしながら、周囲の様子を伺うことに怠り無い大和である。

「差し入れでーす!一休みして下さい」

缶コーヒーやジュースを抱えた女性が声をかける。
その女性は意外というか当然というか、今回の依頼人予定者・今野 仁の手引き(?)で森課長と古宮 佐保の部署に配属された、『恋愛相談時』助手・水川ちひろ。
アシスタントのアルバイトとして、ちひろの送り込み先はしっかりと確保した今野氏であるが、大和は自分で……というわけで、自力で社内配達――の、力仕事。

「力仕事隊には、こっちだろう」

つい先刻まで姿が見えなかった森課長が、両手に下げたビニール袋からペットボトルのお茶とスポーツ飲料を掲げて見せる。社内販売機には無いペットボトルを、最寄のコンビニまで買いに行ったらしい。たっぷりと飲みたい力仕事隊には、嬉しい差し入れだ。各々適当なダンボールに腰掛けて早速お相伴に与る。

「随分、終わったな。この調子だったら来週には終わる」

積み上げられたダンボール箱を見回して、森課長が予測を口にした。

「そんなに時間は割けませんから。大まかな力仕事を今週中に、細かいところの整理は時間を見て片付けます」

缶コーヒーを開けた古宮 佐保が状況説明をすると、森課長は残ったダンボールを目算する。無造作に積み上げられたかに見えるダンボール箱は、それぞれがきちんと指定されたスペースの前に置いてある。後は、その使用度別に整理整頓すればいい。森課長が宣言した。

「じゃあスーツ力仕事隊は、一休みしたら自分の仕事に戻って下さい。お疲れ様!」

スーツ力仕事隊とは、森課長が各部署からチョイスした、力がありそうな社員のことらしい。アルバイトの大和としては、思わず笑ってしまう名称である。他人事だからだろう。
そしてそれは、命名されたスーツ力仕事隊メンバーも同じだったらしい。ペットボトル片手に捲り上げたシャツを直したり、外したネクタイを締め直したりし、笑いながら自分の仕事場へ帰っていった。
後に残ったのは森課長と古宮 佐保さん、ちひろと大和。クライアント(予定者の半分)を考察するのに、またと無い。

「課長。そろそろダンボール、開封しますね」

缶コーヒーを飲み終わった古宮さんが、森課長に許可を得る。

「了解。女性陣は優先順位チェックを頼みます」
「はい。指定スペースに無いのは、廊下側のダンボール箱ですから」

補佐役の古宮さんとの情報交換後、シャツの袖を捲り上げた森課長は大和に向き直った。名指しでご指名を受けるよりも、わかりやすい。ちひろは既に古宮さんのご指導の下、ダンボール箱を開封している。
大和もペットボトルを飲み干し、観念(?)して森課長の指示を仰ぐことにした。

「差し入れで〜す!」

資料室の扉が開き、今回の依頼人候補者・今野 仁と、今野氏と仕事上のパートナーの間中 絵里子が両手に缶ジュースを抱えて立っていた。
クライアントが勢ぞろい。『恋愛相談所』の面々にとっては手間が省けすぎて、今後の展開が怖すぎる。

「一時間ほど許可をもらいましたので、お手伝いします」
「ありがとう」

今野氏の申し出に森課長も答える。ほぼ反射的に。
第三者(大和とちひろ)の目から見ても、森課長には今野氏に対するこだわりは何ら感じられない。今野氏は、こだわりの塊であるが……。

「休憩時間は終了しました。でもジュースはありがたく頂くわね、今後の為に」
「今後かい?!」

少し呆れたように、古宮さんが今野氏に対応する。いつまでも、訪問者を放置しておくわけにはいかないし、猫の手も借りたい心境なのだろう。
だがしかし、大和とちひろは見逃さなかった。古宮さんと今野氏がお喋りする様子に一瞬、苦し気な顔をした間中 絵里子と、その間中さんを見た森課長が苦笑するのを。
――今後の展開が怖すぎる、『恋愛相談所』の面々。

「では、今野君は力仕事。間中さんはダンボールの開封をお願いします」

゛鶴゛ならぬ森課長の゛一声゛で、お互いの恋愛ベクトルが火花を散らすの回避した……かに見える。

「佐保。差し入れは何処に置けばいい?」
「こっちに頂戴。ここじゃ埃だらけになっちゃうわ」
「数が多いから手伝うよ」

古宮さんは差し入れ(缶ジュース)を今野氏から受け取る。
すると、今野氏は間中さんが持っていた差し入れを(半ば無理やり)奪い取って、古宮さんの後に続いて書庫室を出て行った。
書庫室を出る二人を見つめる、森課長と間中さん。森課長は、間中さんの様子にも目を配っていた。
――ヘタな修羅場より緊張感がある一触即発な空間に、触らぬ何とかで大和とちひろの『恋愛相談所』の面々は、せっせと仕事に打ち込んでみたりする。……第三者は、正直だった。
しかし依頼候補とはいえ、仕事は仕事。大和は力仕事に勤しみながら、今野氏から依頼された内容を再検討する。間中さんの恋愛ベクトルは(物好きにも)今野氏へ。言わずもがなな今野氏。古宮さんはイマイチ不明確で、森課長は更に不明瞭。遠縁の間中さんの事を気にしていないわけでは無いのだろうが、恋愛感情というほどでも無い。どちらかといえば、恋愛ベクトルは古宮さんに向いているような気がする。今野氏曰く、横恋慕では無く。
ならば、イマイチ不明確な古宮さんと、不明瞭な森課長の本心だろう。
共同作業中の森課長に、大和は機会を見て声をかけた。

「森課長。今ここには居ないメンバーがそろったら、さっきの緊迫感がある空間、再現ですか?」

満更冗談でもない大和の質問に、苦笑するしかない森課長。
他人事なのにこうして質問してくるのは、野次馬根性というよりも、脳味噌まで筋肉になりそうな力仕事を黙々とこなしている故だろう。女性陣(間中さんとちひろ)が声が届かない位置で作業しているので、森課長は大和の質問に比較的正直に答える。

「それは今野君しだいだろうな。今野君が何もしなければ、周囲に波及しないよ」
「今野さんが古宮さんにチョッカイ出さなければ、ですね?」
「まあね」

言葉は質問の形をとってはいても、断言するかの確認事項に肯定する以外の答えは無い。非常にわかりやすい今野の言動だったとしても、わずかな時間内で周囲の人間関係を把握した事を賞賛したい森課長である。
だがその賞賛も、大和の次の言葉を聞くまでだった。

「それで森課長は、今野さんと間中さんを当て馬にして古宮さんをゲットするチャンスを狙っている、と?」
「……遠慮が無いね、君は」
「修羅場になった時の退却準備ですよ」
「備えあれば憂い無しか……」

この準備の良い若者が、どうして派遣切りにあったのか不思議である。
だが、この力仕事にチョイスしてきた手前、森課長も本音を述べた。

「古宮さんの本音がわからないからね。それに間中さんの気持ちは知ってるし、今野君とはお似合いのカップルだ」

とりあえず森課長の本音をゲット出来た、大和である。
そしてちひろは、間中 絵里子から古宮 佐保の気持ちを探られていた。



「だからここには、アルバイトに来たばかりなんですってば!」
「でも、何か知ってるでしょう?」
「……何かって、何を?」

ちひろとて、間中 絵里子が幼馴染の仁君と仲が良い古宮さんの本心を少しでも知りたがる気持はわからなくも無い。が、それをちひろから聞き出したいのなら、少なくとも間中さんが自分の本心をさらけ出さなければ、道義上も仕事上もフェアではない。
『恋愛相談所』の助手などという怪しげな職業を全うしているのは、人としての思いを大切にしたいからに他ならない、ちひろなりのこだわりがあるのだ。

「――見ればわかると思うけど、私、今野さんが好きなの」

確かに。見ればわかるが、ちひろにとっては間中さんの口から聞けた言葉が大切だった。その言葉を聞いた限りは、応援したい。出来うる限り。
協力するか否かは、また別の話である。

「間中さんの気持ちは、わかります。今野さんは古宮さんの事が気になってるみたいだけど、間中さんが気にしなければならないのは古宮さんの気持ちじゃなくて、今野さんの気持ちじゃないですか?」
「それは、古宮さんからも、そう言われたけど……」

間中 絵里子が直接、古宮 佐保に気持ちを尋ねるぐらい頑張っている事を、ちひろは意外に思った。頑張りドコロを微妙に勘違いしてはいるが。

「古宮さんは間中さんを応援してくれたんじゃないですか?」

ちひろの推理に、間中 絵里子は泣きそうな顔をして肯定した。このあたりから、ちひろの応援は相談に変化したような気がする。

「古宮さんは、今野さんの気持ちが自分に向いていることを知っているから。自分には遠慮しないでって」
「だったら遠慮する必要は無いですね」
「でも今野さんは本当に古宮さんが……私には、とても――」
「それで、何で今更古宮さんの気持ちを知りたがるんです?」
「古宮さんの気持ちが、まだ変わってないか気になって……」

どこかの幼馴染を相手にしているような気がしてきた、ちひろである。
どちらも、自分の恋愛を叶える努力が微妙に違っていた。

「やっぱり間中さんが気にしなければならないは、今野さんの気持ちです」
「それは、わかってるけど……」

これ以上は堂々巡りになるであろうやり取りに、ちひろは早々に見切りをつけた。
つまり、間中さんの相談=愚痴に相槌を打ちながらキレイにスルーしたのである。


* * * * * * * * * * 

『恋愛相談所』の客間兼、社員が依頼相談をする場――応接ソファにくつろぐ、所長の大和と助手のちひろ。
何とはなしに、ちひろの幼馴染・今野氏の依頼候補は依頼を受理する形になっていた。あの恋愛感情が停滞状態であるにもかかわらず、それぞれが複雑に絡み合う四角関係は、見るに忍びなさすぎる。で、依頼者・今野氏視点の依頼内容ではなく、客観的な恋愛ベクトル整理。

「今野氏視点で唯一正しかった間中さんの恋愛ベクトル。森課長は曲者らしくフェイクがあったけど、これも割合わかりやすい恋愛ベクトルだった。本当の曲者は、今野氏の長年のアプローチも形無しな古宮さんだな」

行儀悪く、ソファに長々と寝そべって総評を述べる大和。
力仕事をしてきたのを見ているので、ちひろも今のところ何も言わない。

「古宮さんの恋愛感情に付いては私にもわかりませんが、仁君のアプローチは習い性と言うか、長年の習慣になっているんじゃないかと思います」

仮眠用ベットにもなる長いソファの肘掛に乗せた大和の両足を、片足ずつ無言で肘掛から落としてゆく、ちひろ。無言であるだけに、威圧感抜群である。

「依頼内容は今野氏の恋愛成就、だよな?」
「森課長と間中さんの恋愛成就も、です」

きちんとソファに座り直した大和の確認する言葉に、ちひろも一人用のソファに座って依頼内容を復唱する。依頼の四角関係は、実は四角関係未満だった。

「今現在、今野氏は古宮さんしか眼中に無いけど状況が変われば……間中さんの頑張り次第で、どうかな?」

大和の提案に、ちひろは遠い目をして考える。
幼馴染の仁君と、ちひろも多少は面識がある、仁君と一番仲が良い女友達の佐保さん――古宮さん。仁君の古宮さんへのアプローチは、一種の依存だったのかもしれない。家族を立て続けに亡くした、仁君だったから……だから古宮さんは、仁君のアプローチに応えなかったのかもしれない。でも、間中さんなら?

「間中さんが仁君を支える要素の一つになれるのなら……」

いつもテンションが高くて騒々しい、そのくせ寂しがり屋な年上の幼馴染を思い出して、ちひろは自分でも思いがけないほど重要な要点を上げていた。
それに気づいた大和は、脳裏で素早く現状を変える為の算段を検討する。恋愛ベクトルが複雑に交差する四角関係は一触即発で、いつ爆発するかわからない現状だった。もう、正当な手段を選んではいられない。

「水川さんは間中さん対策。俺は現状、変えて来る」

ソファから立ち上がって出かける準備をはじめた大和に、現状を変える具体的な手段を明かされないちひろは慌てて追いかけて、質問を投げかける。

「どうやって変えるんですか?!」

背後に迫ったちひろに、大和は片手を上げて答えた。

「ちょっと裏技つかって」


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