LOVEヘルパー 番外編U
四角関係未満外伝・男のロマン
【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。
撮影現場の控え室で、自分の姿を確認する。
濃紺の地に色づいた紅葉が舞い散る様が描かれた時代着物。
半襟に錆朱を、帯は灰紫で帯揚げと帯締めだけは色づく紅葉よりもやや明るい朱鷺色を合わせている。
明治維新後に欧米文化の洗礼を受け、それなりに自国のモノとした明治後期から大正時代を彷彿とさせる和装だった。
それが大正時代には現代的過ぎて、現代では正統派な、少しばかり古風な顔立ちには良く似合う。
さしずめ、ちょっとモダンな日本人形――。
時代着物に合わせて華やかに結い上げた髪型が、瀟洒で軽やかな大正時代の雰囲気を醸し出していた。
記録的な視聴率をたたき出したドラマの番外編は、やっぱり大ヒット。で、番外編Uが企画されるのも当然の事である。だけど、どーして自分がここにいるのか?しかも女優として?
芸能事務所に就職した自覚はあっても、芸能界にデビューした覚えなど無い、芸名・はるか、こと遥 未来(はるか みく)。
そもそもの発端は、未来がマネージメントする俳優の気まぐれな思いつき(だと思いたい…)だった。
しかし、その俳優が国民的人気俳優だったことが、未来が女優・はるかになった原因である。あくまで、一時的に!未来、本人は!!
゛でも、何でまた番外編に出演しなきゃならないの〜?゛
「未来〜、準備できたか?」
未来のココロの声が聞こえたわけではあるまいが、諸悪の根源ともいうべき国民的人気俳優・吉原 大和(よしはら やまと)が自分のスタイリストと供に物顔で入って来た。
……未来の控え室に。
ちなみに。大和のスタイリスト・遥 景(はるか けい)は、未来の従兄弟である。
だが景は、未来の従兄弟であるはずなのに、大和に紹介した未来よりも大和寄りで……ありていに言えば、大和の味方である。
「――綺麗だよ、その着物も良く似合う」
惚れた欲目を差し引いても未来は本当に綺麗だし、時代着物も良く似合っていた。
そして。こういう場面では、褒める言葉を惜しんではいけないことを大和は知っている。(もともと大和は言葉を惜しむような性格では無い)
「んー、でも季節的にはギリギリだろう?」
メンズデザイナーなのに、景は和装について博識ぶりを披露する。
さすが、メンズでも(?)デザイナー!
「和装の柄は季節に合致しちゃいけないんだ。いつも季節を先取りするぐらいで調度いい。っていうのも、人は季節に譲らなきゃいけないのは、和装の基本的な礼儀作法だからね」
「成程〜で、ギリギリだと?」
「放送日は大丈夫かしら?」
俳優と女優(?)は、メンズデザイナーの博識ぶりに感心しながらも、仕事柄TV放送日の方を心配した。まあ、それが人情というものである。メンズデザイナーは少々気を悪くしていたが……。
「そういえば、麗ちゃんの様子はどうなの?」
「ああ。インフルエンザでしたね?大丈夫ですか?」
女優(?)と俳優にそろって恋人の心配をされると、メンズデザイナーの気分も少々上昇した。
これは、やはり。恋人の病気がこの季節の病・インフルエンザを心配されたこともあるが、いつの間にやら芽生えた仲間意識が一番の心配理由だからだろうか。
「もう熱も下がってるから心配ないよ。咳が心配だから自宅療養中だけどね」
「それは良かった」
「やっぱり、お仕事はちゃんと完治してからよね」
恋人の病状をちゃんと把握している景に微笑ましいものを感じながら、大和と未来は仲間が完治しつつあることを喜んだ。特別に決めたわけではないが、いつものメンバーが欠けているのは何かしら物足りない。
「――ところで。今回は何で着物なの?って、今回も番外編に私が出なきゃならない必要性は無いでしょう?前回だけの約束だったじゃない?」
続けざまの未来の質問は、それまで質問することをストップさせられていた反動だろう。そもそも前回だけというのは、大和が未来を丸め込む為の口約束だった。で、予想以上の高視聴率に、プロデューサーやディレクターなどのドラマ関係者が大喜びで再登場を企画した――のを、大和も了承した。未来には内緒で。
だから本当の理由を告げるのは、未来の怒りを買うこと必勝……。
ならば。幾多の質問の中から関係ものに、未来の関心を逸らせてしまえばいい。
「未来の役はお嬢様だからな。お嬢様ならば普段着も着物なわけだ。景さんには申し訳ないけど」
大和の謝罪に、景も続ける。
「申し訳ないことは無いさ。もともと俺はメンズデザイナーだし」
その事実のオンパレードには、未来も反論の余地は無い。少々、気にかからない事も無いではないが……。
反論こそは出来ないが、こちらにも言い分がある。
「でも、だからって役柄にいちいちコンセプトを付けられても……前回は人魚姫で、今回はお嬢様だから着物ってのも、ねぇ?」
未来の言い分に、大和は笑っていなした。
「それは未来の出番が少ないからだろう。いいじゃん着物ぐらい。綺麗なんだし、良く似合う」
出番が少ないのは事実だし、褒められるのは嬉しいが、複雑な気分の未来である。
未来が静かになったので、大和はここぞと言いくるめた。
「未来の役柄が、まだ明確に決定されてるわけじゃないからな。ま、決定事項の元カノが、そう出張るわけにはいかんだろう?」
駄目押しの大和の言葉は、未来にだってわからない訳じゃない。が、わかったからといって、納得できたわけではないのは事実。
(まあ。大分、誤魔化されてるわけだから、それも当然である)
「でも何だか役から離れて、どんどん衣装めいてるような気がするんだけど?」
ドラマ全体から見て、未来の正直な感想である。
そして、その感想はあながち間違ってもいない。
「衣装て、別にコスプレしてるわけじゃ無いだろう?」
大和のスタイリストでもある景がフォローする。が、景とて未来は役柄を越えた装い=衣装を要求されているような気がするのだから、甚だ説得力に欠けること、おびただしい。
「ま、アレだな。コスプレは男のロマンだから」
そう結論付けた大和に、景は確信した。
ドラマ関係者=プロデューサーやディレクターに、未来のコスプレめいた衣装を提案しているのは大和だと!
「男のロマン……」
だが未来は、その言葉の方に反応した。
゛――男のロマンって、着物を脱がせる事じゃなかったの?゛
以前、何かの折に大和が口にしたのを、未来はしっかりと覚えていた。
しかし今現在、自分自身が着物姿なので、その事には触れないでいる。
藪を突いた蛇も、火中の栗も、未来は欲しく無い。
「コスプレといえば、ナースとかスッチーが主流だろう?」
未来が今現在の着物姿に触れられたくないならば、景はドラマの衣装から出来る限り離れたい。そして大和は、景がフッたコスプレに食いついた。(このあたりは、男同士の阿吽の呼吸であろうか?)
「王道はセーラー服で、今はメイド?」
「メイドは滅茶苦茶だろう」
「設定がまだ確立されてないからですね」
何だか、男同士の会話に突入した気がする、未来である。(そして、それは気のせいではない)
「セーラーは『学生』っていう設定がしっかりしてるよね?マニアックなところで、ブルマとか、スクール水着もあるし」
゛景ちゃん。何でそんなコト、知ってるのよ?゛
デザイナー云々以前に、その知識はちょっとオカシイのではないか……という未来のココロの声は、モチロン景には聞こえない。
「ですね。でも俺はチャイナ服も捨てがたい」
゛大和君、ソレは捨ててもかまわないでしょう?是非捨てて欲しいんだけど……゛
男のチャイナ服へのこだわりなど知りたくも無い未来の突っ込みも、モチロン大和には聞こえない。
「ああ!民族衣装は、もう民族性を無視して露出度重視してるからね。普通の水着よりも露骨だよなぁ〜」
やけに嬉しげな男性陣は、どちらにもコスプレに対して(普通の)女性には理解できない一家言があるらしい。だが未来はもう撤退したい!けど、ここは本来、未来の控え室である。すっかり忘れ去られているよーだが……。
「オペラとかのヴァルキューレの衣装は凄い」
「それを言うならハロウィンの淫魔の衣装だろう!」
「非日常的ならばバニーかな?」
―――どちらも、いい勝負である。
だから。この控え室から撤退しても、何処にも逃げ場が無い未来は降参した。
「――もう、勘弁して……」
男のロマンの奥の奥深さに、がっくりと肩を落とした未来を、いつの間にやら本来の部屋の主よりも、よっぽど部屋の主らしく座した大和が抱きとめる。
つい先刻まで大和に加担していた景だが、従姉妹の余りの落胆ぶりに、ちょっとやりすぎたかと良心が疼く。後の祭りと、わかってはいても………。
「それじゃあ、そろそろ現場に入るか!」
着物姿の綺麗な未来に触りまくって(いつもの、゛おまじない゛もしっかり堪能した)大和が、まだ精神的な打撃から立ち直れていない未来を脇に支えて、やけに張り切って立ち上がった。
――後に聞くところによると、大和に先導されて撮影現場に向かう未来のその時の心情は、ドナドナの歌詞に登場する可哀想な仔牛の気持ち……だったとか?
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