LOVEヘルパー番外編
月の裏側C篠原 篤

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。


昼過ぎの『恋愛相談所』
待合室と接客室。その他諸々を兼ねた部屋で、助手の水川ちひろは昨日の疲れで、今日はアルバイトが休みなのを幸いに、ソファでぐったりとしていた。
しっかり者の彼女のこんな姿は、珍しい!
それだけ疲れているのだろう。
出来る事なら、精神的な疲れのパーセンテージも知りたいものだが…。

「―しかし。水川さんの失敗談とは、珍しい!」

所長の大和の嬉しそうな発言に、ちひろの疲れが増すのは何故だろう?

「わたしも人間ですから、慣れない仕事には失敗もありますよ?」

別に言い訳するわけではないが、本当に慣れない仕事だったのだ。
大和だってその事は知っているはずなのに、やけに嬉しそうなのは、゛水川ちひろの失敗゛が、よっぽど嬉しいらしい…゛貴方はソレでも人間ですか?゛と、訊いてもいいですか?
ちひろの表情が険しくなるが、大和は上機嫌。
その大和の機嫌が変化したのは、ちひろの何気ない一言だった。

「所長の方こそ、件の男性の恋愛感情の調査はどうだったんですか?」

ちひろの質問する言葉が終わらぬうちに、大和の機嫌は反転した。
結構、分かりやすい人格かもしれない。

「…結果だけなら、2人は両思いだ。問題は、男が難敵」

大和の分かりやすい人格を理解したちひろは、先刻のお返しとばかりに、反撃を開始する。

「―で。所長は、その難敵の男に敗退して帰って来たんですね?」
「まだ負けてない!」

ちひろの反撃にすぐに応じるところは、大和も大概人がいい…かもしれない。
だが、それが相手を調子付かせた。

「まだって事は、今回は負けたんですね?」
「………」

無言になった大和に、ちひろは自分の発言が相手の痛い所を突いたことを知る。

「それで今日は泣かされて帰って来た、と」
「………」

すっかり嬉しくなったちひろは、それでも武士の情けを忘れなかった。
正し、彼女は武士では無いが。

「大丈夫です。所長が負けても、わたしが勝てば勝負は御破算ですから」

恨みがましい目でちひろを見ていた大和が、やっと口を開いた。

「…俺をイジメて楽しい?」
「その台詞、そのままそっくりお返しします」

ちひろの、にっこり笑った笑顔が怖い。

「―すいません。俺の自業自得です…」

自分の先刻までの所業を、棚の上どころか宇宙の果てに忘れていた大和は、平身低頭で謝った。
人間、どうしても逆らってはいけない時がある。

「―で。難敵の男は、どんな方だったんですか?」

ちひろの再度の質問に、大和は溜息混じりに今日の出来事を語った。


* * * * * * * * * * 

篠原貿易会社の社長・篠原 篤(しのはら あつし)は、どんな些細な仕事であれ自社のプロジェクトに関わる人間には直接面接してからでないと、自社の仕事をさせない事で有名だった。
また独身であった為、この面接までこぎつけようとする容姿に自信がある女性も後を絶たない。
そんな状態が二十年―――。
女性達は年々世代交代をしているが、篠原社長は変わらぬまま…いや。年の分だけ貫禄がついたと、男性社員たちからも羨望の眼差しを向けられるようになった。
大和はその篠原社長の面接を受ける為、上条流通の派遣社員として、篠原貿易が提携を望む分野の詳細な書類を手に、会社訪問する。

「篠原社長に三時に約束している、上条流通の吉原です。」

どこでも…とゆうか、どこの会社でもそうだが、会社の窓口は、その会社の看板。受付嬢には、綺麗ドコロをおいている。
篠原貿易会社の窓口嬢も少々年は入ってるかもしれないが、その分迫力満点の美女である。

「三時のお約束は承知しております。篠原は所用でアポイントに少々お時間がかかりますので、ラウンジでお待ちください。書類の方は、篠原が責任を持ってお預かり致します」

ただの窓口嬢とは思えぬ美女の口上に不信感をおぼえるものの、逆らうことは惑われるので、大和は黙って持参した書類を差し出した。
ラウンジへ大和が行くのを見届けると、その美女の受付嬢は他の受付嬢に軽く会釈して、大和が持ってきた書類を手にエレベーターホールの最深のエレベーターへ向かう。
…どうやら、大和を待っていたようだ。
迫力満点の美女の受付嬢に指示したのは、篠原社長当人であろう。すると、美女の受付嬢は、ただの受付では無く、篠原社長の秘書かもしれない。

゛篠原社長の所用ってのは、俺が持参した書類の確認だろうな…゛

そうやって、自社に関わる人間を選考しているのであろう。
三代目社長のこだわりに理解を示した大和は、サービス満点のラウンジで香りの高いコーヒーの代償に待たされることを、チャラにした。
世の中は、相互扶助である。
そして、そう思っているのは大和だけではないらしく、ラウンジではそこかしこで休息を楽しんでいた。読書に励んでいる者もいる。
その本が専門書だったりするのは、資格取得を狙っているのだろうか。
ただ座っているだけでも、楽しめるラウンジである。
コーヒーの美味しさは、お金を払ってもいい。

゛でも、無料で楽しめるってのが魅力だけど〜゛

結構長い時間、人物観察していたらしく、心持ちコーヒーが温くなっていた。
しかし温くなっても、美味しいコーヒーは美味しい。
ひとしきりラウンジの雰囲気を楽しみ、温くなったコーヒーを飲んでいると、目の前が陰った。

「お待たせいたしました、吉原様。ご案内いたしますので、宜しければこちらへおいでください」

先程の迫力満点の美女が大和を促した。
ラウンジの雰囲気は名残惜しいが、時間である。
大和は速やかに立ち上がり、美女の後に付いてラウンジを後にした。
案内された最深のエレベーターは、最上階を示す数字しか示されていない。
要するに、直通なのだ。
豪華な建築ビルなど山ほど知っているが、、ここまで来客本位な建築があっただろうか?

゛歴代社長の意向かもしれないけど…゛

ちょっと意地悪くそんなコトを考えながら、大和は応接室に向かった。
篠原社長の面接を受けに。
先行する迫力の美女が軽くノック。自分はそのドアの外に待機して、その内側に大和を誘った。
その向こうで待ち受けているのは篠原社長であるだろうが、緊張の一瞬である。

「お待たせして申し訳ない」

意外にも、篠原社長の第一声は謝罪の言葉だった。
だから大和も、礼儀に適った挨拶で返す。
相手に自分が主導権を握っている〜と、思わせておいてもいい。
実際に自分の主導権まで、譲り渡す気は無いが…。

「いえいえ。居心地のいいラウンジで待たせていただきましたから」

だからどうだったのか、言い切らないところが大和が曲者たる証拠のようなモノである。



相手の篠原社長も、そのことを悟ったのだろう。
苦笑しながら、自分の前の椅子を勧めた。
曲者相手には、余計な前置きは無用である。

「貴方の書類を拝見しました。大変、素晴らしい」
「光栄です」

両者とも、互いが所属している会社名を口にしない。
純粋に相手の実力だけを、評価している言葉である。
油断できない相手ではあるが、味方とするならば頼もしい。
―どっちもどっちである。

「今回のプロジェクト短期間だか、吉原君には末永く当社の仕事に関わってほしい」
「恐縮です。で、今回のプロジェクトは―」

いい加減、狸=篠原社長の腹の探りあいを切り上げて、大和は今回のプロジェクトの総仕上げの説明を開始した。元々、その為に来たのである。
ちなみに、社長直々の面接は書類を提出した時点で合格していたらしい。ので、時間を無駄にする事はない。
社長自らの膝詰め談判は、気持ち良いほどスムーズに進んだ。

「―いや。本当に、吉原君が何処の会社にも所属していないのは不思議だねぇ」


あれから、一時間も経たないうちに膝詰め談判は終わった。
双方が納得できる濃い内容の話だったのに、大和が篠原貿易を訪れてラウンジで待たされた時間を合わせても、一時間弱。
その奇跡的な短時間で終了したのは、談判する両者が極めて有能だったからだ。
だから、社長の機嫌はすこぶる宜しい。
大和にしても、悪くは無い。

「器用貧乏なんですよ。飽きっぽいところもあるし」

仕事上の建前に、篠原社長は笑いながら大和を透かし見る。

「本当にそれだけかい?」

その疑惑隠れる眼差しを受けても、大和は澄まして答えた。

「仕事をしながら、自分探しをしてるんです」

その何ともいえない(仮の)理由に、社長は口を閉ざした。
どうやら狸と狐の腹の探りあいは、大和に軍配が上がっようである。
どちらが狸・狐であるかは、知らないが…。

「失礼しました!」

仕事に一息ついたところで、大和は目をつけていた銀のフォトフレームを、手にした資料で押し倒す。傍目には、資料が当たって倒れたようにしか見えなかっただろう。

「ああ、大丈夫だ。悪かったね、こんなところに置いといて」
「いえ。ご家族ですか?」

家族写真―林 芽衣子が篠原社長に引き取られる前の、両親に囲まれた10歳程の女の子の写真を見つめた。

「―年下の、親友の家族だよ。仲の良い夫婦でね、あの世まで一緒に逝ってしまった…」



「…失礼いたしました」

しんみりとした口調に、静かに謝罪する。
しかし、そんな謝罪は無用だった。
フォトフレームを見つめていた篠原社長が、にんまりと笑う。

「吉原君。君、勘違いしてるだろう?あの世に逝ってしまったのは―」
「この、ご夫婦だけですね」

多分、相手がこのフォトフレームを見つける度に、繰り返されてきた問答なのだろう。




「…どうしてた分かった?」

大和の返答に、篠原社長はつまらなそうな顔をした。

「写真を、年下の親友の家族と説明されました。ご夫婦の事は、あの世に一緒に逝くほど仲がいい、と」

特別、仕事の話でなくとも、些細な話も聞き逃さない事を証明するような、理に適った説明に、篠原社長は感心して頷いた。

「いや、さすがだねぇ〜」

あまり素直に感心されると、大和の良心が疼く。

゛嘘です。本当は、知っていました!゛と、正直に言えないのがツライ。

「―この娘は、もうすぐ二十歳になるんだ…」

篠原社長は大和のココロの葛藤など知らぬげに、少し寂しげに微笑む。
そして、何気なく言い切った。

「そしたら、婚約する―」

何気ない告白に、大和の思考は一瞬だけ停止した…かもしれない。

「この娘とですか〜〜〜?!」
「見合い相手だ!!!」

絶叫する大和に、間髪容れず社長が怒鳴り返した。
一時間余りの間に、随分仲良くなったものである。

「…え〜と。お見合い、したんですか?」

これも知っているけれど(今回の依頼人だし)、大和は形ばかりの確認をした。

「したんだよ。とても断れない筋から持ち込まれてね…」

困ったように微笑んで、篠原社長は手に持ったままだった銀色のフォトフレームを机の上に置きなおす。そして、続きの言葉を連ねた。

「お見合い相手も若いよ。―この娘より、年上なだけだ…」

その切ない言葉に、普通なら気心が知れた者同士ならではの、茶化すことは出来なかった。
大和個人としても、茶化したく無い。
だから、篠原社長の本音理解した。

゛この男、25歳年下の娘に恋愛感情てんこ盛りだよ!゛


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