LOVEヘルパー番外編
月の裏側Eall-or-nothing
【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。
海辺が見渡せる駐車スペースに一台の車。
運転席と助手席から紺碧の海…ではなく、浜辺を見渡す男女。
―ハッキリ言わなくても、怪しすぎる…。
「…出歯亀だな」
「否定はしません」
ちひろ経由の情報で、『恋愛相談所』の所長と助手は、この場に待機していた。
件の2人を待って…。
そもそも。ここへのドライブを勧めた(唆した?)のは、ちひろである。
芽衣子からの相談を受けて…実は、「頑張って!」と応援した後、それとなく芽衣子から詳しい話を聞き出した、ちひろだった。
(ついでに、芽衣子からも情報収集する)
本気で応援しいてるので、ちひろに手加減するつもりなど無かった。
「でもな、篠原社長は―」
そんな助手に注意を促そうとした所長の言葉を、ちひろは遮る。
「難敵、なんでしょう?」
所長がくどいほど繰り返す社長評価を、助手はそれはど重要視してはいない。
十年来の、…いや!生まれたときから蓄積されてきた゛想い゛とは比較にもならないはずだ。
それに。10歳の少女を引き取る件には、日本を代表する物語があるではないか。
「10歳の少女を引き取って育てる―芽衣子ちゃんにとって、篠原社長は光源氏なんですよ」
当初、「あんまりだ!」と激怒した『足長おじさん』から、事態は『源氏物語』に昇格したらしい。
しかし。゛光源氏゛はいかがなものだろう?と、所長は物語のあらすじを思い返す。
「…あれ確か、祖母を亡くして父親に引き取られる10歳の紫の姫を、18歳の光源氏がかどわかした話じゃなかったか?人攫いというか、現在の誘拐か拉致?」
正直な所長の感想に、助手は冷たい目を向けた。
「所長って夢がありませんね。ロマンスっていう言葉、ご存知ですか?」
真っ正直な感想を述べたばかりに、夢も希望も無い人にされてしまった。
日本を代表する大河小説にも、賛否両論があるものだ。
壮大な物語の賛否に思いを馳せて、助手の質問をかわす所長。
しかし助手が、それ以上所長に追求しなかったのは、駐車スペースにもう一台車が入ってきたからだ。
「芽衣子ちゃん!」
その車の運転席を見て、ちひろは小声であるが、叫んでしまった。
「…水川さん?」
「すいません」
同じく小声で注意を喚起する所長に、助手は謝罪する。
自分が謝罪する事について釈然としないものが無いではないが、今の場合、自分が悪い。
本来の、『恋愛相談所』の所員として、ちひろは自分を戒めた。
「―行くぞ」
「はい」
車から下りた2人に続いて、所長と助手も車から下りた。
相手から気づかれない距離を保ちつつ、後をつける。
海風が強くて会話まで聞き取れ無いが、所長と助手は無言でオペラグラスを取り出し、海を眺めるふりをしつつ、前方の2人を盗み見た。
―唇の動きを…。
* * * * * * * * * *
「今日は時間を割いていただきまして、ありがとうございます」
浜辺で足を止めた芽衣子が、今日のお礼を口にする。
「いや、いい気分転換になったよ。いつも机に縛り付けられているからね。―ところで、本当に海外の大学に転学するのかい?」
今日のドライブに応じた本当の理由を確認する、篠原社長。
まだ誕生日前だったので、芽衣子の大学から書簡で連絡されたのは、昨日である。
「本当です。すいません、20歳になるのに、まだ保護者義務を負わせて…」
「そんなことはいいんだ。一生、君の家族のつもりだからね」
その言葉に寂しげに笑った芽衣子が、社長の言葉を繰り返した。
「家族、ですか?」
「もちろん!」
力強く肯定する篠原社長に、芽衣子は真っ直ぐに目を向けた。
相手にも、目を逸らせる事など許さぬように…。
「本当の家族には、なってくれないんでしょうね?」
この2人にとって、その言葉の意味を取り違える事は無い。
だから社長も、取り違えようの無い返事をした。
「離婚で他人になってしまうかもしれない家族じゃない。一生の、家族だよ」
「―離婚、しないかもしれないじゃないですか…」
奥歯をかみ締めて反論する芽衣子に、酷く投げやりに篠原社長は断言する。
「結婚は、婚姻という一種の契約だ。離婚、死別、前提のね」
表情を改めて、今にも泣き出しそうな芽衣子に誓うように言葉する。
「だからね、一生変わらない家族でいよう」
その宣言する言葉には答えずに、芽衣子は自分の決意を述べた。
「転学したら、修士課程を希望しています」
「大学院か…」
「はい。向こうには希望した分野がありますから、出来るだけ長く」
「芽衣子ちゃん?」
不思議そうに自分を見る保護者に、ありったけの勇気を振り絞って言った。
「好きです、篠原さん。もう、ずっと前から、生まれてきたときから貴方が好き…大好き!」
告白と供に腕の中に飛び込んできた芽衣子を落ち着かせるように、篠原社長は芽衣子の背中を撫ぜた。
優しく、理解がある保護者のように…。
「その゛好き゛は恋愛感情じゃ無いよ」
その言葉に反論しようとする芽衣子を、社長はきつく抱きしめて腕の中に留めた。
「僕も君が好きだよ。君が生まれたときから。生まれてくる、前からね」
篠原社長が言う゛好き゛が、生まれてくるのが芽衣子じゃなくても゛好き゛だと告げている。
誰が生まれてきても゛好き゛で、それは恋愛感情では無いのだと…。
「でも、わたしは!」
なおも反論しようとした芽衣子に、今度は社長が告げた。
「見合い相手と結婚するからね―」
* * * * * * * * * *
「―゛難敵゛、ですね」
ちひろが溜息混じりにこぼした言葉に、所長は肯定する。
「だろ?」
『恋愛相談所』の所員として読唇術が出来る所長と助手は、筒抜けだった2人の会話を思い返して、同時に大きな溜息をついた。
前途多難である―。
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