LOVEヘルパー番外編
月の裏側F恋愛成就

【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。


もう夜の『恋愛相談所』で、所長と助手はソファでグッタリとダレていた。
尾行していたクライアント達の帰宅を見届けて、再度作戦会議をしなければならない。対象者の女性・林 芽衣子は、ペーパードライバーと自称するわりには夜のドライブも問題なくこなし、自宅前で運転指導者の男性対象者・篠原 篤と運転を交代して、それぞれ帰宅した。
もう、彼女に自動車運転を指導する必要は無いだろう。

「…わたし、所長が言う゛難敵゛の意味が、やっとわかりました」

ソファから身を起こして、助手のちひろが頭の中で今日の出来事を反復する。

「車の運転中の事までは知りませんが、篠原さんは芽衣子ちゃんに肝心な事を最後まで言わせませんでした…。芽衣子ちゃんが前置き無しで告白したときも、最後まで言わせなかった…あれは゛難敵゛です」

同じく、いつの間にかソファから身を起こしていた所長の大和も、作戦会議に加わった。

「あれは仕方が無い。篠原社長は芽衣子嬢を半永久的な、変わらぬ家族だと決めているから…。だけど、水川さんの着眼点は良いんだ。芽衣子嬢に、思いの丈を曝け出させる。相手をどれだけ感動させられるか〜が、恋愛相手を動かす鍵だからなぁ〜」

それが『恋愛相談所』所長のポリシーだったら、ちょっと悲しい問題発言を肩を落とした助手がクレームで止める。

「―所長。その身も蓋もない言い方は止めてください」

本当に、身も蓋もない。が、所長が指摘したように、着眼点としては、間違ってはいないのだ。

「どう、応用すればいいのか…」

助手の呟きに、所長も同調して思考する。

「…芽衣子嬢に、再チャレンジする勇気があるかな?」
「どうでしょう?」

対象者の芽衣子の代わりに返答した助手だが、ちひろには芽衣子が日本を離れるその時までは、チャレンジし続けるだろうと推測できた。
何といっても、生まれたときからの゛恋゛なのだ。

「―再チャレンジできるなら、今度は援護射撃が必要だな」
「援護射撃って、芽衣子ちゃんの告白を第三者に見学させるんですか!?」

ちひろは、本気で所長に食って掛かりそうになった。
いくら何でも―例え、相手が゛難敵゛でも、そこまでやるか?

「篠原社長を逃がさない為には、芽衣子嬢に再チャレンジがてきて、尚且つ自分の告白を第三者にも晒す覚悟がなければ、無理だ」
「………」

断言する所長に、ちひろは答えるのを渋る。
そんな助手に苦笑して、大和は言葉を続けた。

「それでも、社長を落とせる確率は四割」
「四割〜〜〜?!」

あまりの確立の低さに、ちひろは絶叫した。
芽衣子を晒し者にするような作戦に、その確立は無いだろう。

「もっと確率を上げたければ、釣り師に餌、撒き餌、網を持つ者と、社長を追い詰める者が必要だな」
「…いつから魚釣りの話になったんですか?」

助手の問いに、所長は笑って言い切った。

「篠原社長は大物だろう?」

否定は、しない。
だが、しかし。その作戦をもっと詳しく説明してほしい、助手である。

゛それに、わたしは釣りをしたことが無いし…゛

所長が釣りをするのを、ちひろは知らない。
彼に、そんな趣味があったのだろうか?
いつの間に?
一人で頭を悩ます助手に、所長は苦笑まじりに説明した。

「釣り師と餌が、芽衣子嬢。撒き餌が、留学先で永住権を取得する為の偽装結婚。網を持つのは、俺かな?」

すると、残る゛社長を追い詰める゛役は自分だろうかと、訝る助手。
しかし。あの゛難敵゛な社長をどうやって追い詰めろ、と?
目で問う助手に、所長はいささか人の悪い笑顔を浮かべる。

「そのままでいいんだ。水川さんは、芽衣子嬢の味方をするバイト仲間。で、俺はその恋人で、恋人の頼みで芽衣子嬢の手助けをする」

所長の恋人役は、以前から何度もしたことがあるし、実際も…。
しかしクライアントには、互いの存在を…関係を、公開したことは無い。

「今回は、いいんですか?」
「たまには良かろう―っていうか、そろそろ篠原社長には俺の本職がバレるだろう」

その所長の爆弾発言に、ちひろは息を呑んだ。

「あの社長はボンクラじゃないからな。それに今回はバレても芽衣子嬢止まりだ。だから芽衣子嬢に、俺達の本職がバレなければいいし、最悪、バレてもいい」

芽衣子には、出来ることなら自分の本職がバレたくない助手である。が、そこで今回のドライブで疑問に思っていたことを問いただした。

「ところで所長。そのボンクラじゃない社長にドライブを承諾させる為に、どうやって芽衣子ちゃんの大学から保護者に書簡を出させたんですか?」

ドライブ前には上手く誤魔化されたが、今回は誤魔化されない!

「んーと、な?」
「ん?」

追及の手を緩めぬ助手に、所長は観念した。

「芽衣子嬢の亡き父の弁護士に、某役所のフリをして未成年者だから〜と、大学から保護者にその旨を知らせるように要請した」

それは、一歩も間違えなくても犯罪行為ではないだろうか?
ちひろは頭が痛くなったような気がする。

「弁護士には、要請に従う義務は無いんだ」

笑って言い切る、所長の頭を殴ってもいいだろうか?
もう、ここまでくれば、モノはついでである。

「それで、所長は何が原因で篠原さんに泣かされたんです?」

途端、無口になる大和。
余程言いたくないらしい。
ちひろとて、そんなに特別に訊きたいわけではないので、もっと実用的な事へ話題を変える。

「篠原さんを追い詰めるって、具体的にどうすればいいんですか?」
「んー」

助手の質問に、所長が合間を埋めるように唸る。
言いたくないわけではないだろうが、どこまで言うべきか考えているようだ。

「水川さんは個人的にも芽衣子嬢の味方なんだから、そのまんま思うところを全部ぶつけてやればいい。篠原社長に!」

何だか、随分な言われようである。が、芽衣子の味方をして良いことだけは判った。
だったら。もう思う存分、味方してやろうじゃないか!

「芽衣子嬢の決戦日、決めといてくれ」
「了解」

自分は力一杯!芽衣子の味方する事が出来て、所長に勝算があると言うならば、助手に反論の余地は無い。


* * * * * * * * * * 

篠原貿易ビル。
ちひろは芽衣子と連れ立って、このビルを訪れた。
そして、受付嬢に所長から渡された名刺を出して要件を告げる。

「上条流通の水川です。篠原社長とお約束しております上条流通の吉原にお取次ぎ、お願いします」

まだ女子大生にしか見えない二人連れに妙な顔をして対応して受付嬢が、名刺を目にしてから電話に手を伸ばした。
不信感は拭えなくても、取り次いでくれるつもりにはなったらしい。

「―お待たせいたしました。一番奥のエレベーターで最上階へお越しください」

その受付嬢の指示で、エレベーター向かった。

「芽衣子ちゃんは、ここに来たことがあるの?」
「子供の頃に、ね」

ちひろの疑問に答えてくれるが、やはり芽衣子の口数は少ない。
緊張している事もあるが、浜辺の告白から二日しかたっていないのが最大の原因だろう。


しかし大和は、時間をおくことを許さなかった。
時間をおくことで記憶の風化や、気持ちの劣化(?)は否めないから…。
直通エレベーターなので、部屋を迷うことは無い。
ドアをノックしようとしたちひろの手を、芽衣子が止める。
どかしたのかと振り振り返ると、芽衣子が肩を上下して深呼吸していた。
どうやら、ちひろは少々気が急いてるようだ。

「もう、大丈夫」

深呼吸を終えた芽衣子が、ちひろを促した。
しかし。今度は、ちひろが深呼吸。
所長に唆されて―いや。指示の元、こうして芽衣子と供にやって来た、篠原貿易ビル。


仕事における所長の選択を信用しているが、はたして自分に、こんなビルを所有する会社の社長を追い詰めることなど出来るのであろうか?
ふと、隣の芽衣子の手が震えていることに、気がついた。

゛出来なくても、出来るだけの事はやろう!゛

ちひろは決意も新たに、ドアをノックした。

「はい」

ドアを開けたのは所長―吉原さんだった。

「失礼します」

ちひろと連れ立ってやって来た芽衣子に、篠原社長はやや目を大きくした。
社長にとって、サプライズだったかもしれない。
それを見ただけで、ちひろは少しだけ落ち着いた。

「はじめまして。わたしは芽衣子ちゃんのバイト仲間で、水川ちひろです。今日は知人でもある吉原さんに無理を言って、篠原さんに会いに来ました」

吉原 大和をチラリと見てから、篠原社長はちひろに視線を合わせた。

「重要な話なんだね?」
「はい」

様子を見ただけでそう判断した社長に肯定の返事をしながら、ちひろは心の中で下を巻いた。

゛初日、所長が泣かされて帰って来たただけあるかもしれない…゛

上司との信頼関係が少々心配な、感想である。だがここで、助手である自分まで負けてしまっては、勝負は御破算にもならず、ただの負け戦である。
だから、ちひろは真っ向勝負に出た。

「わたしは、篠原さんに芽衣子ちゃんを止めてほしいんです」
「何を?」

言葉を濁さないちひろに、社長は笑顔で返す。
だが話が進むうちに、笑顔が消えていった。

「芽衣子ちゃんが転学を希望している事は、ご存知ですね?大学院を希望していて、日本へは五年は帰ってこないことも。そして永住権を取得する為に、偽装結婚を計画している事も…」

ちひろの話の終盤から、篠原社長は芽衣子を凝視していた。
芽衣子も目を逸らさない。

「…芽衣子ちゃん。偽装結婚って、何?どうして永住権が必要なんだ?」

普通に話すよりも低い社長の声は、怒りを帯びていた。
しかし。その怒りの声に答える芽衣子の声は、震えてもいない。

「日本に帰って来なくてもすむように、永住権が欲しいんです」
「どうして?!」

篠原社長の言葉に、芽衣子が苦笑した。

「どうして―って、貴方がそれを聞くんですか?」

芽衣子の反問は、皮肉が利きすぎている。
だが、ちひろは心の中で、゛そうよ!もっと言ってやって!!゛とエールを送っていた。


「篠原さんは、お見合い相手と結婚なさるんでしょう?そんな日本に、わたしが帰る場所はありません」

自分の想いを静に言い切った芽衣子に、社長は戸惑っているようだ。
少々、混乱しているのかもしれない。

「…僕が結婚しなければいいのか?」

反問―というよりも、反抗的な社長の質問に、芽衣子はゆるりと首を振った。

「じゃあ、どうしたらいいんだ?!」

問いではなく詰問調になった篠原社長の肩を、大和がガッシリとつかんで椅子に引き戻す。
いつの間にか椅子から立ち上がっていたことすら、気づいていなかった。

「…君はこの事を知っていたから、恋人に協力したんだな」

自分を椅子に引き戻した大和を見て、社長が確認した。
確認するまでも無い事だが、あまりにショックな出来事の後だったので、一つ一つの事を、確認しないではいられないのだろう。

「俺が社長の立場なら、俺は発狂する自信がありますから。―余計な事でしたか?」

妙な自信を自負して、大和も訊くまでも無い、ショック療法も兼ねた質問を社長に返す。



苦笑いした社長が、ゆっくりと首を左右に振った。

「―芽衣子ちゃんと、2人だけで話し合ってもいいかな?」

それは大和とちひろへの、篠原社長の確認だった。
ちひろが芽衣子を見ると、芽衣子はしっかりと頷く。
もう既にドアの前に立つ大和を追って、ちひろもその部屋を後にした。


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