LOVEヘルパー番外編
月の裏側Gエピローグ
【注】この作品はTHE JUNE内『Actor』に関連しておりますが、゛藁゛ゆり 様が書かれた別のお話です。
『恋愛相談所』のソファに座って、今回の依頼人が報告書に目を通していた。
実際に、クライアントの恋愛成就を見届けたわけではないので、対象者(=篠原社長と芽衣子から、それぞれ所長と助手に事後報告があった)から製作した、報告書である。
「ご苦労様です。とても満足しました」
報告書を読み終えた依頼人・遥 未来(はるか みく)が、目の前に座す『恋愛相談所』の所長と助手を労った。
「実際、この目で見届けたわけじゃないけどね」
依頼人の労いに、謙遜するような台詞を返した所長。
その所長の手に、依頼人は派手な色彩の厚手の紙を手渡した。
「これが今回の結果です」
それは俗に言う、結婚式の招待状だった。
篠原家と林家―篠原社長と、林 芽衣子の事であろう。
「まあ!」
歓声と供に所長の手から招待状を奪って、助手は嬉々としながら開く。
電光石火な早業なのは、篠原社長の年齢を鑑みてだろうか?
何だか少し悲しい気持ちになって考え込む所長を余所に、助手はすっかり大喜びして、その招待状を隅々まで眺め回した。
「篠原さんと芽衣子ちゃんから、吉原君と水川さんもご招待したいと伝言を預かっているんだけど、出席してもらえるかしら?」
クライアントから伝言された依頼者のお誘いが、悪魔の囁きに聞こえるのは所長だけだろうか…?
「いいんですか?」
「勿論」
すぐに反応した助手に、依頼人の応対も素早い。
「お世話になった方々には是非、出席してほしいそうです。関係者全てをご招待しても、まだまだ余裕がありますもの〜。遠慮は無用です」
その何かを含んだ物言いに、不吉なモノを感じる所長。
だが、しかし。助手は無邪気なものである。
「そんなに余裕があるんですか?芽衣子ちゃんからも、そんな話を聞いてますけど」
助手の疑問に、依頼人はそれは素晴らしい笑顔とともに言ってのけた。
「どこかの世話焼き屋どもが早々に気を廻しすぎて、当事者達の希望以上に大規模な予約があるのよ。もうこうなると結婚式に出席するのも慈善行為みたいなものね。ボランティアを募った方がいいんじゃないかしら?(嫁を)貰い遅れや(嫁に)行き遅れを心配をするよりも、自分達の痴呆症の方を心配するべきよねぇ〜」
何だか物凄い事を聞いてしまったような、所長と助手である。
背中が薄ら寒いような気がするのは、本当に気のせいだろうか?
「しかし何でまた、そんな大規模な予約を―ああ、そうか…」
所長の疑問に依頼人がとっても怖い笑顔を向けると、その理由を理解出来て…理解させられてしまいました。質問した所長だけじゃなく、助手にも。
多分きっと、かなりの確立で、その大規模な予約は篠原社長と依頼人の挙式を予定して入れたものなのだろう。
花嫁が変更したために、招待客の数も減った―と。
そして。最初の花嫁予定者も、その挙式に協力しているのだろう。確実に。
「わたし、相思相愛なら万難を排しても結ばれるべきだという、ごく真っ当な恋愛観の持ち主なんです」
おそらく。間違ってはいないだろうその主張に、素直に頷けないのは何故だろう?
あまり深くは考えたくはない、所長と助手…そのあたり、この上司と部下は気が合うようだ。
「…なぁ、もしも俺達が失敗したら、どうするつもりだったんだ?」
大和には、この依頼者が次の手を考えていないとは、どうしても思えなかった。
「あら、そうねぇ。例えば、いかにもソレっぽい合成写真を作って、世の中には意外とお節介が多いわねって篠原さんと平和的な話し合いをするわよ?」
平和的に何を話すのか―あまり詳しくは知りたく無い、所長である。
しかし。どんな合成写真を作る気だろう?
「ええっと。でも、事前に色々と調べてましたよね?」
今度は依頼者から届けられたファイルに感心していた、ちひろが訊ねた。
「ええ。篠原さんがあの年で婚暦も無く、そういう女性もいなければ、同性愛者か不能でしょう?」
この依頼人の言葉は、何故か心にグサグサと突き刺さる。
その理由を―やはり。あまり深くは考えたくは無い、助手だった。
「この度は、ありがとうございました。相思相愛の2人の為に禍根を残さずにすんで、感謝しています」
『恋愛相談所』の面々を軒並み沈黙させた依頼人が、愁傷に叩頭して小切手を差し出した。
その小切手を差し出された助手が、自然に受け取る。
「本当にありがとう。助かったわ!」
軽やかにドアを閉めた依頼人は、帰り際にそんなお礼の言葉を残して立ち去った。
「―素敵な女性ですよね?」
溜息交じりの助手の感想に、所長は苦笑して返す。
「怖いだろう!」
それに反論の余地は無いが、それでも今回の依頼人が素敵な女性であることに代わりない。
だから、ちひろにも判った。
「…どうして、別れたんですか?」
何とも表現できない顔で、大和が笑う。
「月と、同じだからかな?」
「月?」
真面目な顔をして聞き返したちひろに、説明する。
「満月にも色の薄い部分があるだろう?月の影。人を月に例えた、影の部分だと当てはめられている」
「だから、ですか?」
掴みどころのない彼女は、確かに影の部分を持っているだろう。
「いんや。誰だって影の部分は持ってるし、影なら見えるだろう?」
ちひろの早合点を、それでも一々説明する大和。
「今回の篠原社長と同じ。誰にも見せない、月の裏側だ」
わかりやすい具体例に、ちひろは沈黙した。
月の表も影も、人には見える。
人に見せない月の裏側など、誰にもわからない。
今回の対象者の一人・篠原社長は、月の裏側に芽衣子への気持ちを永遠に封じて、人には見せないつもりだったのだ。
―周囲からの圧力(?)と芽衣子ちゃんの決断とで、暴かれてしまったけど…。
「…人にも、吉原さんにも見せない月の裏側があっても、彼女は素敵な女性ですよ。いい女って感じ」
「んー。いい女すぎて、俺には合わないって感じ〜」
ちひろの真面目な分析を訊いた途端、大和がふざけた。
「ふーん。だったら所長に合うのは、いい女じゃない女ですね!」
腹立ちまぎれに言い捨てた助手に、所長は真面目な顔で言葉を続ける。
「だから俺に合うのは、俺に合ったいい女!」
ふてぶてしくも、そう言いきった所長に、助手の目は冷たい。
「俺に合ったいい女の、ちひろちゃ〜ん」
「あ!この小切手、銀行に預けてきますね」
所長の世迷言を聞き流し、小切手を持った助手は出かけてしまった。
その慌てふためきぶりに笑いながら、大和は思う。
―誰にも見せない月の裏側を、人は誰もが持っているんじゃないだろうか?
END
NEXT
BACK
INDEX
TOP
Copyright(c)2009-2013 ゛藁゛ゆり 様, All rights reserved.