偽りの向こうに
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ミス&ミスター東城に出場するには年齢に関係なく本人が自身でエントリーするか、もしくは周りの人の推薦によるものどちらでも構わない。
ただし、推薦の場合は最終的に本人の承諾が必要となるため、必ずしも快く引き受けてくれるとは限らない。
香のように毎年推薦されているにも関わらず、表舞台に立たない人も少なくなかった。
それを吉崎の説得?により、いよいよ本命中の本命である香が登場するとあって、今年の女子社員の出場者が激減したのに対し、男子社員が例年になく多いという現象が既に起きていた。

「香さんが出るとわかった途端に男子社員たちの目の色が変わったって。そりゃあ、東城の令嬢にしてこの美貌の持ち主だもの。あわよくばって、夢も見たくなるわよね」

吉崎のテンションは高い。
なんとなく社内が浮き足立っているのは香にもわかっていたが、芸能人じゃないんだから騒ぐのは勘弁して欲しい。

「本当に出ないとダメなんですか?」
「この期に及んで何を言ってるの。副社長をその気にさせるためなんだから、もっと真剣に取り組まなきゃ」

そうだった。
こんなイベントに参加する羽目になった理由は優柔不断で女っタラシの副社長を香に心底惚れさせるための策略だったのだ。
しかし、考えてみれば、何か馬鹿げたことをしようとしてはいないだろうか?

「そもそも、それがおかしくないですか?」
「いいの?今のままの副社長と結婚しても」
「まだ、そこまでは」

熱く語る吉崎に香も返す言葉が見つからない。

「状況証拠から見ても、そうなることは確実なんだもの。彼が副社長に就いた時点で決まったようなものじゃない」

確かにそうかもしれないけど。

「深く考えないで、香さん自身が楽しんじゃえばいいじゃない」

「ね」と言われてその気になるのは単純なだけなのだろうか?

「今度の休みは女磨きよ。ショッピングにエステと楽しみだわ。実は旦那におねだりしちゃったの」

香に付き合ってというより、吉崎の方がやる気満々に見えたが、好きな男性のために女を磨くのは悪くない。
その相手が、佐脇副社長だったら…。
香はとんでもないことを想像した自分に呆れつつも、そんなふうに思った自分にも驚いた。
慌てて頭から追い払うと、いつもの仕事モードに切り替えた。



社長は今まで築き上げてきた長年に渡る人との繋がりを大事にしてきたが、副社長はというと全てをデータ化して細かく分析するタイプ。
時代の流れとはいえ、これからの東城もいい意味でも悪い意味でも彼によって変わっていくのだろう。
ふと、そんなことを考えていると電話が鳴った。

「はい、秘書室ですが」
「東城さん、ちょっと来てくれないかな」
「わかりました」

香は席を立つと副社長室のドアをノックして中に入る。
悔しいけれど、目の前のパソコン画面を見つめる彼はドキっとするほど魅力的で、思わず仕事も忘れて見惚れてしまいそうだ。

「ミス東城に出場するんだって?」

唐突な質問に一瞬に何を言われたのかわからなかったが、ミス東城に出場するんだって?
今、そう聞いた?

「はっ、はい。吉崎さんにどうしてもと推薦されたもので」
「そうか」

副社長は何を言いたいのだろうか?
まさか、このことで私を呼びつけたんじゃ。
まさかねぇ。
この仕事人間に限って、そんな。

「あの」
「ミスター東城には役員は出場できないって決めたのは誰?」
「は?えっと、ち、社長が決めました。こういうイベントは社員の中でやった方がいいからと」

去年から始まったミスター東城への出場者を役員以外の者と決めたのは、年齢制限なしとはいっても若い人たちに偏りがちなのと社員の中でというのにこだわった社長の一言で決まったと聞いている。

「もしかして」

副社長が出るつもりとか言わないでしょうね。
この人が出れば、ほぼ間違いなく、いやミスター東城に決まるのは確実だろう。
そうなったら、ミス東城に確実と言われている香とのペアが誕生することに。
えぇっ、ちょっと待って。
それじゃあ、私たちの計画がっ。

「君が出るなら当然、俺も出る方がいいだろう?いずれ、東城の顔になる二人なんだから」

当然?いずれですって?
さも、当たり前のような言い方をしないで欲しいわ。
だったら尚更、この人が出場できない方がいい。

「それは残念でした。どうしても出たいのでしたら、副社長を辞任して社員として雇ってもらうしかないでしょうね」

自分でもよくこんな皮肉が言えたものだと感心したが、しかし、思い通りにならないこともあるということを彼は知ったのではないだろうか。

「そういうことになるな」
「ところで、副社長が私を呼んだのは」
「あぁ、もういいよ」

は?何がもういいよ。
人を馬鹿にしてっ。
でも、何で自分もミスター東城に出ようなんて思ったのかしら?
俺も出る方がいいだろう?なんて、取って付けたようなことを言ってたけど。



「ねぇ、あの女性(ひと)誰?」
「どっかで見たことあるような気がするんだけど」

そんな女子社員の会話を耳にしながら、香はオフィスのロビーを抜けてエレベーターに乗り込んだ。
週末に吉崎に誘われて普段なら絶対入らないようなブティックで洋服を買い、その後はエステなるものを初体験した。
共同購入するお得なクーポンを使って極上の癒しを半額で体験できるとは、そういうものに詳しい彼女はさすが経済観念がしっかりしている。
それにしても、このスカートは少し短過ぎやしないだろうか?
5cmより高いヒールなど履いたことはなかったから、こんなに高いのを履いていたら足をくじきそうだ。
そして、一番変わったのはずっと黒髪で通してきた香がこれまたほんのりブラウンに染めたのも初めてで、周りの人が気付かないのは当然かもしれない。

「おはようございます」
「おはよう。今日の香さんは超イカシテルわよ」

「私のセンスも満更じゃないわね」右手の親指を立てて一人ゴチている吉崎は、舐めまわすように香を見つめた。
いつもの清楚なお嬢様ももちろんいいが、オフィスで浮かない程度にこのくらいの変化は若いんだから許される。
ミス東城は99%決まったも同然だし、あとは副社長を。

「副社長も惚れ直すわよ」

あら、噂をすればなんとやら。
副社長のお出ましだわ。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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