「おはよう。あれ、君は新しい人?」
全く香だと気付いていない佐脇は目の前の見事なまでに美しい女性に目が釘付けのようで、それを見ていた吉崎はおもしろくてたまらない。
ただ、この時点で彼は香とは別の女性だと思っているわけで、やっぱりプレイボーイはプレイボーイのままなのだろうかと落胆は隠せない。
「おはようございます、副社長。もう秘書の顔をお忘れですか?」
香はワザと意地悪い言い方をしたが、内心では射抜くような視線に体中が一気に燃え上がりそうで怖かった。
「えっ、東城さんなのかい?」
ウソだろう?彼女がこんなにも危ない雰囲気を持っていて、それでいて凛としたカッコ良さを持ち合わせていたなんて。
言われてみれば、なるほどそうだとわかるが、毎日一緒に居たので意表を突かれてわからなかった。
「どうですか?素敵でしょう、香さん。これでミス東城は彼女に間違いなしですよね。そして、今日は社員投票用のプロフィールに載せる撮影会がありますから」
吉崎が割って入ると佐脇がなぜ彼女が今日に限ってこんなふうにイメージチェンジしたのかが、やっとわかったような気がした。
しかし、この姿で撮影ということは多少の反感を持たずにはいられない。
言っておくが、あくまでも上司としての見解であることを忘れてもらっては困るのだ。
膝上のスカートは彼女のすらっとした脚をより一層魅力的に見せていたし、それはヒールを履いた足首が何より男心をソソらせていた。
まだ、朝っぱらだというのに一体何を考えているのだと会社を率いる身として戒めても、目の前の美しい女神には到底理性が勝てるはずなどなかった。
「撮影会?まるでモデル並みなんだね」
「やるからには本格的にが社長のポリシーですから。副社長もどうですか?」
「14時〜私ももちろん、見学に行くつもりなんですが」吉崎は佐脇に是が非でも今までの香とは違う姿を見て欲しかった。
というよりも、恐らくたくさんの男性社員達が見に来るはずだろうから、嫉妬心をあおるにはいいチャンス。
「14時か、何もなければ」
「13〜15時までは幹部を集めた重要な会議が入っています。残念ですが、見に来てはいただけませんね」
さすが、秘書はその日の上司のスケジュールをちゃんと頭に入れている。
そんなことより、香にとっては副社長に会議が入っていて良かったとしか思えなかった。
もし、何もなかったら、この人は見に来るのではないだろうか?
できることなら、撮影会なんてこっぱずかしいことは一生やりたくないのだが、吉崎が言ったように社長が決めたことだから、社員は従うしかないのだ。
とにかく、さっさと済ませて、この居心地の悪い自分でいながら自分でないような体からは早く解放されたかった。
香は吉崎と一緒に14時少し前になると撮影場所となるビル内の1階エントランスへと向かった。
そこは、3階まで吹き抜けになっていて、中央にはメインとも呼べるカーブしたエスカレーターが設置されていた。
そこは会社の顔ともいうべき、最新の技術を集めたショールームになっていて、撮影場所としては持ってこいの場所と言えるだろう。
既に取り終えた出場者や見に来ていたギャラリー達で異様な熱気に包まれていた。
「なんか、ものすごく恥ずかしくなってきたんですけど」
香は大勢の人前に出るのは苦手だったし、見られるのはもっと嫌だった。
やっぱり、自分がこんなイベントに出るのは間違っていたのではないだろうか?
「次は東城さん。東城 香さんはいらっしゃいますか?」
「はっ、はい。私です」
吉崎さんに背中を押されて呼ばれた場所に行く。
撮影するカットは3枚。
正面上半身と自然なカットが2枚、親しい友人となら普段見せないような姿を見せることもあるかもしれないが、こんな場所で、それも仕事中に出来る方が間違っている。
初めにパイプ椅子に座り、正面上半身の写真を撮ったが、まるで社員証の写真撮影のように凝り固まったものになったと思う。
できれば、ミス東城になどならないに越したことはないわけで、写真写りが悪かったで適当に評価してくれればいいのかもしれない。
次は、それこそモデル並みに表情豊かにカメラに向かわなければならない。
香見たさに今まででは考えられないほどのギャラリーが集まって、ミス東城のイベント始まって以来の盛況振りと言えただろう。
そうは言っても、出場してしまった以上は投げやりに過ごすわけにもいかず、嫌だとは言ってもいられず頑張るしかないのだ。
「はい、笑って」
「そうそう」まるで人気タレントの写真集を撮っているかのようなカメラマンだったが、実は彼は広報課の一員である。
笑えと言われても、そう簡単には可笑しくもないのに笑えない。
それでも、半分ひきつった顔で笑みを浮かべると、カメラマンは自信ありげに良い画像が撮れたことをアピールしていた。
「それでは誰か、彼女のエスコート役を引き受けてくれる男性はいらっしゃいませんか?」
「どなたでも構いませんから」イベントを企画している広報担当者がおもむろにギャラリーに向かって投げかけた。
そんな話は聞いていない。
単独の写真を撮るだけが今日の目的ではなかったのか?
「あの、エスコートって」
思わず、香は広報担当者に詰め寄っていた。
「えぇ、男性と一緒に写ってもらうだけですから。そんなに堅苦しく考えないで下さい」
男性と一緒にって、そんな話は聞いていないし、今までのミスコンでもそんなことはなかったはず。
「去年はなかったですよね」
「今年からの企画なんですよ」
「でも、ミスター東城も決めるのにワザワザ男性社員と一緒のところを撮らなくても」
最終的にはミスター東城を決定するわけだから、この時点で男性社員と一緒のところを写真に収める必要はないのではないか。
「そうなんですけど、男性と一緒の方が女性はいい表情されますから」
それは素敵な男性だったらの話でしょ?香は思ったが、ここでいきなり手を上げた人間が必ずしもそうとは限らない。
だいたい、知らない男性と一緒に微笑んで写真なんか撮れるものですか。
「僕でもいいんですか?」
ギャラリーは多くても自ら名乗りを上げる男性はほとんどいない。
たいていは、同じ部署の男性になることが多いようだが…
前に出たのは、どこかで見た顔…。
げっ、副社長。
何で、会議中のはずじゃなかったの?
前に出てきた彼は、それはモーゼの十戒のごとく道が開かれ、誰一人として逆らうことなどできないオーラを放っていた。
「えぇ、もちろん副社長。他にいらっしゃいませんか?」
この問いに我こそはと手を挙げるものはまずいないだろう。
相手が副社長となれば、どんな男でも太刀打ちできないのだから。
「いらっしゃらないようですので、副社長に東城さんのエスコートをお願いします」
完璧なまでの副社長は女性ギャラリーの視線を受けて香の方へやって来る。
金縛りに遭ったように体中がマヒして動かない。
あぁ、これからどうなっちゃうの?
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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