3 赤と黒
<中編>


律花と栗林は尚も楽しそうに、時折彼の方が彼女に顔を寄せるしぐさが無性に気になった。
綴(つづり)は福原の存在を忘れているんじゃないかと思うくらい真剣な表情で去っ直ぐ前を向き、二人の後をぴったりとくっ付いて行く。

「あの店に入るのかな?」

福原の言葉に返事も返さず、綴(つづり)はジっと二人が店の中に入る姿を見つめていた。
その店はおしゃれなカフェレストランで、律花と栗林にはぴったりの場所。
『本来なら、律花さんと食事ができる相手は俺なのに…』という声が聞こえてきそう。
一面の大きなガラス窓のおかげで店内の見通しがよく、二人が座った席は奥の壁際の席だと確認できる。
この時間となれば、既に空いている席は極わずか。

「福原さん、行きますよ」
「あっ、あぁ」

綴(つづり)と福原も気付かれないように店内に入ると、ちょうどいい感じに彼らの死角になっていた柱の影の席に着いた。
見れば見るほど、似合っている。
栗林が自分だったら、そうは見えなかったんじゃないか。
いつだって年上の律花に甘えてばかりいる綴(つづり)、ダイニングバーのマスターに言われてその気になっていたけれど、栗林のような大人の男だったら彼女を包んであげられるのに…。

「ご注文は、お決まりですか?」

観察に夢中になっていた綴(つづり)は、店員がオーダーを取りに来たこなど気付かなかった。
かなり若いであろう彼女は、なんとなく福原の好みっぽい。

「福原さんは、どうしますか?」
「俺は、Bランチで」
「じゃあ、Bランチを2つ」
「お飲み物は、何にいたしますか?」
「福原さん、飲み物は何にしますか?」
「ホットで」
「じゃあ、ホット2つ」
「ご注文を繰り返させていただきます。Bランチ2つにホット2つですね」

綴(つづり)と福原が領くと、若い女性店員はさがっていった。

「なぁ。南雲って、チーフ狙いだったのか?」

水の入ったグラスを一気飲みした福原は、よほど喉が渇いていたのだろうか?
そういう綴(つづり)も同じように飲み干していたけれど。

「俺じゃあ、似合いませんか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。意外?っていうのか、南雲が年上好みっていうのが」

自分でもそう思うが、これは理屈じゃない。
好きになった相手が、たまたま7歳年上だっただけ。
まぁ、一緒にいるとそこまで年上には感じられない可愛さが彼女にはあったと思う。
そこが、ここまで嵌ってしまった理由の一つなのかもしれない。

「そうですか?」
「でもさ、栗林部長が相手じゃ勝ち目はないだろ。いくら、お前でもさ」

『そんなことはなですよ。既に俺達は…』と喉元まで言い掛けそうになったが、ちょうどスープとサラダが先に運ばれて来てかろうじて止めることができた。
さっきの若い女性店員が気になるらしく、福原はチラチラとチェックしてる。

「わからないじゃないですか、そんなこと」
「お前、いつもと違うな。そんな熱い男じゃないんだと思ってたよ。こうさぁ、女に関しては淡白っていうか」

仕事はそつなくこなす上に、女性に対しても同じように淡白なんだとばかり思っていた福原には今の綴(つづり)がかなり意外だった。
それだけ惚れているということなのだろうけど、相手が栗林となれば負け戦とわかっていながら勝負をするようなもの。

「俺にも、譲れないものはありますよ」

…譲れないもの。
律花さんだけは絶対に渡せないし、渡さない。



「どうなんだよ、年下君とはさ」

リーダー会議が午前中いっぱい掛かってしまい、栗林とランチを食べに外に出た律花だったが、まさか彼に綴(つづり)とのことを気付かれていたとは…。
鋭いところはあったように思うけど、同期に知られるのは、それに元同じ部ってのもね。

「どうって?」
「やっぱり、相手が若いと違うだろ」

『違うって、何がよ』と言い返そうと思ったが、聞くだけ野暮。
―――まったく、考えることがスケベなんだから。
そりゃぁ、綴(つづり)は若いから…だけど。
そんなこと真顔で聞かないでくれる?まだ、明るい時間だっていうのに…。
急に恥ずかしくなって頬を染める律花に、栗林は複雑な心境だった。

「意味わかんないわね。それより、栗林君はどうなの?そろそろ、身を固めないと上がうるさいんじゃない?」

上層部には、まだまだ古い考えの人もたくさんいる。
暗黙の了解ではあったが、今までなら独身で部長になることなどほとんどといっていいほどあり得ない。
それも、時代の流れなのだろう。
律花だって、チーフになっているのだから。

「しかし、谷野がなぁ。こんなことなら、彼を出すんじゃなかったか?」
「は?今更、遅いわよ」
「だよな」

あの時、綴(つづり)を異動させなかったら今頃こうして会っている二人が恋人同士になっていたかもしれない。
ほんの少しの時間の差で、未来が変わってしまう。
それもまた、人生ってもんなんだろう…。
妙に悟っている栗林。

「そうそう、同期のやつらで飲みに行こうって話は聞いてるか?」
「えっ、飲み会の話なんて聞いてない。いつ?」

「えっと、確か…今週末だったような」と栗林は胸ポケットから携帯を取り出して、日にちを確かめる。

『何?飲み会だと?』
たまたま聞こえた律花の『飲み会』という言葉に敏感に反応した綴(つづり)。
目を輝かせている律花に気が気じゃない。
酒なんか飲ませたら、5割増しで大胆になるってのに。
付き合う前は仕方ないにしても、今はダメだ!絶〜対にダメ!!

「やっぱり、今週末だな」
「今週末かぁ」

―――今週末かぁ。
金曜日は、綴(つづり)が家に来る日なのよねぇ。
まっ、でも飲み会だもん、いいわよね?

「何だよ。都合悪いのか?」
「ううん。だいじょう―――」

―――げっ、どうして綴(つづり)があんなところに…。
それも、ものすっごく怖い顔してるし…。
柱の影になって気付かなかったが、あの様子だとほぼ同じ時間帯にここに来たってこと。
見れば、律花と同じBランチの半分以上を食べ終えている。
向かいにいるのは、誰なんだろう。
肘から先の手と足先しか見えないが、あれは福原君あたりかしら?

「どうかしたのか?」
「うっ、ううん。何でも…」

―――どうしよう。
あの顔は、栗林君と一緒にいるところを怒ってるって顔よね?
もしかして、飲み会の話も聞かれた?
おっきな声、出しちゃったからぁ。
それにみんなと一緒の時はお酒飲んじゃダメだって、言われてたのよねぇ。
はぁ…。

「じゃあ、参加にしておいていいな?」
「え?うん、ちょっと保留にしとく」
「谷野が来なきゃ、野郎ばっかりになるかもしれないんだぞ?他の女子は多分、来ないだろうし」

同期の女子は、独身の律花以外は既婚者しか残っていない。
子供がいるから、飲み会には出て来ない場合が多いのだ。
―――そうは言っても、綴(つづり)に聞いてみなきゃ。

「ごめん、少し待って?」
「わかったよ。どうせ、あいつなんだろ」

そっと、綴(つづり)には見えないように胸の辺りで指を示す栗林。
どうやら彼は背を向けて座っているのにも関わらず、綴(つづり)達がこの店に入って来たことにとっくに気付いていたようだ。

「気付いてたの?」
「あぁ、あそこの鏡に映ってる」

―――なるほど。
栗林がこうも敏感なのに逆に律花は感心したりもして。
それより、綴(つづり)に何て説明しよう…。
この状況と飲み会も…。

仕事以上に課題が山積みの律花なのだった。


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