続 一番嫌いで好きなヤツ
3/E


『もしもし、あずさ?葎だけど』
「えっ、りっちゃん?」

いきなりの電話でびっくりしたが、相手のりっちゃんこと篠井 葎(しのい りつ)は、あずさの母方の姪にあたる。
あずさよりも3歳年上で男兄弟しかいなかったあずさには、お姉さんのような存在だった。
綺麗で優しくて、でもすっごく頭も良くて、今は大学病院で外科医をしているとってもカッコいい人だ。
メールのやり取りは頻繁にしているが、そんな葎が珍しく電話を掛けてきたのは何かあったのだろうか?

『久しぶり、元気だった?』
「うん、元気だったよ」
『あのね、来週の土曜日なんだけどある人の家でホームパーティーがあるの。あずさも一緒に行ってくれない?』
「え?」

―――パーティー?
母の実家は地域でもかなり大きな総合病院を経営していて、そこの一人娘である葎は将来病院を継ぐのであろう。
だから、パーティーなどというものにも呼ばれたりするのだろうが。
よりによって、なぜそんなパーティーにあずさが同行しなければならないのか?

『あずさがそういうの好きじゃないのわかってるんだけど、あずさもお年頃だし一回くらいそういう経験をしてもいいでしょう?それにね、ホームパーティーだからそんなに気を使うこともないと思うから』

確かに人のたくさん集まるような場所は嫌いだが、葎に会えるのは嬉しいし、ホームパーティーなら参加してもいいだろう。

「わかった。でも洋服とか持ってないんだけど」
『それは大丈夫、こっちで全部用意するから、あずさは身ひとつで来てくれればいいからね』

さすが、大病院の娘は違う。
などと思いつつも、パーティーは少し憂鬱だった。

パーティーは夕方からだったので、午後になってから迎えに来た葎のBMWに乗って会場である家に向かった。
葎の用意してくれたドレスに着替えたのはいいのだが、どうにも露出度が高いように思うのは気のせいだろうか?
髪も化粧も任せたままだったので、家にあった小さな姿見では全部を確認できていない。
葎は大げさに可愛いを連発していたけれど、絶対自分には似合っていないような気がする。
少し車を走らせて着いた家はものすごく大きくて、屋敷という言葉がぴったり当てはまるような古い洋館だった。
夕方ということもあって、表札を確認しないまま葎に引っ張られるようにして家の中に入ると葎と同じくらいの年齢のこれまた超美人の女性が出迎えてくれた。

「まぁ、あなたがあずささん?噂以上に可愛らしいわねぇ」

噂って…と問う間もなく奥に連れて行かれる。
一体どこまで廊下が続くのだろうか?というくらい長い廊下を抜けるとドアの前で止まった。

「あずささん。準備ができるまで少しこのお部屋で待ってて頂けるかしら」

そう言われてあずさは部屋の中に入るとそこは映画にでも出てきそうなくらい豪華な調度品が並べられていた。
―――うわぁ、何?ここ。
あまりにすごいので黙って座っていることもできず、あちこち見て回っていたせいか誰かが部屋に入って来ていたことに気付かなかった。

「あずさ―――」

―――え…この声は…。
忘れたくても忘れるはずがない。
振り向こうとしたところを後ろから抱きしめられていた。

「会いたかった」
「一磨―――どうして…」

どうして、ここに一磨がいるのだろうか?

「ごめん。今はまだ、詳しいことは言えないんだ」
「一磨?」
「お取り込み中申し訳ないんだけど、そろそろパーティーが始まるから主役はこちらに来てくださるかしら?」
「葎っちゃん?これって」
「いいから、あずさは黙って一磨君についていればいいの」
「葎ちゃんが、どうして一磨のこと」
「それも後で、きちんと話すから。今はその時間がないの。あなた達二人のことを皆さん首を長くしてお待ちよ」

あずさには、何のことやらさっぱりわからない。
―――だいたい、何で葎ちゃんが一磨のことを知ってるの?主役って何?
頭の中には???マークで一杯だったが、そんなあずさに一磨は優しく声をかける。

「あずさは、何も心配することはないんだよ。俺を信じて」
「一磨」

一磨に腰を抱かれるようにして部屋を出ると、パーティー会場である大広間の前で足を止める。

―――葎さん、あずさを可愛くしてくれたのは嬉しいんだけど、ちょっと露出し過ぎだろ。
あいつらが見たら、鼻血ものだぞ。

「一磨、何か言った?」
「何でもないよ」

呟くように言った一磨の言葉をあずさは聞き取ることができなかったが、久しぶりに一磨の腕の中にいるあずさは着飾っていることもあるがあまりに可愛らしくて、とてもみんなの前になど出したくなかったのは本音。
それでも、あずさを自分のものにするためには止むを得ない。

「あずさ、愛してる」

そう言って、そっと唇に触れるだけのキスをおとすと目の前の大きな扉を開けた。
中にいた大勢の人々の視線が、一気に二人に注がれる。
ホームパーティーとは言っても結構な数の人がいることにあずさは驚きを隠せなかったが、よく見るとなぜか父や母に弟までもいる。

「え?なんでお父さんとお母さん?それに航太郎まで」

――― 一体、どういうこと?
何で、みんながここにいるのよ。

「それでは主役も揃ったことですので、これより清家 一磨君と平野 あずささんの婚約披露パーティーを執り行いたいと思います」
「へ?」

マイクを持った男性のいきなりの発言にあずさは動揺を隠せない。
―――ちょっ、ちょっと待ってよ。
何?婚約披露パーティーって。
あずさの頭の中はぐちゃぐちゃで、もう何が何だかわからなくなっていた。

「さ、あずさ行こうか」
「行こうって…一磨、ちょっと待って。婚約って何?あたし、こんなの聞いてない」

そんなあずさの質問に答えることなく、一磨はあずさを連れて中央へ歩いて行く。
二人が通り過ぎる度に歓声が上がった。
パーティーとは言っても立食形式でそれほど堅苦しいものではないようだったが、慣れないあずさには視線さえどこに合わせていいかわからない。

「本日は僕たち二人のために集まっていただき、ありがとうございます」

一磨の挨拶に、みんなから口々に祝福の言葉が投げかけられる。

「そして、皆さんの前で宣言します。僕は、必ず彼女を幸せにします」

一磨―――。
あずさの大きな瞳からは、既に涙が零れ落ちていた。
そっと一磨は、あずさの肩を抱き寄せた。
いつまでも鳴り止まない大きな拍手と祝福の声だったが、あずさにはその音すら耳には入らなかった。

「ほらほら、いつまで泣いてるの?せっかくの可愛い顔が台無しじゃない」

葎は、涙でぐしゃぐしゃになったあずさの顔をハンカチで丁寧に拭う。

「葎ちゃん」
「おめでとう、あずさ。幸せになるんだよ」
「う…ん」
「何よ、その気のない返事は」
「だってぇ…」
「だってじゃないでしょ?あずさは、何も心配することないんだからね。一磨君を信じて幸せになればいいの。いい?」
「うん」
「じゃあ、化粧直しに行こうか。それじゃあ、皆さんの前には出られないでしょ?」

葎は一磨からあずさを預かって、控えの部屋に連れて行った。
あずさを椅子に座らせるとメイク道具を持って来て、涙で崩れてしまった化粧を直し始める。

「ねぇ、どうして葎ちゃんは一磨のことを知ってるの?」

幾分落ち着いてきたあずさは、なぜ葎が一磨のことを知っていたのかそれだけは聞いておきたかった。

「もう、話してもいっか。実を言うとね。琢磨と私は幼馴染なのよ。あっ琢磨って言うのは、一磨君のお兄さんのことなんだけど」
「え?そうなの?」

そんな偶然というものがあるとは、世の中広いようで狭いものだとあずさは思った。
聞くと葎の父親と一磨の父親が親友で、家も近いこともあって小さい時からの幼馴染だったらしい。
それに一磨の兄である琢磨の奥さんと葎とは大学時代の友達だというのだから、この繋がりはすごいとしか言いようがない。
一磨が兄の琢磨に結婚したい女性がいると話した時、あずさという名前を聞いてピンときたそうだ。
実際、琢磨はあずさと面識はなかったのだが、葎があずさのことを妹のように可愛がっていたのを覚えていたからだった。

「そう。琢磨にあずさのことを聞いた時は、正直驚いたけどね。一磨君のことももちろん知ってたけど、まさかねぇ」

葎は一磨のことも知っていたが、妙に物分りのいいそれでいてどこか冷めた感じで本当の自分を見せない子だなという印象だった。
兄譲りのいい男だったし、女性関係もそれなりに派手だったことも聞いている。
そんな男にあずさを渡してもいいものか…。
正直言って葎は、両手をあげて賛成できるものではなかった。
妹同然に可愛がってきたあずさである、最近付き合っていた彼と別れたことも聞いていたし、それがあずさにとって思っていた以上に辛いことだったことも。
新しい彼ができたと聞いたのはそのすぐ後だったけれど、その相手のことをあずさは好きではなかったが、それでも相手の男はあずさを5年もの間想い続けていたという。
今時そんな男がいるのか?どんな男なのか…興味があったが、それが一磨だったと知って二重に驚いた。
あの一磨が…。
しかし、相手があずさだからこそ一磨をそこまで一途に想わせたのだろう。
そして、実際の一磨自身も、本当は葎の思っているような男でもなかったようだ。
それは、会ってみてすぐにわかった。
以前の一磨はさっき言ったように妙に物分りのいい、それでいてどこか冷めた感じで本当の自分を見せない男だったが、何年か振りに会った彼はまるで別人のような錯覚に陥った。

『あずさと結婚したい。だが、そのあずさが自分を清家の人間と知って自ら身を引こうとしている。なんとか手を貸してもらえないだろうか―――』

真剣に頼む一磨の姿に心を打たれたのだ。
あずさによって一磨自身が変われたこと、そしてあずさなしではこれからの人生などあり得ないこと。
そこまで言われて、手を貸さないわけにはいかなかった。
それと同時にメールでやり取りしていたあずさにも変化が見られたからだ。
新しい彼のノロケ話しかしていなかったあずさが、妙に沈んでいるようだったし。
その理由が、付き合っている彼がSEIKEの人間だったからだとわかってあずさらしいなと思った。
あずさは自分のことを一般庶民だと言っていたそうだが、実はそうでもない。
父親は日本で最高峰と言われる私立大学の教授であり、母親は大病院の出である。
清家の家に劣ることはないと葎は思うのだが、あずさはそうは思わないのだろう。
それに一磨の父親とあずさの母親は既に面識もあったから、話は早かった。
あずさに事情を話せばそれでことは済んでしまったのだけれど、ここはあずさを驚かせようということになって、内緒で琢磨夫妻と一磨とで計画を進めてきた。
もちろん、一磨の両親もあずさの両親も反対するはずがない。
逆にお互いがものすごく喜んだことは言うまでもないのだが。
そして、今日に至ったわけで。

「さっ、これでいつもの可愛いあずさに戻ったわ」
「葎ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。きっと一磨君、待ちくたびれているわね。早く行ってあげたら」
「うん」

あずさはすぐでも一磨に会いたくて、急いで部屋を出て行った。
それを見送る葎は、可愛い妹を取られたようで少し複雑だった。

「一磨」

友人だろうか?楽しそうに話していた一磨に声を掛けると、すぐにあずさの元に寄って来た。

「あずさ。もう落ち着いた?」
「うん」
「ごめんな。俺が勝手なことして」

いつもの笑顔に戻ったあずさを見て一磨は心底安堵したが、あずさに内緒で勝手に婚約パーティーを開いたことを申し訳ないと思っていたのだ。

「そんなことない。サプライズだったけど、一磨がここまであたしのこと想っててくれたんだって、すごく嬉しい」
「あずさ」
「ねぇ、そこで二人の世界に浸ってないでよ」
「え?」

聞き知った声に振り返ると、そこに立っていたのは里穂だった。

「里穂?!」
「何よ。そんなに驚かなくってもいいじゃない」
「だって…」
「おめでとう、あずさ。清家君と幸せになるのよ」
「里穂〜ありがとう」

あずさは、里穂の首に抱きついた。

「ほらほら、あずさは泣き虫なんだから」

せっかく涙が納まったっていうのにまた、溢れ出してきた。

「ごめんね。あずさが苦しんでるの知ってて、黙ってて」

里穂は一磨からこの計画を聞いた時、既にあずさが一磨から身を引こうとしていたことも知っていた。
知っていながら、何もできない自分に腹立たしさを覚えたが、一磨のあずさへの一途な想いも理解していたから、この日が来ることをとにかく待ち望むそれだけだった。

「ううん。あたしこそ、ごめんね。里穂に心配かけてばっかりで」
「そんなことない。あずさが幸せになってくれさえすればそれでいいし、もしも清家君があずさをフルようなことがあったら、ただじゃおかなかったから」

「ね、清家君」とにっこり微笑む里穂だったが、隣にいる一磨の顔が一瞬強張ったのがわかる。
里穂だったら本当にやりかねない…。

「じゃあ、お邪魔虫は退散するわね」
「里穂、ありがとう」
「ううん。あずさも清家君も、お幸せにね」

里穂を見送りながら、一磨があずさの腰に腕を回して抱き寄せる。
もう、絶対に離さないという意味を込めて。

「あずさ、愛してる。二人で幸せになろう」
「うん。あたしも愛してる、一磨」

自然に唇が重なった。
もう、周りの人に見られているなんて恥ずかしさも気にならないくらい。
お互いの存在を確かめあうように、何度も何度も唇を重ね合う。
そんな二人を祝福するように、どこからともなく歓声と拍手が鳴り響いていた。


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