今夜は、久しぶりに学生時代からの数人の友達に会う約束をしている。
本当は週末だったから律花の家に行く予定だったのだが、彼女は予算会議で遅くなるからちょうどいい機会だと参加することにしたのだった。
「よぅ、元気だったか」
綴が待合わせ場所に行くと、既に何人かのやつらが集まっていた。
「綴かぁ、お前こそ元気だったのかよ。誘ってもなんだかんだ言って来ないし、どうしたのかと思って心配してたんだぞ」
少し怒ったように言う井坂 訓行(いさか のりゆき)は、中高大学と共に過ごした親友と言うか悪友と呼んだ方があっているかもしれない。
「ごめんごめん」
仕事が忙しいことを理由に誘いを断っていたのは、なんとなく変わりつつある自分の心の中を知られそうな気がして怖かったからだった。
それから数人が後から来て、総勢10名程度でこじゃれた居酒屋へ向かう。
見知った顔もすっかり社会人らしく変貌していたが、やはり根本は変わっていないのか少し酒が入るとノリは学生気分のままだった。
「しかし、なんでこうヤロウばっかかな」
おもむろに言った訓行の言葉に綴も苦笑するしかない。
通っていた学校は男子校だったから男ばかりが集まるのは無理もないのだが、併設の大学も工業系だったせいで、女っ気はまるでない。
「仕方ないだろう、そういう学校だったんだから」
「お前はいいよな、広告代理店なんてイカス業種についてるから、さぞかし綺麗どころが揃ってるだろうけどさ、俺なんか設計だから周りは男ばっかだもんな」
ほんと嫌になるよと愚痴をこぼす訓行は、大手自動車メーカーでエンジンの設計をしている。
ここに集まったメンバーの殆どが電気メーカーや自動車メーカーなどに勤めているのだが、そんな中でも綴は異色だったかもしれない。
「イカス仕事かどうかはわからないが、まぁ女性に関しては訓行の思っている通りかもしれないな」
想像より女性社員の数は少ないかもしれないが、目を引くような人は多いと思う。
特に…ふと、律花の顔が目に浮かぶ。
彼女はそんな中でも、ずば抜けて美人だから。
「ったく、自慢かよ」
ふて腐れて言う訓行だったが、今の綴の表情を見て何かが違うと思った。
あんな柔らかい表情を見たのは、学生時代から思い返しても初めてだったのではないだろうか。
「なんか、お前変わったな」
「え?」
「うまく言えないんだけど、丸くなったっていうのかな。もしかして女とか?」
綴に対しては絶対あり得ないだろうことだから敢えて言ってみたのだが、黙りこんでしまったところを見るとどうやら図星だったらしい。
「えっ、そうなのか?どんな子なんだよ。お前をそこまで変えるような子って」
興味津々に顔を覗き込むようにして見つめる訓行に、どう答えていいかわからない。
長年一緒にいた相手だけに気付かれるかもしれないという心配はあったが、まさかこんなにすぐに気付かれるとは…。
―――だけどどんな子かって、彼女は俺より7歳も年上なんだぞ?
「なんだよ、その薄笑いは気色悪いな」
綴の表情が腑に落ちない訓行だったが、彼女が年下と思うのは普通のことだから仕方ない。
でも、つい顔に出てしまう。
「いや、彼女は俺より7歳年上だからさ」
「年上?7歳もか?」
7歳年上と聞けば誰だって驚くだろうが、そこまで意外なのか?
「そんなに意外か?」
「いや、そういうわけでもないけど、年上の彼女は今時そんなに珍しい話でもないからな。で、どんな人なんだよ、その年上の彼女は」
「どんな人って。そうだなぁ、仕事をバリバリこなすカッコいいけどめちゃめちゃ綺麗な人で、でも俺の前ではちょっと抜けてたりして本当はすごく可愛い人かな」
自分の口からこんな言葉が出てくるとは思わなかったが、これは本当のことだから隠す必要もない。
「今度は、ノロケかよ」
彼女のいない訓行にはただでさえ綴が面白くないのに、輪をかけてノロケられてはかなわない。
「仕方ないだろ、本当のことなんだから」
「まさか、お前の口からそんな言葉が出てくるとはな」
「自分でも、そう思うよ」
「本気なんだ」
―――本気…か、改まって考えたことはなかったが、そうなるんだろうな。
「そうかな」
「そうだろ?俺が知ってる限り、お前にノロケられたのは初めてだぞ」
二人の間に笑いが起きる。
「彼女といると素直に自分を出せるんだ。今まで隠してきたってつもりはないけどさ」
「そっか。良かったな、いい人に出会えて」
「ほんとそう思うよ。神様に感謝しないと、バチが当たるかな」
「お前、またノロケかよ。でも、会ってみたいなお前をそんなふうにした彼女にさ」
「それは、丁寧にお断りさせてもらう」
「なんでだよ」
納得できない訓行は、綴に食い下がる。
「なんでもだよ。お前のことだから、絶対律花さんに手を出すに決まってる」
「絶対ってなんだよ、失礼なやつだな。俺がそんなことするわけないだろう」
綴の言い草に納得できない訓行。
「わかるんだよ、律花さんは訓行好みだから。それにお前、口がうまいからな」
律花の外見は、めちゃめちゃ訓行好みなのだ。
そんな男に彼女を会わせたりしたら、綴のことなど忘れて手を出すに違いない。
それに律花はあの通り鈍いところがある、訓行の話術に嵌ってしまう可能性が高いのだ。
「何?そんなことを言われると、益々会ってみたくなる」
「ダメったら、ダメだ!」
綴の声など届くはずもなく、それから近いうちに律花と対面することになるとは…。
この時は思ってもみなかった。
+++
週末となれば律花の家で過ごすのが恒例となっていたが、今日はたまたま綴の家に来て夕食の支度をしている時だった。
ピンポーン―――
どうせ勧誘か何かだろうと、綴がドアホンに出ると意外な相手が…。
「はい」
『おい、綴か?俺だよ、訓行』
「え…」
―――何?訓行だと?
久し振りに会って今度家に遊びに行くよなんて話はしたが、こんなにすぐに来るとは…。
でも、どうするんだよ。
律花もいるってのに。
「綴、どうしたの?誰か来たみたいだけど」
「あっ、いや」
―――まいったなぁ。
うっかり出てしまったから、今更居留守もできないし…。
取り敢えず事情を話して帰ってもらうことにして、綴は玄関のドアを開けた。
「ごめん。急に来たりして」
「ほんとだよ。せっかく来てくれたのに悪いけど、今取り込み中なんだ」
「彼女でも来てるのか?」
―――どうして、こうこいつは勘がいいんだよ。
すんなり帰るようなやつだとは思っていなかったが、こうも勘がいいとどこかに目が付いているんじゃないかと疑ってしまう。
「そう。だから、帰ってくれ」
「綴?」
なんというタイミングなのか、奥にいればいいものの律花が玄関先まで出てきてしまう。
「こちらは?」
律花には、訓行の話はしていなかった。
というより、敢えてしていなかったのだが…。
「もしかして、律花さんですか?」
なぜ、自分の名前を知っているのか?
そんな表情の律花。
「訓行、いいから帰れって」
「もしかして、綴のお友達?」
「そうなんです。中高大学と同じだった、井坂 訓行と言います」
二人は綴の話など、聞いちゃぁいない。
「あら、大変。彼からお友達が来るなんて聞いていませんで。それなら、私が帰りますから」
「いえ、俺が勝手に来ただけなんです。律花さんさえよろしければ、一緒にどうですか?」
――― 一緒にって、お前が勝手に決めるな!
「いいんですか?」
「是非」
「訓行っ」
なんて綴の言葉が届くはずもなく…。
訓行は、平然と部屋の中へと入って来る。
こうなってしまうとどうしようもないわけで、せっかく二人っきりで過ごすはずだったのに綴にとっては最悪の週末になってしまった。
「いい匂いですね」
何やらいい匂いが、部屋中に漂っていた。
「たいしたものじゃないんですけど、おでんを作ってたんですよ」
「いいっスねぇ。熱燗で、一杯やるには」
「井坂さんも、いかがですか?」
「はいっ。お言葉に甘えて」
―――お前、おでんまで食って帰る気かよ。
「お前、手ぶらで来ておいて、ずうずうしいぞ」
「買う暇がなかったんだよ」
「どうだか」
しっかり自分の家のようにくつろいでいる訓行は、招かれざる客としか思えない。
「なぁ、律花さんって、本当に7つも年上なのか?」
律花がキッチンでおでんを作っている間、訓行は綴の側に来て囁くように言う。
「そうだけど」
「めちゃめちゃ、綺麗。超俺好み」
「お前なぁ」
―――だから、言っただろうが律花さんは、訓行好みだって。
「だいたいなぁ、律花さんなんて馴れ馴れしいんだよ」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「減るんだよ」
律花の手伝いをしに行ってしまった綴を見て思ったのは、中高大学と共に過ごしたてきた訓行だったが一度も彼女には会ったことがなかったということ。
普段からクールな綴がどんなふうに彼女に接していたのかと想像したことはあったけれど、まさかこんなに甘々だったとは…。
それに、二人を見ていると年の差をほとんど感じない。
若々しくて超美人な彼女は綴の言う通り、訓行好み。
「お待たせしました」
おでんの入ったお鍋をテーブルの上に載せて、訓行の要望の熱燗を用意すれば完璧だった。
「うわぁっ、美味そう」
「美味そうじゃなくて、美味いんだよ」
いちいち棘の刺さる言い方の綴が、逆におもしろかったりして。
「いっぱい、食べてくださいね」
熱燗を3人分のグラスに注ごうとしている律花を綴が止めた。
「律花さん、ダメ飲んじゃっ」
「え、どうして?井坂さんの言うようにおでんには、熱燗じゃない」
「ダメったら、ダメっ!今日は、律花さんはお酒なし」
「え〜どうして?」
「どうしてもっ」
どうしても律花は、腑に落ちない。
せっかく用意したのにどうして自分だけがダメなのか?
「綴、いいじゃんか」
「お前は知らないから…」
―――律花さんにここで酒なんて飲ませたらどうなるんだよ…。
5割増しで大胆になることを知っているだけに、訓行の前でお酒を飲ませるわけにはいかなかった。
「どうしても、ダメ?」
「ダメです」
「う〜綴のケチぃ」
―――二人の時は、いくらでも飲んでいいですから。
そう心の中で呟く、綴だった。
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