あいつとあたし。
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あいつの不倫疑惑が、消えて…っていうか、だからぁ、あたしとは付き合っていないんだって。
とは言っても、だぁれも信じてはくれない。
それはそれで、あたしにとってはどうでもいい話なんだけど、問題は吉田君との今後。
このまま、ズルズルと付き合っていいものなのか…。

『ねぇ。乃木さんと平井君って、もうヤっちゃったって噂だけど』
『らしいね。彼、慣れてそう』

そんな会話がチラホラ、あたしの耳に入ってくる。
―――ヤっちゃったって…。
誰が、あいつなんかとヤルの!
全くの濡れ衣もいいところ。
だけどさぁ、もう高校生なんだもんね。
手を繋いだり、キスしたりで驚いてる場合じゃないのよ。
好き同士で付き合ってれば、最終的にそういうことだってある。
ということは、あたしがもしこのまま吉田君と付き合っていれば…。

「いかんいかん」と呟きながら、ブルブルと顔を左右に振る。
もしも、そんなことになったりしたら、あたしはどうすればいいの?
その前に、あいつはどうなのよ。
女子大生のお姉さんと付き合っていたということは、もうヤっちゃったかもしれないってことよね。
さっきの会話では『慣れてそう』とか、言われてたし…。

―――あたしったら、なんか変。
気が付けば、あいつのことばっかり…。

あいつなんて…。

そんなことを考えてると、目の前を黒い影が上下する。

「大丈夫かよ。早く、帰ろうぜ?」
「え?あっ、うん」

黒い影は、あいつの手。
男っぽくなったゴツゴツとした手が、あたしには妙に印象的だった。

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それから暫くお互いの学校の行事やら、試験やらであたしは吉田君と会うことはなかった。
ううん、それを口実に会うことも本当の気持ちを話すことも、避けていたのかもしれない。

「ねぇ、平井」
「あ?どした、可憐ちゃん」

あいつが誰とヤってようが関係ない、関係ないんだけどなぜか気になる。
だからって、そんなことを面と向かって聞けるわけじゃないんだけど…。

「ううん、何でもない」
「何でもないって、なんか聞こうとしたんじゃないのか?」

あいつがあたしの顔を心配そうに覗きこむ。
―――だから、そういうことしないでって言ってるのに!

「だから、何でもないって言ってるでしょっ」

自分から声を掛けておきながら、この態度はいけないってわかってる。
わかってても、何だか訳もなくイライラするの。

「ほんと、どうしたんだ?おかしいぞ、最近の可憐ちゃん」
「おかしくなんかない。おかしいのは、あんたでしょ?人の心の中に勝手に入り込んで来てっ」

こんなふうに八つ当たりするつもりなんてなかったんだけど、あたしにもどうしてこんなことを言ったのか…。

「可憐ちゃん?」
「もう、放っておいて」

―――お願いだから…。

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あいつの存在が、どんどんあたしの中で大きくなっていく。
それが何なのか…ただ、はっきりわかったのは、これ以上吉田君とは付き合えないということ。

「可憐ちゃん、どうしたの?急に呼び出したりして」

夜だったけど、どうしても今、言わなきゃならないような気がして、吉田君に電話を掛けて呼び出した。

「ごめんね。こんな時間に」
「ううん。でも、ほんとどうしたの?何かあった?」

いつだって、優しい笑顔を向けてくれた彼にこんなことを言うのは…。
でも、お互い距離を置く方がきっといいはずだから。

「あのね、吉田君。あたし達、別れた方がいいと思うの」
「えっ」

そんなふうに言われるとは思わなかったのか、吉田君はものすごく驚いた顔であたしを見てる。
―――ごめんね、でもこうするのが一番いいと思うの。

「誰か、他に好きな人でも」
「そうじゃないの。これはあたしの身勝手なんだけど、吉田君のことはすごく素敵だと思う。でも、あたしの中で好きっていうのが、お友達の好き以上にはならなかった。甘えてたの」

「ごめんね」と謝るあたしに彼はいつものように優しく微笑んでくれる。

「平井だろ?」
「え?」
「可憐ちゃん、気付いてなかったの?あいつのこと、ずっと好きだってことに」

―――あたしが?平井を?
そんなこと、あるわけないじゃない。

「そんなことない。あいつなんか…」
「まぁ、平井なら仕方ないな。あいつ以上に可憐ちゃんを想ってるやつなんて、きっといないだろうから」
「ちょっと待って、あいつなん―――」

吉田君はあたしの言葉なんか最後まで聞かずに「僕の方こそ、ごめんね。可憐ちゃんが断れないのわかってて、付き合ってたんだから」と逆に謝って…。
―――あたしが、全部悪いのに…。

「吉田君…」
「これからも、いい友達でいてくれる?」
「うん」
「じゃあ、握手」

右手を差し出されて、あたしはその手に自分の手を重ねた。
別れは悲しいけど、これで良かったんだと心の中に言い聞かせた。

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吉田君と別れたことをあいつに話したのはなぜだろう、自分の中でそれがケジメだったのか。
だからといって、このわけのわからない想いをぶつける気にもなれない。
これだけは絶対、言ってはいけないような気がして…。
―――そう、今まで通りのあたしでいいの。
何も変わらない。

「ねぇ、平井は将来何になるの?」
「あ?何だよ、いきなり」

念願叶って高校に入学できた彼には、将来の話などまだ先の先。
それなのにいきなり、そんなことを聞いたあたしを不思議そうに見てる。
だって、なんか気になったんだもん。
このまま大学まで一緒は確定、となればその後どうなるのかなぁなんてね。

「なんとなく、聞いてみただけ」
「俺は、普通のサラリーマンかな」
「え?」

この男ならもっと大きなことを言うんじゃないか、そんなふうに思ったあたしは、かなり拍子抜け。
普通のサラリーマンなんて…。

「親父もそうだしさ、忙しいわりに安月給だけど、土日は休みだし平凡でも俺は幸せかなって思うんだよね」

医者になろうとか、そこまでは言わないけれど、人の命を預かる仕事だし、かなり過酷な業務が社会問題になりつつある。
家族で出掛けたりなんて当たり前のことが、できないのかも。
地位と名誉、お金を稼ぐということは、そう簡単ではないということなのよね。

「そういう、可憐ちゃんは?」
「あたし?あたしは…」

―――前まではずっと、スッチーになりたかったんだけど…。

「あたしは、丸の内のOL」
「丸の内のOL?」

何でこんなことを言ったのかわからなかったけど、こう言えばずっとあいつといられるって無意識に思ったのかもしれない。
実際、現実になるんだけど…。

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それからというもの夢に描いた花の高校生活も、意外に平凡だったりして…。
なんだか知らないけどやたらに告白はされたけど、付き合うきにはなれなくてお友達止まり。
一歩踏み出す勇気が、あたしの中になかったのね。

「あぁ~ぁ」

本人が気付かないうちに、ものすご~く大きな溜め息を吐いていたみたい。

「何、そんなに大きな溜め息吐いてんだよぉ。可憐ちゃん、らしくもない」

心配顔のあいつとも、至って普通の関係だった。
実を言うとこうしているのが、一番楽だったのかも。
いつだって、側にいてくれるって。

「だってさぁ、せっかくイケメン揃いのこの学校に入ったのに。なぁ~んか、違うっていうか」
「あ?可憐ちゃんのお眼鏡に叶う男は、いなかったってこと?」
「う~ん」

顔じゃないんだって、好きになるのはそういうことなんだとわかってはいる。
だけど…。

「まっ、焦ることないって。もしも、このままいい男が現れなかったらさ。俺がいるじゃん」
「えっ」

―――俺がいるじゃんって…。
そういうこと言われると、もっとわけわかんなくなる。
きっと、今のあいつにはそんな深い意味はなかったんだと思う。
ううん、思いたい。

「ということで。今度の土曜日、サッカー見に行かない?」
「サッカー?」
「Jリーグのチケットもらったんだよ。いい機会だし、俺との交流をもっと深めるってことで」
「何が、交流よ。これ以上、深めてどうするわけ?」

―――全く…。
でも、Jリーグはちょっと魅力的よね?
餌に釣られるあたしって…と思いながらも、さっきまでとは打って変わって元気に「うん」と答えていたあたしなのでした。


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