あいつとあたし。
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Jリーグを観に行く約束をして、毎度のことながらあいつは家まで迎えに来てくれた。
こうなってくると何ていうか兄弟みたいな感じにも思えてくるけど、やっぱりどこか違う。
高校生になったら益々男っぷりをあげたと思うのは、あたしだけじゃないはず。
うちのお母さんなんて、某芸能事務所に写真を送るとか送らないとか、騒いでるし…。

「可憐ちゃん、もう準備オッケー?」
「うん、お待たせ」

スポーツ観戦だから、今日はかなりカジュアルな服装で。
まぁ、相手はあいつだし、可愛く見せようとかそんな必要もないのはとっても楽だったりして。

「おっ、今日は髪をアップにしてんだ。色っぽいねぇ」
「そんなこと言っても、何もでないんだからね」

唯一、髪型だけはこだわってみたりして。
中学生だった頃、あいつと吉田君と千鶴の4人で遊びに行った時に時間がなくて、髪型が上手く決まらなかったから。

「ヤバイよな」
「何が?」

いきなり、腕を組んで真剣に考え込むようなしぐさをしているあいつ。
―――何が、ヤバイのよ。

「いゃ、可憐ちゃんが可愛過ぎて」
「はぁ?!」

何を言い出すのかと思えば、そんな冗談を真顔で言わないで…。

「ほんとだって、マジヤバイもん。俺」
「そんなこと言われても、あたし知らないんだからっ。もうっ、電車が来ちゃうから行くわよ」

恥ずかしさを隠すように、あたしはあいつの腕を引っ張って家を出た。
―――まったく、もうっ。
そんな真顔をで言われたら、あたしの方がヤバイわよ。。

52

あいつと電車に乗って一緒に学校に行くのは日課になっちゃったけど、こうやって休みの日に二人っきりで出掛けるのは初めて。
だからなのか、どうにも落ち着かないのよね。

「ねぇ」
「ん?」
「せっかくJリーグのチケットをもらったのに、何もあたしと一緒に行かなくてもいいんじゃないの?」

そうなのよ。
誘ってもらえたのは嬉しいんだけど、これは別にあいつと一緒だからじゃないわよ?
純粋にJリーグの試合が見たかったから。
でも、相手はあたしでなくもいいはずなのに何で?
『いい機会だし、俺との交流をもっと深めるってことで』なんて、わけのわからないことを言ってたけど本当はどうなのよ。

「可憐ちゃんとはただの幼馴染で同級生っていうんじゃなくて、一歩先に進んでみようかなって思ったんだけど」
「一歩先?」

幼馴染みで同級生の一歩先って…。
この時のあたしには、あいつの言った意味が理解できなかった。

「そう。ほら、俺って可憐ちゃんのファーストキスをもらっちゃったわけだし」
「ヤダっ、変なこと思い出させないでよ」

―――忘れてたのに…。
ん?でも、それとこれからJリーグを見に行くのとどういう関係が?

「なぁ、吉田とは」
「吉田君と?」
「いや、何でもない」
「ちょっと、はっきり言いなさいよ」
「キスしたんだろ」

あいつは真剣な表情で窓の外を見つめている。
したと聞かれれば、したけど…。

「何でそんなこと聞くの?」
「何でって…」

あいつらしくない。
こんな歯切れの悪い言い方。

「したけど、あんたにされたファーストキッスの方がずっとずっと―――」

あたしったら、何を言って…。
慌てて口を押さえたけど、しっかりあいつに聞かれてた。

「ずっとずっと?」
「ううん、何でもない」
「教えて、ずっとずっと何?」
「だから、何でもないって言ってるの」

―――ずっとずっとドキドキしたなんて、言えないわよね。

53

初めてスタジアムというところに足を踏み入れたけど、サポーターっていうの?見るからに熱くなっている人達でそこはひどくごった返していた。

「えっ」
「ほら、はぐれるといけないし」

あいつに手を握られた。
あの時みたいに…。

「うん」

でも、あの時と違うのは離してって言わなかったこと。
何でかな、今日は素直に握られてたいって思うのは。
指を絡めて、しっかり握り締める。
―――離さないで…。

「可憐ちゃん?」

「どした」と覗き込むようにしてあたしを見ているあいつ。
ワザと顔を背けるあたしに、あいつは尚も心配そうに声を掛けてくる。
優しくされると反発したくなるのに優しくして欲しい…。
我侭だってわかってる、わかってるんだけど、どうしようもないのよ。

「ポップコーン、買ってあげるから」
「え?」

いきなり、手を引かれてあいつは売店の方へとドンドン歩いて行ってしまう。
―――ポップコーンって…。
子供じゃないんだからって思ったけど、あたしはやっぱりまだまだ子供なんだってこと。
さっきまでの不安定な気持ちが、どこかに飛んで行ってしまった。

「はい、あ〜んして」
「子供じゃないもん」

自覚してたクセに、強がって言うあたしにあいつはクスクスと笑いながら懲りずにポップコーンを口元に持ってくる。
根負けしたあたしは、思わず大きな口なんか開けたりして…。
やっぱり、平井と一緒にいると楽しいし、自分が自分でいられるのかも。

『一歩先に進んでみよう』

あたしも。

54

サッカーの試合は思ったよりもずっと興奮して、こんなにも熱い時間を過ごしたのは初めてだったかもしれない。
体の中のものが全部出たようなすっきりした気持ちが新たな自分を作ってくれたような、大げさだけどそんな気がしていた。

「ありがと」
「ん?」
「誘ってくれて」

「どういたしまして」って、少し照れたように言うあいつがなんだかとっても可愛く見えた。
男の人にそう言うとあんまり嬉しくないって口々に言うけど、あたしはそんなことないと思う。
それは特定の人だけ見せる一面だって、わかってるから。

「ねぇ、平井」
「ん?」

握っていた手を強く握り返す。
これが好きっていう気持ちなのか、まだよくわからないけど今までの単なる幼馴染とは違う。
でも…。
無意識に名前を呼んでしまって、あたしはその後の言葉に詰まる。

「どした?可憐ちゃん」
「ううん、何でもない。ねぇ、今晩うちでご飯食べていかない?お母さんがどうかしら?って、今朝言ってたから」
「いいの?」

「うん」って頷くと嬉しそうなあいつ。
こんな付かず離れずの関係が、二人の間にはまだちょうどいいのかもしれない。

「お腹空いたから早く帰ろ」

走り出したあたしの後をあいつが一歩遅れて付いて来る。
夕日に向かって。

55

季節は秋。
高校生になって迎える、初めての体育祭&文化祭。
特に成翔の文化祭は盛大に行うことで有名だから、外部からもたくさんの学生達が訪れる。

「ねぇ。うちのクラスって、文化祭は何をやるのかな?」
「さぁ。どうせ、お化け屋敷とか喫茶店とかなんじゃん」

あんまり乗り気じゃないのか、あいつの答えはかなり適当だ。
まぁ、文化祭の定番といえば、お化け屋敷か喫茶店なんだけど…。

「何よ、もっと真面目に答えてくれたっていいじゃない」
「だってさ、うちの文化祭っていっぱい外のやつらが来るんだろ?」
「らしいけど、それがどうかした?」

来年の春にうちの学校を受験する生徒や、イケメン揃いで評判なだけに彼氏を見つけるために来る女子学生達も少なくない。
―――だけど、それがどうしたの?

「可憐ちゃん、もしうちのクラスが喫茶店とかやっても絶対ウェイトレスとか引き受けたらダメなんだから」
「は?どうして?あたし、アンミラの制服みたいなのとか着てみたいもん」
「ダメっ!絶〜対、ダメなんだからっ」

あいつは珍しく、ムキになって怒ってる。
―――どうして?アンミラの制服ってピンク色で胸の辺りが強調されてて、めちゃめちゃ可愛いじゃないねぇ。
一度でいいから、あの制服が着てみたかったのよ。
そうだ、いっそのことバイトしちゃえばいいんだぁ。

「可憐ちゃん、もしかしてバイトしようとか思ってない?」
「え…どうして」

―――どうして、わかっちゃったのよ。
だってぇ、あの制服を着られるのって若いうちだけ、記念にね。

「ダーっ、ダメなんだからっ!」

…可憐ちゃんは、ちっともわかってないんだ。
そんな格好したら、男が放っておくはずないのに…。
それだけは、何としてでも止めさせないと。


※ アンナミラーズは、アメリカ東部ペンシルバニアダッチの料理を原点とした、家庭的なアメリカンフードとホームメイドパイやチーズケーキをはじめとするスイーツが気軽に楽しめるレストランです。


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