あいつとあたし。
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うちのクラスの文化祭の出し物は、オカマ&オナベ喫茶に決定。
やりたかった喫茶店には変わりないけど、女子は男子に変装しなければならない。
もちろん、あいつは女子に。
びみょーに見てみたいけど…
―――あぁ〜可愛いウェイトレスの制服、着たかったのにな。
そこで、あたしの頭の中にはバイトという野望がメラメラと燃え始める。
高校生になったら、バイトくらいしなきゃね。
おこづかいだってそんなにもらえないし、だけど、おしゃれもしたい。
成翔は意外に自由な校風だから緩いパーマならOK、女の子っぽくストレートな髪に少しウェーブをつけてみたい。
化粧だってねぇ。
まだ若いからすることないってお母さんは言うけど、ちょっとくらいいいわよね。
みんな、やってるもん。

「ねぇ、可憐。一緒にバイトしない?ファーストフード店なんだけど」
「えっ、バイト?」

お昼休み、同じクラスで仲良し3人組の真比呂(まひろ)優奈(ゆな)と一緒にお弁当を食べていると、突然のバイトのお誘い。
考えていただけにこれは願ってもないチャンス。
憧れのウエイトレスとは若干違うけど、ファーストフード店の制服も可愛いから、次に狙ってたのよね。
誘いに乗らない手はない。

「そうなの。3人でやらない?」
「やる、やるっ!」
「じゃあ、帰りに履歴書買って一緒に書こう?」
「うん」

オ〜、これぞ高校生って感じ。
やっぱり、社会に出てみないとわからないこともあるし、もしかして素敵な出会いも…。
クックック…。

ふと、あいつの言葉が頭に浮かんだけど…。
いいわよね?

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真比呂と優奈とあたしの仲良し三人組は、早速学校帰りに履歴書を買ってコーヒーショップで書くことにする。
これだけで、バイトをした気になってしまうから不思議。
まだ、肝心のファーストフード店にアポも取っていないのに…。

「ねぇ、面接で落とされちゃったらどうしよう」

すっかりやる気になっていたあたしだったけど、バイト未経験だし、人前で笑顔を向けられるかも心配。
面接しただけで、ダメってこともある。
そんなことになったら、おこづかいゲットの夢が…。

「大丈夫よ。可憐が落ちるくらいなら、きっとあたし達なんて二人ともダメだもん」

「そうそう」と頷いているのは優奈。
彼女はキャラメルマキアートに砂糖をどばどば、これでもかって入れて飲んでいる。
―――だけど、何であたしが落ちたら真比呂も優奈もダメなわけ?

「何で?」
「そりゃぁ、可憐が可愛いからでしょ」

「あぁ〜ぁ、可愛い子は得よねぇ」なんて、真比呂は冗談半分で妬みを込めて言う。
第一印象は顔と言っても過言ではないから、まず可憐が落ちるはずがない。
それに人手は常に足りないと聞いているし、三人ともほぼ間違いなくバイトはできるはず。

「意味、わかんないんだけど」
「そう言えば、平井君にはちゃんと許可もらったの?」

―――えっ、優奈ったら何でよ。
バイトするくらいで、いちいちあいつに許可なんて取る必要ないでしょ?

「言うわけないじゃない。だって、あいつなんて関係ないもん」
「ダメよ、ちゃんと言わなきゃ。バイトするようになったら彼との時間も少なくなっちゃうわけだし、帰りが遅くなることだってあるでしょ?」

「ちゃんと理解したうえでないと」ってねぇ…あいつはあたしの保護者かいっ!とツッコミを入れたくもなってくる。
まぁね、隠すこともないんだけど、言えば『ダメっ』て言われるに決まってる。
だって、あたしはバイトしたいんだもん。
それにあいつは、あたしの彼氏でも何でもないんだから。

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次の日、お昼休みの時間にバイト先に選んだファーストフード店にアポを入れると店長さんが夕方面接をしてくれるというお話。
即オッケーして三人は面接に行くことにしたけれど、あたしは授業中もずっとそのことが気になって勉強なんて手も付かない。

「可憐ちゃん、今日さ―――」
「えっ、何?」
「あっ、いや。久し振りに宿題でも一緒にとか思ったんだけど」

あいつが珍しく宿題を一緒にやろうと誘ってきた。
高校に入る前はずっと勉強を教えてあげてたのよね?な〜んて、昔のことを思い出したりして。
でも、ダメ!
今日は大事な面接があるんだもん。
宿題もやらなきゃいけないけど…。

「ごめん。今日ね、真比呂と優奈とちょっと行くところがあって」
「そっか」

ちょっと寂しそうな顔のあいつに、あたしは急いで言葉を付け足した。

「それより、文化祭の準備は上手くいってる?そう言うあたしも、オナベやらなきゃいけないんだけど」
「まぁな。案外俺のオカマってイケてると思う」
「へぇ、平井のオカマが?」

想像してみてもよくわからない。
ガタイが大きいからあんまり女の人って感じがしないんだけど、化粧栄えはするかも。

「可憐ちゃんのウェイトレス姿、本当は見たかったけどさ」
「え?」

あたしがアンミラの制服みたいなのとか着てみたいもんって言ったら『ダメっ!絶〜対、ダメなんだからっ』とムキになって言ってたあいつ。
―――なのにねぇ。

「だったら、駅の近くのハンバーガーショップに来れば?あたし、そこで―――」

―――ヤバっ。
あたしったら、余計なことを言っちゃった…。

「ハンバーガーショップ?そこへ行くと何かあるわ―――あっ、可憐ちゃん。まさか…バイトなんてしようとしていないだろうねぇ」

あいつに詰め寄られて答えに困る。
どうしよ…。
馬鹿馬鹿っ!何で言っちゃったのよぉ。
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「仕方ないって。大人しく、平井君の言うこと聞きなさい」
「そうそう。優奈の言う通り」

つい口走ってしまったあたしはあいつにバイトは絶対ダメだと断言されて、それをあいつったら真比呂と優奈にまでイチイチそれを言いに来たりするから…。
―――それにしたってねぇ、二人ともあたしの味方になってくれてもいいじゃないねぇ。
友達なんだから。

「えぇ〜何でぇ。あいつがどう言おうと関係ないもん」
「ダメダメ。言ったでしょ?ちゃんと許可をもらってからにしなさいって」
「ねぇ、どうして真比呂はあいつの肩を持つわけ?友達だったら、あたしの味方になってくれるのが普通でしょ?」
「まぁ、そうなんだけど。あたし達には無理だから」
「え?どうしてよ」

―――何で、無理なの?
だいたい、あいつはただの幼馴染みってだけで、彼氏でも保護者でも何でもない。
あたしのやることに口を挟む権利なんて、これっぽっちもないんだからね。

「可憐の味方をしてあげたいのは山山なんだけど、平井君すっごく心配してたし」
「優奈まで、そんなこと言うなんて…」

―――みんな、薄情なんだから。
何よ、あたしよりあいつがいいんでしょ?
わかったわよ。

「もう、いいっ。あたし、一人でバイトする。二人には、迷惑掛けないからっ」
「ちょっと可憐、可憐ったらぁ」
「あぁ〜行っちゃった」

ハァ…やれやれと優奈と真比呂は、可憐の後姿を見つめながら大きく溜め息を吐いた。
いくら可憐の頼みでも、彼の気持ちが痛〜いほどわかるだけに二人は複雑な心境なのだった。

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『友達だと思ってたのに…』

トイレに駆け込んだのはいいけど、あんな言い方をしてちょっぴり胸が痛む。
これで、真比呂や優奈とも友達関係が壊れてしまったら…。
そして、あいつとも…。
洗面所の鏡の前で暫く自分の顔を見つめていると、不意に二つの顔が両端から飛び込んできた。

「可憐、ごめんね。あたしからも、もう一度頼んでみるから平井君に」
「あたしも」

―――真比呂、優奈。
頭をポンポンと二人に撫でられて、なんだか目頭がジンッと熱くなってくる。
自分勝手なあたしのが悪いのに…。

「あたしこそ、ごめんね。あんなこと言って」
「ううん。ほら、行こう?」
「うん」

面接まで時間もあったし、あいつはあたしがこっそりバイトをするんじゃないかと教室で待ってた。
というか、結局宿題を一緒にやるって約束させられたからなんだけど。

「あのね、平井君。可憐のバイトのことなんだけど、許してもらえないかな。できれば、3人で一緒にやりたいの」

真比呂が代わりにあいつに話をしてくれた。
あたしが言うとさっきみたいに血が上るかもって、きっとわかってたからよね?
さすがにあいつも3人で来たから少し身構えてたみたいだけど、腕を組んでジッと考えている。
―――まるで、お父さんみたいねぇ。
将来父親になったら、娘にこんなふうな態度を取ったりするのかしらねぇ。
なんて、暢気なことを考えている場合じゃないんだけど…。

「あたしからも、お願い」

優奈も真剣な表情で、あいつに向かってお願いしてくれる。
持つべきものは友達なんだと、あたしは心から感謝した。

「お願い、平井。あたし、どうしても二人と一緒にバイトしたいの」
「う〜ん」

尚も考えているあいつ。

「あっ、そう言えば。あんたはどうしてダメって言うの?理由は?」
「え…」

―――そうよね。
ダメって言うばっかりで、理由を聞いてなかったじゃない。

「ねぇ、何でよ。あたしもそれを聞かなきゃ、納得できないのよね」

もしかして、形勢逆転?

…ここで、理由を言うのはどうなのか。
可憐ちゃんが可愛いからだとか、他の男が放っておくはずないなんて、この場で言えるはずがない。
かといって、許すのは…。

「可憐、いいじゃない。平井君は、心配なだけなんだから」
「そこがわからないの。優奈や真比呂は心配じゃなくて、どうしてあたしだけ?それって、絶対おかしいもん」

『だ・か・ら・それはね』とは思っても、優奈とて言い返せない。
気付いていないのは、本人だけ…。

「わかったよ。可憐ちゃんがそこまで言うなら、俺も賛成する」
「ほんと?ほんとにほんと?」
「あぁ、ただし」

―――げっ、何よぉただしって。

「帰りは俺に電話して、迎えに行くから」
「はぁ?何でぇ」
「いいじゃない、可憐。平井君に迎えに来てもらえば」
「そうよ」

気のせいか、真比呂と優奈のヒュ〜ヒュ〜という声が聞こえてきそう…。
でもこの際、あいつが迎えに来ても来なくても、バイトできるならいっか。
3人で喜び合っている姿を見つめながら、彼の心配の種は尽きなかった。


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