あいつとあたし。
13

61

「いらっしゃいませっ。ご注文は、お決まりでしょうか」

店内に明るい声が響き渡る。
可憐、真比呂、優奈の三人はその場で即ハンバーガーショップのバイトに採用され、まぁ可愛いらしくてピチピチキャピキャピの彼女達を見れば、店長が断るはずもない。
それに初めてのバイトでも若いせいか覚えも早く、すぐにカウンターに入って注文を受けていた。
可愛い子がいるという噂はあっという間に広まって、彼女達見たさに学校が終わるとこの店に足を運ぶ男子学生も少なくなかった。

「ハンバーガーセット2つ。君、乃木さんっていうんだ。ねぇ、バイトは何時に終わるの?」
「ハンバーガーセットがお2つですね。お飲み物は、何に致しましょうか」
「バイト終わったらさぁ、俺達と遊ばない?」
「あの、お飲み物は何に致しましょうか」

―――まいっちゃうのよね。
こういうお客さん、日に何組か来るからぁ…。
可憐の前にいる二人の客は、学ラン姿のちょっと悪そうな男子高校生。
カウンター越しに乗り出すようにして可憐のことをジーっと嘗め回すように見ている。
まだそんなに店内は込んでいなかったから、彼らの後ろに客が並んでいなかったのだけが救いだったかもしれない。

「店長に止められてんの?そんなの気にしないでさ」

―――そういう問題じゃないの!
誰があんた達なんかにノコノコ付いて行くもんですかっ。

「お飲み物は、コーラでいいですね」
「あ?あっ、あぁ」

勝手に準備を始めてしまった可憐に彼らも脈がないと諦めたのか、それ以上は何も言ってこなかった。
あいつの承諾も得られてやっとバイトも始められたというのに、これでは先が思いやられる。
はぁ…。



毎日3時間くらいしかバイトに入れなかったが、終わるとどっと疲れが出る。

「もしもし、平井?」
『あっ、可憐ちゃん。バイト終わった?』
「うん」
『じゃあ、すぐ行くから。明るいところで待ってるんだよ』
「わかった」

なんだか、あいつったらお父さんみたい。
でも、この声を聞くと落ち着いたりもするのよね。

「平井君、迎えに来てくれるって?」
「うん」
「あのさぁ、あたし今日は急いで帰らないといけないのよ」

「あたしも」と真比呂の後に優奈も続く。
一緒に上がった三人だったが、いつもならあいつが来るのを待っていてくれるんだけど、今日はそうもいかないらしい。

「うん。ごめんね、いっつも待っててもらって」
「それはいいけど、また誘われてたでしょ?気を付けてね」

優奈は隣のレジでその様子を見ていたのだが、ああいう人達は絶対しつこく付き纏ってくるに違いない。
時間も時間だし、一人で待っていたりしたら、変な輩に連れて行かれやしないか心配でならなかったのだ。

「大丈夫。もうすぐあいつも来るし、明るいところで待ってるから」

一応、あいつにも言われたしね。

「じゃあ、また明日ね」「じゃあね、可憐」
「じゃあね。真比呂、優奈」

手を振って別れると、やっぱり心細いなぁ…。
早く来ないかなぁ。

「バイト、終わったんだ。乃木さん」
「げっ、さっきの…」

さっき、誘って来た学ラン姿の男子二人がいつの間にそこにいたのか。
それにしても、随分前に店を出たはずなのにずっとあたしがバイトを終えるのを待っていたというの?

「こんなところで、何してんの?」
「友達を待ってるんです」
「友達ぃ?そんなの断っちゃえって。それよりさぁ、俺らと遊びに行こうぜ」

ニヤニヤと笑いながらジリジリと二人が迫ってきて、両脇から囲むように立たれてしまい逃げ場を失ってしまう。
―――ヤダっ、どうしよう…。
平井、早く来てっ。

「やっ」

腕を捕まれて無理矢理連れて行かれそうになったところで、思わず声が出たその時…。
「可憐ちゃんっ」という声と共に別の方向へ強く引き戻された。

「大丈夫?」
「ひらい?」

この時ほど、あいつがカッコよく見えたことはなかったかもしれない。
まだ高校1年生だけど、背も高くてガッシリしていたから、あの二人も一瞬身を引いた。

「俺の彼女に何するんだ」

あたしを背中にかくまうようにしてあいつが発した言葉だったが、『ちょっと待ってよ。一体、いつからあたしは彼女になったのよ』。

「俺達はその…一人なのかなぁって思ってさ。あはは…」

勝ち目がないと思ったのか、そそくさと暗闇の中に逃げて行った。

「平井?」

恐る恐るあいつの背中から周りを見回すと、二人の姿はどこにもなかったが…。

「可憐ちゃん。今日限り、バイト禁止」
「はぁ?何でよぉ」

振り返ったあいつは、ものすっごい怖い顔であたしを睨んでる。
そりゃぁ、こんなことになって悪いとは思うけど、それとバイトを辞めることとは違うでしょ?

「だから、言っただろ?ダメだって」
「でも…」
「いつでも俺が付いているわけにもいかないんだから、またこんなことになったらどうするんだよ」
「今度は気を付けるから。だって、平井。一度もお店に来てくれてないでしょ?」
「え?」

あたしがバイトしてても、平井は一度もお店に来てくれてない。
これでも、いつ来てくれるのかなぁって待ってたのよ?
なのに…一度もお店に来てくれないのに辞めるなんて、できないもん。

「明日行くよ」
「ほんと?」
「俺が行ったら、バイトは辞めてもいいんだよな」
「えぇぇぇ〜そういう意味じゃ」

―――もう少しやりたいのよ。
慣れてきたところだし、せっかく始めたのにそんな簡単に辞めたくない。

「まっ、俺の彼女ってことになってれば変なヤツも近付いてこないだろ」
「それよ。あたしは、あんたの彼女じゃないんだからっ」
「なら、バイト辞める?」
「うぅっ」

「帰ろっか」と、あいつはあたしの手を引いてゆっくり歩き出す。
実をいうと店に顔を出さなかった理由は、可憐に注がれる周りの男の視線が気になって平静ではいられないような気がしていたから。
こんなことなら、もっと頻繁に店に顔を出すんだった。
失敗したぁと思う平井だった。

62

「いらっしゃいませっ。ご注文は、お決まりでしょうか」

―――げっ、平井…。
明日来るからって言ってたのは、本当だったの?
昨日はあんなことがあったから、心配してくれてるのはわかるし、ありがたいけど…。
やっぱり、知ってる人がお客さんで来るのって、恥ずかしいのよね。

「可憐ちゃんのお勧め1つ」
「えっ、お勧め?」

―――お勧めってねぇ。
適当に頼んでくれればいいのにぃ。
面倒臭いなぁと思いつつ、あたしはお勧めっていうか自分の好きなものはやっぱり、てりやきバーガーかなって思う。
甘めのソースが、好きなのよねぇ。
だけど、平井はそういうの好きかわからないし…。

「あたしは、てりやきバーガーが好きだけど」
「じゃあ、そのセットにする。飲み物は、アイスティーで」
「いいの?」
「あぁ」

―――本人がいいって言うなら。

「てりやきバーガーセットお1つ、お飲み物はアイスティーですね」って、あたしが言うとあいつったら、ニッコリ笑って「頑張って」って。
なんか、あったかい気持ちになってすっごく嬉しかった。
だから、あたしは心を込めて「ありがとう」って答えたの。

一緒に帰るからとあいつはずっと宿題をしながらあたしのバイトが終わるまで待っていてくれて、今日は一日自分でも驚くくらい、いい笑顔でいられたと思う。
それはきっと、あいつが側にいてくれたから。

63

今日は、始めてバイト代がもらえる日。
ワクワク、ドキドキ、何に使おうかなって学校でも真比呂や優奈とその話で持ちきりだった。
でも、一番にあいつにお礼をしなきゃって思ってる。
毎日のように迎えに来てくれて、あれからは他校の男子から声を掛けられることはなくなったけど、迷惑掛けちゃったしね。
何をあげたら、喜んでくれるかな。

「ねぇ、平井」
「ん?」
「あのね。今日、初めてのバイト代がもらえるの」
「そっか、随分頑張ったもんな」

学校のある日はほとんど3時間くらいと土日もどっちかに入っていたから、高校生にしてみればかなりの金額がもらえると思う。

「でね、平井に何かお礼がしたいんだけど」
「あ?そんなのいいよ」
「そういうわけには、いかないのよ。いっつも、迎えに来てもらったんだから」

「って、言われてもなぁ」と、あいつは首を傾げている。
意外に欲がないというか、本当に心配してくれていたからこそあんなふうに迎えに来てくれたんだと思うけど…。
だから、尚更何もしないわけにはいかないのよ。

「何かないの?欲しいものとか」
「欲しいもの?そりゃあ、あるけど」
「何?教えてよ。あんまり、高いものだと困るんだけど」

―――あいつの欲しいものって何だろう?
趣味とか全然知らないし、そう言えば新しいスニーカーが欲しいって言ってたけど。
それくらいなら、買ってあげられるかな。

「高くはないっていうか」
「っていうか?」
「やっぱり、いいよ」
「ちょっと、そこまで言っておいてどうしていいのよぉ。高くないものだったら大丈夫だし、気にしなくていいのに」

それでも、なかなか言ってくれないあいつ。
遠慮なんてすることないのにねぇ。

「怒らない?」
「え?怒らないわよ」
「だったらぁ、可憐ちゃんのキス」
「はぁ?!」

―――今、キスとかなんとか言われたような…。
そりゃあ、高いもんじゃないわよ?タダだし…ってねえ。

「だから、いいって言っただろ」
「何でキスなのよ。他にあるでしょ?」
「だって。せっかくもらえるならさ、そっちの方がいいし」

ふと中学に入ったばかりの頃、あいつに不意打ちでファースト・キッスを奪われたことを思い出した。
あの時は、『うるさいっ!あんたなんか、大っ嫌いっ!顔も見たくない。二度とあたしの前に姿を現さないでっ、話し掛けないでっ!!』って、口も聞かなかったんだけど…。
でもキスって、今回はほっぺにチュウとかそういうこと?
まぁ、それだったら、なんとか…と思っても、これはバイト代をもらえるからってことでお礼をしたいだけなのよ?
それがキスじゃあ、意味が違うのよ。

「あたしは、バイト代が入るからお礼がしたいだけなの」
「だから、それはいいよ。可憐ちゃんが頑張ってもらうお金だから。好きなように使えばいいんだし」
「でも…」
「ほら、バイトの時間になっちゃうぞ」

『うん…』
あいつにそう言われて、話が途中になってしまったけど…。
だけど、キスなんて。
付き合っているわけじゃないのにねぇ。


64

「こんなにバイト代をもらえるなんて」

そして隣にいる真比呂はというとこれまた優奈以上にニンマリしていて、3人とも思いは一緒で頑張ったなという達成感でいっぱいだった。

「ところで、可憐。平井くんに何かお礼をしたいって言ってたけど、聞いてみたの?」

真比呂に聞かれたが、『キス』な〜んて言われたことをさすがに彼女達には言えないわよねぇ。
あぁ…。

「うん、それが…」
「何よぉ、まだ聞いてないの?」
「聞いたんだけど、『そんなのいいよ』って言うんだもん。『あたしが頑張ってもらうお金だから。好きなように使えばいいんだし』って」
「それって、平井くんらしい」

優奈は思う。
あんなにけなげにいっつも迎えに来てくれる彼なんて、どこにもいないわよ?
でも、そんな二人が付き合っていないなんてね。
平井くんはどうして想いを言わないのだろうか、それはきっと可憐が自分の気持ちを自然に受け入れてくれるのを待っているから。
まぁ、可憐のことだから何十年経っても無理なんじゃないかしら?

この時、何気なく思った彼女の予感が当たっていただけに怖いのだが…。

「だったら可憐、平井くんにショッピングに付き合ってもらえば?ちょうどいいじゃない。洋服が欲しいって言ってたし、彼に選んでもらえばいいのよ」
「あいつにぃ?」

「お揃いで何か買っちゃうとか。うふふ」なんて、しれっと言ってくれる真比呂。
まぁ、確かにそういって誘えばあいつの欲しいものとかわかるかもしれないけど…。
でも、洋服を男の人に選んでもらうなんて、したことないなあ。

だけど、その前に…あたしが誘って、あいつが『いいよ』って言うかよね?

「それがいいと思う。ついでに下着なんかも選んでもらえば?」

―――は?下着?!

「もう、優奈ったらっ」

「冗談よぉ。可憐ったら、ムキになっちゃって可愛い」と、優奈ったら散々人をからかって。
「でもさぁ、もし誘ってよ?あいつが『いいよ』って、言うと思う?」
「「思う思う!!」」

そんな、ハモらなくっても…。
二人が言うなら、大丈夫なのかもしれないけどねぇ。
ショッピングかぁ、何だかデートみたあぃ。

65

―――何か、自分から誘うのってやだなぁ。
別にあいつを誘うのが嫌なんじゃなくって、やっぱり恥ずかしいから。
それに断られるかもしれないし…。

「ねぇ、平井ぃ」
「ん?」
「あのね、あの・・・」

―――あぁ〜ん、やっぱり言いにくいぃ。
『ショッピングに付き合って』って、ただそれだけのことなんだけど…。

「どした?」
「うん、今度の休みにね」
「今度の休み?」
「えっと、ショッピングに付き合って欲しいの―――欲しい洋服があってね、平井に選んでもらえたらいいかなぁなんて思ったりして。べっ別に嫌だったら、いいから」

―――うぇ、言っちゃった。
でも、あいつったら無表情って言うか、何ていうか…。
ちゃんと聞いていてくれたわよねぇ。

「俺でいいの?」
「え?」
「いや、俺が選んだりしてもさ」
「うん」
「可憐ちゃんがいいなら、俺はいいよ」
「ほんと?」

もう一度「うん」と言って領くあいつ。

―――やったぁって、あたしったら何をそんなに喜んでるのよねぇ。
まぁ、でも断られるよりはいいし、後はあいつにちゃあんとお礼ができるかどうかが問題。
洋服ももちろん欲しいけど、これがメインじゃないんだもん。

隣で澄ましていた平井だったけど、本当は心の中でガッツポーズ!飛び上がらんばかりの喜びだったなんて、あたしは知るはずもない。


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