71
――― 一年なんて、あっという間だったなぁ。
振り返ってみれば、この高校に入るために一生懸命勉強したけど、っていうか実のところイケメンがいるからっていう理由で選んだのに結局は素敵な彼氏も出来ず仕舞い。
大学受験の心配もないし、何だかこのまま高校生活も終わっちゃうと思うとつまらないかも。
「どうしたんだよ。可憐ちゃん、元気ないなぁ」
「春なんだから、パーッと明るく行こう」なんて言ってるのは、あいつだけよね?
学校も休みだし早めに入ったバイトから帰って来ると、なぜかゲームをやりにあいつが家に遊びに来ていた。
あいつの持っていないソフトをあたしが持ってるからなんだけど、借してあげるから自分の家でやればいいのに。
まぁね、春なんだし気分も明るく行かなきゃっていうのもわからないでもないんだけど、何かこう刺激が欲しいっていうの?
「そうなんだけど、2年生になるっていうのに何だか」
「何だか?」
「刺激が欲しいかな、な〜んてね」
こんなこと、あいつに言ったってしょうがないんだけど…。
「可憐ちゃん、刺激って…。例えばどんな?」
「どんなって、言われるとよくわからないんだけど」
「ふ〜ん、それってさぁ。こんなことだったりする?」
「わぁっ、ちょっ!何すんのよ。平井っ」
いきなり両肩に手を掛けられ、ベッドに寄り掛かるように座っていたあたしはあいつに強い力で押し付けられた。
キスできそうなくらい近い距離にあいつの顔が…。
その目はすごく真剣でいつもと違って怖いっていうか、そんな感じ。
「なぁ、可憐ちゃんは俺のことどう思ってるんだよ」
「え?どう思ってるって…」
それは、あたしの方が聞きたいくらい。
わけもなく心臓が暴れだして、どうしていいかわからなかった。
「俺は、可憐ちゃんが好きだよ」
「え…」
「うそ…」と思いながらも、本当はどこかで期待していた言葉だったのかもしれない。
「好きだよ」
もう一度囁くように言われて、「あたしも…」そう言い掛けた時、あいつがケラケラと笑い出した。
一瞬、何が起きたのか…理解するのにかなりの時間が掛かったと思う。
「どう?刺激、感じた?」
肩から外された手に、やっとそれがあいつの冗談だったのだと…。
「ふざけないでよっ!いくらなんでも、ひどい…」
泣くはずなんてなかった。
でも、自分でも制御できなかったのだから…。
あいつは何度も何度も「ごめんね」と謝っていたけど、本心を知ったような気がして、いつまでも涙が止まらなかった。
72
平井のやつぅ…。
可憐はあいつとオソロの、へんてこりんなイモムシみたいのに手足が付いたキーホルダーを手の中に見つめながらポツリと呟く。
あれからずっと口をきいていなかったし、憎たらしいとは思うけど、この愛嬌あるイモムシには何の罪もないからと。
―――それにしても、よく似てる。
あいつはスカートをはいている女の子バージョンがあたしに似ているからと言っていたけど、こっちの方がよっぽど似てるのに。
キーを摘んで顔の辺りにぶら下げると、あいつに似たイモムシの顔を指でちょんっと弾く。
「痛ぇなぁ」
―――えっ?
急に声がしたから、イモムシがしゃべったと思ったじゃない!!
っていうか、先に帰ったんじゃなかったの?
この前みたいに今日のバイトのシフトはいつもより少し遅いから、先に帰った真比呂と優奈を見送ると、あたしは一人学校で時間を潰していたんだけど、あいつったらいつの間に…。
相変わらずバイトの帰りには迎えに来てくれたけど、会話らしい会話はほとんどしていない。
だから、二人っきりになるとどうしていいかわからないの。
「まだ、いたの?」
「あぁ、先生にプリントのコピーを手伝わされてさ」
「すっげぇ、大量でまいったよ」と、あたしの斜め前の席に後ろ向きで座るあいつ。
何だかんだいってあいつは先生からの信頼が厚く、色々頼まれたりもしているらしい。
こんな軽いやつなのにぃ。
「ふううん」
だから、『大変だったのね』なんて労いの言葉はかけてあげないんだからね。
「そのキーホルダーさ、いらないなら俺が引き取るよ」
「え?」
「捨てられるのは嫌だから」
―――そんな悲しそうに言わないでよ。
あたしは別に捨てるつもりなんて…だってこれ、結構気に入ってるもん。
「捨てたりなんかしないわよ」
「ほんと?」
「ムカついた時にこうやって―――」
イモムシの顔を指でちょんっと弾こうとすると、あいつが「あーっ」と大声を上げて、慌ててそれを奪い取る。
「かわいそうになぁ、可憐ちゃんにいじめられて」なんて、頭を撫で撫でしているあいつを見たら、やっぱりイモムシのキーホルダー同様憎めない。
「ごめんな。可憐ちゃんがあんなに怒ると思わなくて」
「もう、いいわよ。あのことは忘れる」
「忘れて欲しくないっていうか…」
「え?」
―――どういうこと?
「本当は―――」
「こらっ、まだ残ってたのか?早く帰れよ」と見回りの先生に見つかって、あいつの言葉がそこで中断されてしまう。
『本当は―――』の先は一体、何て言うつもりだったんだろう?
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「可憐、おはよ」「おはよ、2年になってもクラスが一緒になって良かったね」
「真比呂(まひろ) 、優奈(ゆな)、おはよう。これで、3人一緒に卒業まで同じクラスだね」
「うん、うん、良かったねぇ」と3人は手を繋いで、シミジミと同じクラスになれたことを喜び合う。
しかし、そんな喜びも…。
「可憐ちゃんひどいなぁ、俺を置いて先に行くなんて」
「もうっ、イチイチ付いて来ないでよ。学年が変わっただけなんだから、教室くらい一人で来れるでしょ?金魚の糞じゃあるまいし」
「ひっでぇな、俺のこと金魚の糞なんてさぁ」
やれやれと二人のやり取りを見つめる真比呂と優奈だったが、可憐にとっては溜め息しか出てこない。
―――あぁ、どうしてこうなるの…。
これで、高校卒業まであいつと同じクラス決定!!なんて…。
あっ、そうだ!!この男のことなんかどうだっていいの、今回は憧れの王子様と同じクラスになれたんだもの。
「ねぇねぇ、篠塚君と同じクラスなのよね。あぁ〜まだ見ぬあたしの王子様」
成翔の王子様と称される篠崎君は初等部からの進学組で、お父様は大きな会社を経営している社長さん。
あいつと違って、お坊ちゃまってやつなのよぉん。
背が高くて、でもあいつよりはちょっと低いかな、そして成績優秀、あぁでもこの前のテストではあいつの方が上だったわね。
って、あたしったら、何であいつなんかと王子様と比べたりしてるのよ。
でもでも、顔は絶〜対、篠崎君の方がカッコいいもん。
「何、言ってんのよ。可憐の王子様は、ここにいるでしょ?浮気なんかしたらダメじゃない」
「はっ?!優奈ったら、どこに王子様が」
「どこどこっ」ってワザと違う方に目を向けるあたしだったけど、彼女達の視線の先にはヘラヘラ笑ってるあいつが…。
―――どーして、あいつがあたしの王子様なのぉ。
そんなこと、アリエナ〜イ。
「平井君も、何でこんな薄情な子がいいの?そりゃぁ、可憐って顔はめちゃめちゃ可愛いわよ?」
―――こらっ!!真比呂ったら、『顔は』は余計なの。
ほんとは、顔もあんまり可愛くないんだけど…。
隣から首を長くして、「あたしも聞きた〜い」と加わってきた優奈も目を輝かせているし。
どうだっていいでしょ?
だけど、あいつったら何て答えるのかしら…。
「素直じゃないとこかな。俺のこと好きなクセに」
「かぁっー何てことを!!いつ誰が、あんたのことを好きなんて言ったのっ」
「ムキにならなくてもいいじゃん。俺はわかってるけど」なんて、ぬかしやがって。
―――クっそぉ、平井のやつぅ。
「ほらほら、可憐も照れないで。王子様をしっかり捕まえておきなさいよ?じゃないと持ってかれちゃうわよ」
―――真比呂ったら、あたしは照れてなんかいないし、あいつなんか捕まえておかなくても…。
そう思った側から、あいつに話し掛けている女子が数人。
彼女達は違うクラスだった子。
前から、モテるのは知ってたけど…。
ううん、あたしの王子様は篠塚君なんだから。
74
ザワザワ―――
ザワザワ―――
急に教室の中が騒然とし始めて、女子達の視線が一気に前側の出入口に集まった。
「可憐、噂をすれば」
「え?」
真比呂に言われて振り返ると…。
―――うぉぉっ、成翔の王子様こと篠塚くん登場!!
まるでそこだけ空気が違うというか、爽やかなミントの風が吹き、小鳥のさえずりまで聞こえてきそう。
あぁ、やっぱり王子様は素敵だわぁ。
同じ男なのにどうしてこうも違っちゃうのかしらねぇ。
そんなふうに思った矢先、あいつの顔が度アップで…。
「ちょっとっ、平井ったらあっち行ってよ」
「あ?俺の席ここだから」
「ん?!」
急いで黒板に書いてある座席表を見ると、あたしの隣にはあいつの名前。
―――なっ、何であいつ?
そうなのよ、クラス替えがあった時ってだいたい初めのうちは先生が名前を覚えるまでって名目で出席番号順に座らされる。
一年の時はあいつとはかろうじてずれていたから何個か後ろの席で隣になることはなかったんだけど、今回に限って隣とは…。
短い間だけだろうし我慢我慢、その後はもしかしてもしかしたら王子様の隣になれるかもしれないしっ。
「可憐ちゃん、これからもヨロシクな」
「ヨロシクって…うん、まぁこちらこそ」
ニッコリ笑うあいつの周りにも、ほんの一瞬だけど爽やかな風が吹いたような気がした。
―――やだっ、あたしったらあいつなんかに…。
見惚れるなんて。
それになんだかわからないけど、ドキっとした。
ううん、そんなわけない気のせい、気のせいに決まってる。
あたしがあいつのことなんか…。
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―――あぁ〜んっ、もうっ!!
どうしてあたしが、持たされなきゃならないのよぉ。
『おっ、乃木。ちょうどいいところに』とか何とか言っちゃって、たまたま別の用事で通り掛かった職員室の前で先生に呼び止められ、次の授業で使うから配っておいてくれと分厚いプリントの山を渡されたのだ。
こういうのは週番の仕事でしょ?その前にあたしがか弱い乙女だってことを忘れてないかしら、あの先生。
だいたいねぇ、『お前なら、余裕だろ』なんて失礼よね?
2年生に進級したらなぜか教室が4階になってしまい、前が良く見えない階段を一段一段、ヘイコラヘイコラと上る足取りは重い。
「乃木さん、大丈夫?危ないから俺が持つよ」
声と同時に視界がパッと開けて両手が一気に軽くなった。
左斜めを見上げると、回り込んであたしの手にあったプリントを持っているのは篠塚君。
あたしの王子様。
「しっ、篠塚君、ありがとう。でも悪いし、半分持つから」
「いいよ、これくらい」
お言葉に甘えてもう一度、「ありがとう」と言ってあたしは彼の隣で階段を上って行く。
同じクラスになっても、こんなふうに面と向かって話をするのは初めてだったから、ちょっとドキドキしてしまう。
―――それに優しいんだぁ。
あいつだったら、きっと先生と同じことを言うに決まってるもん。
「でも、どうして乃木さんが?週番じゃなかったよね?」
「うん、たまたま別の用事で職員室の前を通ったら、先生に配っておくように頼まれて」
「そっか。運が悪かったね」
確かに彼の言うように運が悪かったかもしれないが、結局は彼が持ってくれて憧れの王子様とこんなに近くで話しながら歩けることを思えば、なんてラッキーだったのだろう。
逆に先生ありがとうと言いたいくらい。
「だけど、本当に運が悪かったのは篠塚君の方でしょ?」
「俺?」
「だって、あたしの代わりにそれ持ってるんだもん」
「あっ、そっか」
笑いながら、彼はスイスイ階段を上って行ってしまう。
王子様というのは、どこまでも爽やかで素敵なんだ。
彼氏だったら、たった一人の彼女のためにもっと優しい笑顔を向けてくれるに違いない。
―――あぁ〜その一人になれたらなぁ。
「乃木さん、早く戻らないと授業が始まっちゃうよ」
「えっ、うん」
走って二人が教室の中に入るとバッチリあいつと目が合った。
それでもあたしは知らんふりして、篠塚君の持っていたプリントをみんなに配り始めた。
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