あいつとあたし。
16

76

「篠塚君」
「あれ?乃木さん、今帰り?」

「みんなと一緒に帰ったんじゃなかったの?」と靴を履き替えようとしたところでバッタリ会ったのは、あたしの王子様。

これから部活に行くのだろう、真っ白なウエアに身を包んだ彼が眩しく見える。
テニスって、きっと彼のためにあるのね。
それにしても、今日はなんとツイている日なんだろう。
二度もこんなふうに彼と話すことができるなんて。

「うん。これからバイトなんだけど、時間までちょっとあったから。篠塚君は、これから部活?」

今もバイトを続けているあたしは、もちろん真比呂も優奈も続けているけど、今日は二人ともお休み。
実は彼女達、他校の男子と合コンなのだ。
あたしも行きた〜いってお願いしたのに『ダ〜メ、可憐には平井君がいるでしょ?』って、即答されて…。
あいつなんか関係ないのにぃ。
でも、合コンに行かなくたって、ほんのちょっぴりでも王子様と一緒の方が全然いいもんねぇ。

「そう、大会も近いしって。乃木さん、バイトしてるんだ」
「あっ、今あたしみたいのがバイト?とか、思ったでしょ」

ペロッと舌を出した篠塚君だったけど、あたしってバイトをするようには見えないのかな?

「そういうわけじゃないんだけど、乃木さんって勉強もできるし、ちょっと意外かなって。で、何をやってるの?」
「ハンバーガーショップ、○○駅前の」
「そうなんだ。乃木さんなら、似合いそう」
「篠塚君は、バイトしてないの?まぁ、部活に入ってたんじゃできないかぁ」
「やりたいなとは思うけど、時間がね」

うちの学校のテニス部はそこそこいい線までいってるから、大会前となったら練習が大変なんだろう。
それに勉強だって、両立しなければならないし。
肩を並べて歩く校内は、いつも見慣れた場所だったはずなのに隣にいる人が違うだけでこんなにも新鮮に映るものだったとは。
なんて、青春に浸っていると。

「可憐ちゃ〜ん、ひっで〜な。先に帰っちゃうなんてさぁ」

―――げっ、あの声は…。
あいつのこと、すっかり忘れてたぁ。

「お二人さん、待ち合わせてたんだね。ごめん、邪魔して」

「じゃあ、俺は先に行くよ。バイト頑張って」と走って行ってしまった篠塚君の背中に向かって、「部活、頑張ってね」ってあたしが声を掛けたら、右手を軽く上げてくれた。

「篠塚と何、話してたんだよ」
「何って?」

あいつには、ワザとこういう言い方をしてみる。
だけど、篠塚君はあたし達のことを誤解していないでしょうねぇ。

「だからぁ」
「あ〜バイトに遅れちゃうっ。平井、早く帰ろ」
「あっ、あぁ」

…ちぇっ、なんだよ二人して俺を除け者にして。
おもしろくねぇの。

77

「おはよー可憐」

元気な優奈の後ろから「おはよ」と少し眠そうな真比呂。
二人とも一緒に登校してきたようだが、昨日の合コンで収穫はあったのだろうか?

「おはよ。お二人さん、昨日はどうだったの?いい男はゲットできた?」
「うん、それがね〜」
「何よぉ、そのビミョーな返事は」

そこへ、「真比呂に言い寄って来た男子が一人いてね」と優奈が説明を加えた。
―――へぇ、真比呂にねぇ。
だけど、彼女の様子だとその男子は真比呂好みではなかったのだろうか?

「顔はいいんだけど」
「けど?」

顔がいいのにこの反応は…。
そう思っていると暢気に登場したあいつ。

「可憐ちゃ〜ん、宿題見せて〜。俺、やんの忘れちゃったヨン」

―――何が忘れちゃったヨンよ。
まったく。
?もしかして…。

「ねぇ、もしかして、あいつみたいなの?」

うんうんと顔を上下させて頷く彼女達。
なるほどっていうか、あたしの気持ちも少しはわかるでしょ?
言い寄って来たっていうのはちょっと違うかもしれないけど、きっとその男子はあいつと同じ性格なのかもしれない。

「なぁ、宿題見せてくれよぉ」
「嫌、忘れたあんたが悪い」
「そう固いこと言わないでさぁ」

―――もうっ、仕方ないなぁ。
カバンからノートを取り出すとあいつに渡す。
その顔は反則だ。
だから、憎めないっていうか…。

「わかるでしょ?あたしが王子様に惹かれる理由が」
「でも、きっと大事にしてくれるよ?ああいう人の方が」

優奈の意見に「そうかな〜」と可憐と真比呂の声が重なったが、そういうものなのだろうか?

「そうだよ。贅沢だよ?二人とも優しくてカッコいいんだし、誰かに取られてから後で後悔したって遅いんだからね」

―――後悔ねぇ。
ちらっとあいつに目を向けると、必死に宿題の答えを自分のノートに写している。
そして、ふと出入口を見ると王子様のご登校。
見比べるあたし。
う〜ん、どっちもっていうか真剣な眼差しのあいつだって満更でも…。
あたしったら、何を見惚れて…。

2008.6.11

78

あれから、真比呂は合コンで知り合ったあいつ似の彼と付き合い始めた。
バイト先にもやっぱり、あいつのように迎えに来て、それが初めはすごく恥ずかしかったみたいなんだけど、今では快感になっているらしい…。
―――う〜ん、あたしは決してそんなことはないけどね。
なんて、考えながら廊下を歩いているとあたしの名を呼ぶ声が…。

「乃木さん」
「あっ、篠塚君」

あたしが「どうしたの?」と言おうとしたら、彼が「シーっ」っと口元に人差指を立てて、反対側の手で“おいでおいで”をして呼び寄せる。
―――何か、あったのかしら?

「何かあったの?」とあたしは周りを見回しながらそっと篠塚君の元へ近付き、小さな声で聞くと、「あのね、乃木さんにお願いがあって」、今度は両手を合わせる彼。

「お願いって?」
「実はね―――」

ヒソヒソヒソ…。

「ええっ?!優奈(ゆな)を―――」

「乃木さん、声デカイって」と、彼の大きな手で口を塞がれた。
―――だってぇ…。

『ずっと好きだったんだけど、言いにくくて』

篠塚君が優奈のことが好きだったなんて、ちっとも知らなかったんだもん。
案外、サバサバとした性格の彼女は自分の恋より人の恋の心配ばかり、そういうところをきっと篠塚君も好きになったのね。
だけど、王子様の篠塚君がこんなにも晩生だったなんてぇ。
そっちの方が、意外だわ。

「任せて。そういうことなら、このあたしが一肌脱いじゃう」
「ほんと?」
「うん」

嬉しそうな篠塚君を見ていると、こっちまで幸せな気分になってくるわ。
って、浸っている場合じゃじゃないのよ。
―――どうやって、優奈と篠塚君をくっ付けたらいいのかしらね?

よく考えたら、あたしの恋は儚くも消え去ったっていうのに…。

「あれ?可憐ちゃん、今日バイトは?」
「今日はお休み。そうだ!!ねぇ、平井。駅前に新しくできたドーナツ屋さんに行ってみない?あたし、奢っちゃう」
「へ…」

あいつが、目をパッチリ開けたまま、その場に固まった。
それもそのはず、あたしがあいつを誘うことなんてないんだから。

「嫌ならいいのよ?無理に―――」
「そんなことない。行く行くっ」

何だろう、あいつと居るとこんなにもホッとするのは…。

2008.7.1

79

「ねぇ。そんなに食べたら、太るわよ?」

別に奢るのが嫌だから言ってるわけじゃないんだけど、あいつったらすぐに夕飯の時間になるっていうのにドーナツを5個も頼んでるんだもん。

「ん?あぁ、これくらい平気。心配しなくても、ここは俺が奢るよ」
「えっ、そういうわけじゃなくって」

あいつったら、勝手にあたしの分まで精算しちゃって、せっかく奢ってあげるって言ったのにぃ。
それより、篠塚君と優奈(ゆな)をどうやってくっ付けるかよ。
一緒に考えてもらおうと思って、あいつを誘ったんだから。
さすがにオープンしたてのお店だけあって、うちの学校の制服もチラホラいるし、他の学校の生徒もたくさん。
こういうところに二人で居たら、カップルに見えたりするものなんだろうか?

「美味そー、いっただきま〜す」
「あたしが奢るって言ったのに」
「誘ってもらえたのは嬉しいけど、やっぱり男が払うのが普通じゃん」

チョコレートがタップリのったドーナツをパクリと大きな口で頬張るあいつ。
思わず、あたしは『チョコ付いてるわよ、まったく子供みたいなんだから』って、口元に伸びかけた手を引っ込めた。

「見栄張ったわけ?」
「っていうか、可憐ちゃんが俺を誘うなんてさ。何かあったのかなって」
「え?」

―――わかってた?
確かにあたしが誘うなんてことは滅多にないことだから、それに意外にあいつったら、そういうところは鋭いところもあるし。

「で、どした?」
「うん。篠塚君は、優奈のことが好きなんだって」

あたしはアイスティーのストローをクルクルと回しながら、どうしたら一番自然にあの二人をくっ付けることができるかを一生懸命考える。

「可憐ちゃんには俺がいるじゃんか。ほら、ドーナツあげるから」
「は?」

ぽかんと開いたままのあたしの口の中に、そのまんまのドーナツを放り込むあいつ。
ストロベリークリームの甘い香りが…。
―――ひょっとれぇ、いくらぁなんれも、たへたれる…けないれしょ!!

「ちょっとっ!!あたしの口はそんなに大きくないんだからっ」
「そうそう、可憐ちゃんはこうでなくちゃ」
「何がこうでなくちゃよ。さっきから、わけわかんないこと言って」

もしかして、あいつったらあたしが篠塚君に失恋したとか思ってる?!
だから、慰めようとして…。
馬鹿ね、そんなわけないじゃない。

「勘違いしないで。あたしは、どうやったらあの二人をくっ付けられるかを平井に相談したかっただけ」
「へ?だって可憐ちゃん、篠塚のこと」
「それがね、篠塚君に優奈のことが好きだって言われても、それほどっていうか全然ショックとか受けなかったの」

「王子様は単なる憧れでしかなかったのかも」と、あいつにもらったドーナツを頬張るあたし。
あぁ、おいひー。
太るわよとか人のことを言ってる場合じゃないけど、甘いものはどうしても止められないのよねぇ。

「そっか」
「篠塚君なら優奈とお似合いだと思うし、約束しちゃったから一肌脱ぐって」
「可憐ちゃんらしいな」
「だから、平井も協力して?」
「わかったよ。可憐ちゃんの頼みなら」
「ありがと」

『可憐ちゃんには俺がいるじゃんか』

さっきのあいつの言葉を思い出して、何よりも嬉しいと思ってしまうあたしの本当の王子様は…。

2008.7.9


80

とは言ったものの、あいつったらドーナツばっか食べてて、ちぃ〜っともまともな案を考えてくれない。
―――相談した相手を間違った?!
だけど、他にいないんだもん。
あたしがあんまり篠塚君に近付くと、優奈(ゆな)に変な誤解を与えちゃうかもしれないしぃ。
そこで、男のあいつがちょうどいいかもとか思ったんだけど。

「ねぇ、なんかないの?」
「そう言われてもなぁ。まず、彼女が篠塚のことをどう思ってるのか、聞いてみないことには」

―――なるほど。
周りがとやかくいって、一方通行で進んでもしょうがないってことよね。
でも、あんな王子様みたいな彼に好きって言われたら、コロっといっちゃうでしょ女なら。

ふとあたしは、もしもあの時、篠塚君が自分を好きだと言ったら、今のような答えをするのだろうか?中学時代の吉田君のようにカッコいいって憧れだけで付き合っても結局、別れることになるかもしれない。
だからといって、それを決めるのはあたしじゃない、優奈(ゆな)なんだし。

「でもさ、優奈(ゆな)が今は篠塚君のことをそういう対象に思ってなくても、彼の気持ちを聞いたら変わるかもしれないじゃない」
「可憐ちゃんもそうなのか?」
「えっ、あたしは…」

―――あいつったら、痛いところをついてくるわね。
っていうか、中学の時に隣のクラスだった岡野さんから紹介して欲しいって頼まれて、イジメ怖さに会わせたら、ロクに相手のことなんて知らないくせに付き合うって即答してたじゃない。
おまけに人の前でキスまでして。

「平井に言われたくないわよ。中学の時にあたしが紹介した岡野さんと付き合ってたじゃない。彼女のこと、好きだったわけでもないクセに」
「あれは…可憐ちゃんが、紹介なんかするからだろ」
「え?なにそれ」

そんな話…そう言えば、聞いたことなかったけど、あたしが紹介したからって、どういう意味なの?
そのことについて敢えてあたしは問い質さなかったが、飲み干したコーラの氷をガリガリ噛んでいるあいつ。

「お互いのことをよく知らないまま、付き合うこともあると思うよ。それを否定してるわけじゃないんだ」

平井だってわかってる。
恐らく誰よりも―――。

「篠塚君、いい人だから上手くいって欲しいんだもん。あたしが優奈(ゆな)にそれとなく聞いてみる」
「俺もどこかに接点がないかどうか、篠塚と話してみるわ」

あっという間にドーナツをペロリと平らげてしまったあいつ。
イケメンがいるからって不純な理由で選んだ高校だったけど、結局あたしの前に居るのはいつだって平井なのよね。
そして、周りの女子学生達からの熱い視線を浴びているあいつの前に居るのはあたしなんだから。

2008.10.22


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