あいつとあたし。
2

6

『ねぇねぇ。平井君、森さんと別れちゃったんだって』
『えっ、もう?だって、付き合い始めたのが、ついこの間だったじゃない』

再び、こんな噂が流れ出す。
―――えっ、あいつったら、もう森さんと別れたわけ?
二人で帰るところを何度か、あたしも目撃したことがある。
とても、仲が良さそうに見えたのに…。
まぁ、あいつのことだから、どうせ彼女に愛想をつかされたんでしようけどっ。

『それがね、平井君の方がフったらしいの』
『平井君が?』

―――ちょっと待って、あいつの方がフったですって?
何でまた。

『森さん、泣いてたって言ってたもん。平井君のこと、本気で好きだったみたい』
『そっかぁ。なんか、ちょっとかわいそうかも』

―――あのヤロウ、何てことを。
女の子を泣かせるなんて、最低っ!

「ちょっと、あんた」
「アレ?可憐ちゃん、俺に用?『あんたなんか、大っ嫌いっ!顔も見たくない。二度とあたしの前に姿を現さないでっ、話し掛けないでっ!!』って言ったんじゃなかったっけ?」

嫌味っぽく言うあいつ。
まぁね、本当のことだから仕方ないんだけど…。

「そうだけど、今は別よ。あんた、森さんをフったってほんと?」
「何だ、もう可憐ちゃんの耳にも入ってるんだ」
「惚けないでっ!どうして?あんな可愛い子をフルなんて」
「どうして?って、どうしてもって言うから付き合ったんだけどさ。10日間の約束だったんだ」
「10日間?」

―――何それ、10日間だけ付き合うって約束したわけ?

「あぁ。だから、フったっていうのは厳密には違うな。初めから、そういう約束だったんだ」
「だからって、泣かすこと」
「可憐ちゃんには、関係ないだろう?俺のこと、大嫌いなんだからさ」
「えっ」

それっきり、あいつとあたしが顔を合わせることはなかった。

7

それからというもの、あいつは彼女を作っては別れるというなんとも男として最低なやつに変貌してしまった。
―――調子いいけど、あんな薄情なやつじゃなかったはずなのに…。

「ねえ、乃木さん。ちょっと、お願いがあるんだけど」

休み時間にあたしのところへやって来たのは、隣のクラスの女子が数人。
顔は見たことがあったが、親しく話をしたことはない。
そんな彼女達が、あたしにお願いとはなんなのか?

「お願い?」
「乃木さんって、平井君と小学校から一緒なんでしょ?家も近所で、仲も良いって聞いてるんだけど」
「まぁ、小学校から一緒なのは当たってるけど、仲が良いっていうのは間違い。色々あって、最近は全く口をきいてないしし」
「えっ、そうなの?なんだぁ」

「彼を紹介してもらおうと思ったのに」と、とんでもないことを口々に言っている。
―――紹介って、そんなこと知らないわよ。
あたしは、ただのご近所さんで同じ学校に通ってるだけなんだから。

「ダメ?あたし、彼が好きなの」
「はぁ?だって、あいつったら彼女を作っては別れる、とんでもないやつなのに?」
「そんなことないと思うの。あたしなら、彼を惹き付ける自信あるし」

と恥ずかしくもなく話す目の前の彼女は、確かに美人だと思うけど、あいつの好みかどうか…。
あいつはもっとこう…って、あたしったら、何言ってるのかしら?
とにかく、あいつと関わるのは止めた方がいい。
言っちゃあ悪いが、今のあいつは来るもの拒まず去るもの追わず、自分の意志とは無関係に誰とでも付き合っているようにしか思えないのだから。

「そんなこと、言われても」
「お願い。彼を呼び出してくれるだけで、いいから」

呼び出すだけなら自分ですれば、そう思ったけど周りに取り囲まれた女子の目が怖くて…。
あたしはつい、「ウン」って言ってしまったのだった。

8

―――困ったなぁ。
あんな約束、するんじゃなかった。
でも、今更断るわけにもいかないし…。
もし、そんなことをしたらイジメにあっちゃうじゃないねえ。

あたしだって、あいつのことが嫌いなわけじゃないのよ?
だけど、憧れのファースト・キッスをあんな形で、まさかあいつに奪われるとは思ってなかったんだもん。

あ〜ぁ…。

それに今日に限って、先生にプリント作りを手伝わされるしぃ。
ついてないなぁ…。

帰りがけに担任の先生に声を掛けられ、なぜかあたしはプリント作りを手伝わされる羽目に。
学校を出るとすっかり辺りは暗くなって、人通りもほとんどないから少し怖いくらい。
―――早く、帰らないとっ。
小走りに家路を急ぐが、学枚から家までは徒歩で15分ほど。
そんな時だろうか?背後から足音が聞こえたような気がしたのは…。

タッタッタッ―――
   タッタッタッ―――

あたしが歩き出すと、足音も付いて来るような気がして…。
―――ヤダ、どうしよう…変質者だったら…。

「ぎゃぁ…っ…っ…」

いきなり肩を捕まれて、あたしは大声を上げたが口を手で塞がれる。

「大声出すなって。可憐ちゃん、俺だよ」

―――ん?誰?
聞き覚えのある声…この声は…。

「ひ・ら・い?」
「ごめん、驚かせて。大丈夫か?」
「えっ、うん。何で?」

何で、あんたがここに?

「前に可憐ちゃんが歩いてるのが見えたから。ここ、外灯もあんまりないから暗いし、人通りもなくて危ないだろう?」
「それで?」
「あぁ」

コンビニにでも行った帰りなのか、彼は手にペットボトルの入ったビニール袋を持っている。
だけど…心配して声を掛けてくれたの?

「ありがとう」
「ううん。でも、どうしたんだ?こんなに遅い時間まで」
「先生にプリント作るの手伝わされちゃって」

「あはは。可憐ちゃんってさ、先生に好かれるタイブだもんな」と普通に返してくる彼にちょっと戸惑ったりもして。

「ねぇ」
「ごめんな」
「えっ、何?急に」
「ファースト・キス、俺がもらっちゃって」

―――あぁ…。
こればっかりは、謝られてもねえ…。
だからって、どうにもならないことでしょ?

「謝られても済んだことだから。今更、どうにもならないでしょ?それより、あんたのファースト・キッスは誰なの?」
「え?誰って」

―――そうよね?
あたしのファースト・キッスは不覚にもこの男だけど、この人は誰なのかしらね?
ちょっと、気になるじゃない。

「俺は…」

一瞬、黙ってしまった平井。
言いたくない相手なのかしら?

「まぁ、いいわ。ねぇ、お願いがあるんだけど」
「なんだよ、お願いって」
「隣のクラスの岡野さんって子が、あんたを紹介して欲しいんですって。だから、ちょっと会ってあげて欲しいんだけど」
「何で俺が、その岡野さんって子と会わなきゃならないんだ」

「わけわかんねぇ」とふて腐れたように言う、あいつ。
―――このくらい当然でしょ?あたしのファースト・キッスを奪ったんだから。

「いいでしょ?頼まれちゃったんだから。それにファースト・キッスの償いよ」
「あ?償い?」

何で?という顔のあいつだったが、やっぱり悪いと思ったのだろう。

「わかったよ」
「ほんと?良かったぁ」

良かったあ、これでイジメられなくて済むわ。
あたしは、ホッと胸を撫で下ろした。

9

あいつが岡野さんに会ってくれると約束してくれたから、それを彼女に話すとものすごく嬉しそう。
だからって、あいつが彼女と付き合うとは限らないのよね?
まぁ、あたしの役目はそれで終わりだから、あいつが付き合おうと断ろうと、どうでもいい話なんだけどっ。

「平井」
「ん?」
「あのね、例の話なんだけど。隣のクラスの岡野さんが、今日の放課後にどうかって」

キスのことはさておいて、あいつとはまた普通に話をするようになった。
といっても、挨拶程度だけどね。

「今日?別にいいけど」
「ほんと?教室で待ってるって言ってたから、忘れずに行ってあげてよね」

―――良かったぁ、これであたしもお役ご免だぁ。

「あ?もちろん、可憐ちゃんも一緒だろ?」
「えっ、何でよ。あたしには関係ないもん」
「だったら、行かない」
「はぁ?今更、そんなの話が違うじゃない」

会ってくれるって約束したのに、どうして今頃になってあたしが一緒じゃないと行かないなんて子供みたいなこと言うのよ。
あたしだって、こいつが告白される場面になんかに顔を出したくないんだからね。

「俺は会ってもいいとは言ったけど、一人でなんて約束してない」
「別にあたしが一緒じゃなくてもいいでしょ?」
「ダ〜メ」

―――何が、ダ〜メよっ。
あぁ〜でも、ここで行かないって言ったら、こいつは彼女に会ってくれないのよね?
そんなの絶対困る!!
あたしが、イジメに…。

「あぁもうっ、わかったわよ。一緒に行けばいいんでしょ?」
「そういうこと」

まったくぅ…あたしって、どうしてこう面倒なことばっかり頼まれるのかしら…。
はぁ〜。



放課後、ほとんどの生徒が帰宅した頃、あたしとあいつは隣のクラスの前に立っていた。
―――なんか嫌だなぁ、こんなの。
とっとと、こいつを紹介してあたしは帰らないと。

ガラガラッ―――

戸を開けると予想に反して、岡野さんは一人だった。
やっぱり告白の場にみんながいるのは、嫌だったのだろう。
あたしだって本当は嫌なのよ?なのにこいつったら…。

「岡野さん、平井を連れて来たから」
「ありがとう、乃木さん」
「じゃぁ、あたしはこれで」

早々に退散しようとしたあたしの手をあいつが掴んで離さない。

「ちょっと、平井…離してよ」
「可憐ちゃんにも、いてもらわないと」
「え?」

何で、あたしが…。

「岡野さんだっけ?俺を紹介して欲しいって、可憐ちゃんに頼んだみたいだけど、それって俺と付き合いたいってこと?」
「うっ、うん。ダメかな、あたしじや」
「そんなことない。いいよ」

は?
名前も知らなかったくせにこいつったら、もう付き合うわけ?
目の前の彼女はあいつが付き合ってもいいって言うもんだから、とっても嬉しそう。
あぁ、よっぽど好きだったのね?って、だけど…ちょっと、あたしの手を離してよ。

するとあろうことか、あいつは…。

「キスしてもいい?」

「えっ」という彼女の返事も聞かずに右のほっぺにチュツって…。

―――ちょっ、やめてよ人前で。
あたしは、どうしていいかわからなくて…。
でも…なんか、すごく嫌かも…。

わけのわからない想いに、あたしはあいつの手を振り払うと走って教室を出た。

10

あの日から、隣のクラスの岡野さんと付き合い始めたあいつ。
今度の彼女は何日もつかしら?な〜んて噂されてるけど、二人が一緒にいるところを見掛けると結構楽しそうだし、彼女が自信たっぷり言っていた言葉は案外当たっていたのかもしれない。

「可憐ちゃん、待ってよ」

この声は…あいつ。

「何?」
「何って、つれないなぁ。一緒に帰ろうぜ?」
「え?何で、あたしと」
「家が近所なんだから、いいだろ?」

まぁね、ご近所さんだから、このまま歩いていても同じ方角なんだけど。
でも、彼女はいいわけ?
わざわざ遠回りして、彼女の家の方から一緒に帰ってたじゃない。

「彼女は?用事でもできたの?」
「あ?彼女?彼女って、岡野さんのこと?あぁ〜もう彼女じゃないし」
「は?」

―――彼女じゃないしって、まさか…。
えぇ?別れたとか言わないわよね。

「まさか、あんた…別れたの?」
「当たり」
「当たりって」

あたし達、まだ中学生なのよ?
それにこっちはファースト・キッスだってついこの間だって言うのに…。
この男は一体、何人の子と付き合ったわけ?

「初めから、俺の好みじゃなかったんだ」
「だったら、何で?」
「可憐ちゃんの顔を立ててね。でも、大丈夫。別れても可憐ちゃんに迷惑は掛からないから」
「えっ、あたしの顔を?だけど、キスしてたじゃない」
「そうそう。どうしてあの時、可憐ちゃんは教室から出て行ったんだよ」
「あれは…」

―――話をすり替えないで。
顔を立ててって…断られたらどうなっていたか分からないけど、初めからその気がないのに付き合うのは、ましてキスまでしたくせに。
あたしがあの時、出て行ったのはお邪魔だと思ったし、それに…こいつが彼女にキスしたのが嫌だったから。

「お邪魔だと思ったから」
「それだけ?」
「それだけに決まってるでしょ?」
「ふ〜ん、俺はてっきり妬いてくれたんだとばかり思ってたのに」
「はぁ?なんであたしが、妬かなきゃならないのよ」
「ムキになってるところが、怪しいなぁ。可憐ちゃん、わかりやすいし」

―――げっ、バレてる…。

「俺は、もう誰とも付き合わない。だから可憐ちゃんも、この前みたいなことを言われたら、そう言って。それでもって言うなら、俺がきちんと話すから」
「うん…わかった」

その日を境にあいつは誰とも付き合わなくなった。
あたしとの関係は、相変わらずだったけど。


NEXT
BACK
EVENT ROOM
TOP


Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.