11
『どうしたのかな?平井君、誰とも付き合わなくなっちゃったみたいだけど』
『ことごとく別れちゃったから、もう付き合う相手がいなくなったんじゃない?』
『えぇ?あたしも告白しようと思ってたのにぃ』
『何で、あんたが?』
『だって、平井君は誰とでも付き合うんでしょ?なら、このあたしでも付き合ってもらえたかもしれないじゃない。一週間でもいいのよ、あんなカッコいい彼氏と付き合ったんだぁって事実があれば』
などということを平気で言う子もいたが、あたしとしてはあいつが普通になってくれただけでもホッとしている。
あっ、これは別にあたしがあいつのことをどうのこうのって、わけじゃないのよ?
ただ、一応幼馴染みだから女っタラシみたいな噂が立つのも嫌だし。
「あんた、真面目にしてるそうじゃない」
「あ?俺は、いつも真面目だろう」
―――どこがっ。
それにしてもどうしたことか、こいつったら急に真面目人間になってしまい、実のところあたしも驚いたりして。
「なぁ、可憐ちゃん」
「え?なっ、何よ。そんなマジな顔して」
「俺の家庭教師、してくんないかな」
「は?家庭教師?何で、あたしがあんたの家庭教師なんてしなきゃなんないのよ」
言っちゃぁ悪いが、こいつは成績がイマイチ。
頭が悪いわけじゃないと思うのよ。
あたしが思うに本気を出していないだけで、それは意図的にも思えたのだが…。
だからって、何で急にあたしに家庭教師なんてものを頼んでくるの?
受験はまだまだ、先なのに。
「頼むよ。俺、成翔学園に入りたいんだ」
「えっ、成翔に?」
―――何で、成翔?!
それはあたしが目指していた学校で、かなりレベルが高い。
でも、高校に入ってしまえばそのまま大学へ行けるメリットは大きくて、あたしも中学に入ってすぐこっそり受験勉強を始めていたところ。
でなきゃ、絶対入れないから…。
えぇぇってことは、もしかしてこいつと同じ高校へ行くことにぃぃぃ。
「可憐ちゃんも、行くんだろ?成翔に」
ニッコリ笑うあいつに「何で、それを知ってるの!」と言うと「何ででしょう?」なんて、惚けやがってぇ。
あぁ〜こいつと高校も、ううん、大学まで一緒ってことになっちゃうかも…。
それが、現実の物になろうとは…。
12
どうしたことか、あいつの家庭教師を押し付けられた…もとい、頼まれたあたしは毎日のようにあいつの家に上がり込んで勉強を教えている。
今もなんだけど、あいつったらものすごい真剣なのよ。
いっつも、オチャらけてるくせに。
それだけ、成翔に入りたいってことなんだろうけど、何でかしらね?
あたしがあの学校に入りたい理由はもちろん大学まで行けるっていうメリットがあるからなんだけど、実を言うともう一つあるのよね。
誰にも言ってないんだけど、こっちの方が重要なの。
それはね、成翔にはイケメンがたくさんいるって評判だから…あたしも素敵な彼氏を作って、高校生活をエンジョイしないとっ…。
「痛っ、ちょっとあんた!何するのよ。痛いわねぇ」
いきなり、あいつにシャーペンでおでこをコツンとやられたあたしは大げさに頭を抱えて痛さをアピールする。
―――だって、本当に痛いんだもん。
「お前なぁ、なんだか知らないけど鼻の下なんかデロっと伸ばして、何えっちなこと考えてんだよ」
「はぁ?何で、あたしがえっちなことなんて考えなきゃならないのよ」
ったく、こいつったら、わけのわからないこと言って。
ちょっとは当たってるかもしれないけど…。
「どうせ、男のことでも考えてたんだろ?」
「女っタラシのあんたに言われたくないわね。それより、早く問題解きなさいよ」
「あ?もう、とっくに終わってるけど」
「え?」
見れば、すっかり問題を解き終わっている。
あたしはそれを奪い取ると採点するが、驚くべきことに全てあっている。
―――何よこれ、全問正解じゃない。
いつの間に…っていうか、これならあたしに教えてくれなんて言わなくてもいいじゃないねぇ。
「すごい、全問正解」
「ほんと?ヤッター、やっぱ可憐ちゃんの教え方が上手いからだな」
「お世辞なんか言っても、何も出ないんだから。これなら、あたしが教える必要もないわね。今度からは自分でやってよね」
「えっ、冗談だろ?3年までって、約束じゃん」
「は?3年って…あたし、そんなこと言った覚えないんだけど」
「成翔に入りたいから俺は可憐ちゃんに家庭教師を頼んだんだし、それまでに決まってんじゃん」
まぁ、確かにそうは聞いたけど、あんたなら、もういらないわよ。
それより、あたしの方がヤバイかもしれないのに…。
「あんたなら大丈夫よ、あたしがいなくても」
「可憐ちゃんがいるから、頑張ってんだよ。一人になったら、怠けちゃうだろう?」
「何それ、意味わかんない」
平井のお母さんは料理がとっても上手で、お菓子も手作りで出してくれるし、たまに夕食もどう?なんてご馳走してくれるのは嬉しいんだけど…。
それにしても、3年なんてねぇ…。
溜め息を吐きつつ、あたしはあいつのお母さん手作りのロールケーキを美味しくいただいたのでした。
13
『ねぇ、平井君すごいね。学年で10番以内に入ったんだって』
『そうなの?頭も良くってカッコいいなんて。でも、どうしてそんなに急に勉強ができるようになったのかな?』
『それがね、凄腕家庭教師に教えてもらってるらしいのよぉ』
『凄腕家庭教師?』
―――誰よ、凄腕家庭教師って…。
っていうか、それって、もしかしてあたしのこと?!
まぁね、あたしの教え方が良かったのか、あいつったらいきなりテストで9番よ?
もちろんあたしは5番だったけど、このままいったらあいつに越されちゃうかもしれないっていう、危機感も持ってはいるんだけどね。
『そう。誰って言うのは詳しくわからないんだけど、怒るとものすご〜く怖いって話よ』
『えぇ?それって、女の人?』
『そうみたい』
『かぁ〜、それ強烈。勉強ばっかりしてる可愛くない女だよ、きっと』
ははは―――
二人の楽しそうな笑い声が、こだまする。
くっそぉ!!
あたしのどこが、勉強ばっかりしてる可愛くない女だっつうの!!
そりゃぁ、あたしは可愛くないけどっ。
勉強ばっかりしてるわけじゃないし、怒るとものすご〜く怖いってどういうことよ。
手取り足取り、優しく丁寧に教えてやってるのにぃ。
もうっ、頭きたっ!金輪際、家庭教師なんてやってやらないんだからっ。
◇
「何しに来たのよ」
あたしが家で不貞寝しているとなぜかあいつが家にやって来て、お母さんったらあいつのことをすっかり気に入ってるものだから、部屋まで入れちゃって。
「どうしたんだよ。今日は、家庭教師の日だろ?」
「怒るとものすご〜く怖くて、勉強ばっかりしてる可愛くない女になんか教えてもらってもつまらないでしょ?」
「はぁ?何だそりゃ」
あいつは勝手に床に腰を下ろすとお母さんが用意したジュースを飲みながら、クッキーを頬張ってる。
「どうでもいいから、もうあんたの家庭教師はおしまい。帰ってよ」
「何、怒ってるんだよ。可愛い顔が、台無しだろうが」
「よく、言うわよ。顔なんか見てないくせにぃ」
あたしはベットの端に座ってるんだけど、あいつはあたしの顔なんか見ちゃいない。
なのによくもまぁ、こんなこっ恥ずかしいことをを言えるもんだわ。
こうやって、女を口説いてるわけ?
「見なくても、わかるよ。可憐ちゃんが可愛いのは事実だし」
「え?」
なっ、何よ。
そんな、マジに言わないでくれる?
気持ち悪いから。
「誰に聞いたか知らないけど、勉強ばっかりしてる可愛くない女っていうのは間違いだな」
「やめてよ、気色悪い」
「本当のことだろ?あっ、でも、怒るとものすご〜く怖いっていうのは大当たり!」
「なんですってっ!」
「ほら。可愛い顔が台無しだって、言ってるじゃん」
くそっ…。
あたしが言い返せないことわかってて、こいつったらこういうこと言うんだから。
仕方なくテーブルに用意してあったジュースを飲むと教科書を広げた。
14
そんなこんなで、あいつとは学年が変わっても一緒に勉強を続けていた。
幸いにも、すご〜く怖くて、勉強ばっかりしてる可愛くない女の凄腕家庭教師はあたしだってことはバレてなかったんだけどね。
「可憐、今度の休みに遊園地に行かない?」
「遊園地?」
「そう。タダ券を4枚もらったから、どうかな」って、お誘いに来たのはやっぱり小学校から一緒で仲良しの千鶴(ちづる)。
あたしはちょっと勉強ができるだけの可愛げのない女だけど、千鶴は容姿端麗、成績優秀文句なし。
だけど、ただで遊園地は魅力的よね?
「行く行くっ」
「ほんと?可憐ったら、最近付き合い悪いから無理しなくてもいいのよ?」
「え…だっ大丈夫、全然オッケー」
休みの日まで、あいつの勉強なんてみないわよ。
ただね、なんだかんだいって忙しかったから普段は誘いを断ってたの。
「じゃあ、平井君を誘ってくれる?」
「げっ、なんで…」
なんで、あいつを誘うわけ?
「いいじゃない。可憐、仲良いし。あたしは、吉田君を誘うから」
「えっ、吉田君?」
やだぁ、吉田君って言えば超カッコいい男子よ?
そう言えば、千鶴って吉田君と家が近所だったわね。
あ〜ぁ、あいつじゃなくって、吉田君が近所に住んでてくれたらいいのぃ。
あれ?ってことは、千鶴はもしかして平井が好きだったりするわけ?!
えぇ〜何で、平井よぉ。
千鶴には、もったいないってぇ。
「痛っ、何すんのよ」
「何、ボケっとヨダレ垂らしてんだよ」
「えっ、うそ、ヨダレ?」
突然頭をあいつにド突かれたが、吉田君のことを考えていてヨダレとは。
慌てて口を拭うものの、そんな気配はない。
「ちょっとっ、ヨダレなんて出てないじゃない」
「あ?今、出そうだっただろ」
「こらっ、あんたっ」
何で、あいつなのよ。
トホホ…。
「可憐って、平井君と仲が良くっていいなぁ」
「え?あたしは、仲なんて良くないってば」
千鶴の目は、既にあいつに飛んでるし…。
どこがいいのかな、あいつなんて。
15
「ねぇ。今度の休みなんだけど」
あいつの部屋で、相変わらず勉強を続けていたあたし。
もう、10番以内っていうのは定着したし、模試でもこのまま行けば成翔には合格できるという判定も出ていた。
なのにあいつったら、家庭教師をやめないでって言うの。
ほとんど教えることもなくて、ただ二人で勉強しているだけなのに…。
「あ?今度の休みがどした」
「遊園地に行かない?」
「へぇ〜可憐ちゃん、俺のことがとうとう好きになったんだ」
「はぁ?誰があんたなんか、好きになるのよ。誤解しないで」
ポカッ!!
「痛ってぇなぁ。殴ることないだろ。それにそこまで言わなくても…俺、凹んじゃう」
な〜にが、『凹んじゃう』よ。
可愛い子ぶってんじゃないっつうの!
「誘われたのよ、千鶴に。あとね、吉田君も。だから、4人で行こうって。千鶴がタダ券を4枚もらったから」
「ふぅぅん、そういうことか。俺はてっきり、可憐ちゃんと二人っきりだと思ったのにさ。何で、吉田なんだよ」
ベットに寄りかかるようにして天井を見上げる、あいつ。
吉田君とは仲が良かったはずなのに喧嘩でもしたのかしら?
「千鶴が吉田君とは家が近所で、仲良しみたい。でも、あんたも吉田君とは仲良かったじゃない」
「そうだけどさ。あいつ、可憐ちゃんのこと狙ってんだよな」
「えっ、ちょっ、それ、ほんと?」
うそうそ、吉田君、あたしのこと…やだぁ。
「痛っ、何すんのよ」
「ヨダレ」
「えっ、うそ、ヨダレ?」
突然頭をあいつにド突かれたが、またもや吉田君のことを考えていてヨダレとは。
慌てて口を拭うものの、しかしそんな気配はない。
「ちょっとっ、ヨダレなんて出てないじゃない」
「あ?今、出そうだっただろ」
「こらっ、あんたっ!またっ」
「わかった、行くよ。今度の休みだったよな」
「うっ、うん」
何よ、急におとなしくなっちゃって…。
変なの。
だけど吉田君、あたしのこと…きゃぁ〜。
浮かれ気分のあたしをあいつは複雑そうな顔で見ていたことなど、気づくはずもなかった。
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