16
何着ていこうって散々悩んで、あたしはお気に入りのパフスリーブのカットソーに動きやすい半端丈パンツ。
吉田君、“”可愛いっ“”とか言ってくれないかなぁ…。
「可憐ちゃん、遅いっ」
家に迎えに来たあいつ。
普通のTシャツにジーパンという格好にキャップをかぶっているだけだが、わりと、いや、かなりサマになっている。
パッと見、高校生と見間違うほど体格のいいあいつは、やっぱりカッコいいのかも…。
「あっ、ごめん。もうちょい、待って」
「いいじゃん、いくらやっても同じだって」
失礼なっ!
その後、あいつが言った「どんな可憐ちゃんでも、可愛いんだから」という言葉など、耳に入っていないあたし。
あんたには同じに見えても、あたしには違うのよっ。
この毛先が上手くいかないんだから、しょうがないでしょ?
玄関先の鏡で一生懸命直しているんだけど、どうしても気に入らない。
「ほら、行くぞ」
「やだっ、待ってって言ってるのにぃ」
なんて言葉は、「おばさん、行ってきま〜す」というあいつの言葉に掻き消されてしまう。
もうっ、わかったから、手を離してって。
「ねぇ、離してよ」
「あ?」
「手」
「いいじゃん、別に減るもんじゃないし」
減るもんじゃないしって…あんたに触られると減るのよっ!
それに誰かに見られでもしたらっ。
「やぁ、平井君に乃木さん」
げっ、その声は…。
わっ、わっ、わっ、慌ててあたしはあいつの手を振り払う。
よりによって、吉田君に会うなんてぇ。
千鶴に見られでもしたら、大変じゃないよっ。
「よっ、吉田。ちょうどいいところで会った。早くしろって言うのに可憐ちゃんったら、トロくって。あれ、彼女は?」
トロくて、悪かったわねぇ。
そう言えば、千鶴は?見当たらないようだけど。
キョロキョロ見回してみるも、後から来る気配もない。
「あぁ、女性は色々大変みたいだよ。僕は先に行って、二人を待ってるように言われたんだ。すぐ、に追いつくと思うけど」
「そっか。まぁ、髪型が決まらないとか、女の子は気にするからな。俺達は構わないよ」
は?何それ、あたしにはいくらやっても同じだとか言ってたくせにぃ。
ムカつくっ。
えっ…。
「前髪、乱れてる。俺が、急がせたからかな」
ニッコリと微笑んだあいつの指が、あたしの前髪に軽く触れる。
ヤダ…なんなのよ。
わけもなく、心臓がドキドキして、あいつの顔をまともに見ることができなかった。
17
「ごめんね、遅くなって」とすぐに千鶴がやって来て4人は遊園地に向かうものの、彼女はあいつが気になって仕方がないという様子。
支度に時間が掛かったのは、髪を可愛くアレンジしていたから。
―――あぁ〜あたしも、千鶴みたいにするんだったなぁ。
あいつが、せかさなければっ。
「ねぇねぇ、平井君。カッコいいね」
「そう?普通じゃない?」
あたしには、吉田君の方がよっぽどカッコいいと思うけど。
あいつと並んでもそんなに背丈は変わらないし、何より物腰が柔らかいのよ。
「そんなことないって、大人っぽくて高校生みたいだもん」
「あぁ。デカイからあいつ。でも、吉田君だって同じじゃない?」
「そうなんだけど、あたしは平井君みたいな俺に付いて来いってタイプが好きなの。吉田君は、優し過ぎる」
なるほど、そういう子もいるのね。
遊園地に着くと、家族連れやカップル、それにあたし達のような友達同士のグループでにぎわっていた。
「何から乗る?」
という、吉田君の問い掛けにあたしを除いた二人は、元気よく「ジェットコースター」と答える。
あたしはというとこれが見掛けによらず、めちゃめちゃ絶叫マシンが苦手。
ぶってるとでも、なんとでも言って。
嫌いなものは嫌いなんだから、しょうがないでしょ?
「じゃあ、ジェットコースターに決定」
「え…」
「もしかして、乃木さんはジェットコースターが苦手?なら、違うものにする?」
優しい吉田君が気を利かせて言ってくれたのにあたしったら、つい「ううん。そんなこと…ないよ」なんて言っちゃって…。
どうしよう、手に汗も滲んできたし…。
こんな時に強がったって、仕方ないのに…。
「あっ、痛たたたた。急に腹がっ」
突然、お腹を両手で押さえるとその場にしゃがみこんでしまったあいつ。
何よ、急に。
なんか、変な物でも食べたんじゃないの?
「あんた、大丈夫?朝から、変なもん食べたんじゃ」
「そうかも。可憐ちゃん悪い、付き合って」
「付き合うって、どこへっ」
あいつったら、吉田君と千鶴に「先に乗ってて」と言うとあたしの手を引っ張って列を離れた。
「ねぇ、大丈夫なの?医務室行く?」
「あ?大丈夫だよ」
「へ?」
さっきまでとは打って変わって、この男は元気に歩いてる。
えっ、もしかしてお腹が痛いっていうのは嘘?
何で、嘘なんか…あっ、まさか…。
「もしかして、あんた」
「可憐ちゃん、苦手なものは苦手って言わなきゃダメだろ」
「だって…」
「だってじゃないだろ?ったく」
背に向かって「ありがと」って言うと「どういたしまして」って、あいつはニッコリ微笑んだ。
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「平井君。お腹、大丈夫?」
「あっ、平気平気。なんか、朝飲んだ牛乳にあたっちゃったみたいで」
心配そうな千鶴に、あははと笑うあいつ。
おかげであたしはジェットコースターに乗らなくて済んだけど、ほんとはあいつも乗りたかったのよね?
悪いことしちゃったな。
「乃木さん、やっぱりジェットコースターが苦手だったんだね」
「え?うっ、うん」
吉田君には、あいつの演技がわかったみたい。
「平井は乃木さんのこと、全部お見通しなんだな」
「そんなこと」
なくもない?!
あたしったら、結構、あいつに読まれてるもんね。
「乃木さんは平井のこと、好きなの?」
「えぇぇっ、どっどうして?」
うわぁっ、吉田君ったら、いきなり単刀直入に聞いてくるわね。
ひっくり返るかと思ったじゃないの。
「そうなのかなって。仲良いしさ」
「特にそんなふうに思ったことはないんだけど、普通に友達って感じだし」
「ほんと?なら、僕と付き合ってくれないかな」
「へ…」
つっ、つっ、付き合う?!
ヤダぁ、嬉しいけど、どっどうしよう…。
あいつは、吉田君があたしのことを狙ってるとかなんとか言ってたけど、まさか…ほんとにそう思われてたなんて…。
「ダメ?」
「ううん、ダメなんてこと」
「じゃあ、いい?」
断る理由なんてもちろんないから、即行「うん」って領いてたあたし。
こんなに早く、彼氏ができるなんて。
それに超カッコいい、吉田君よ?
かぁ〜ヤッタ!!
思わずガッツポーズしたあたしを、あいつは複雑な表情で見つめていた。
19
吉田君に告白されたあたしは、浮かれ気分で千鶴も、もちろんあいつも眼中にない。
それに彼はね、お昼にみんなでハンバーガーを食べている時、『口元にマヨネーズが付いてるよ』と、気付かれないように拭ってくれたんだけど、その後、耳元で叫くように『遅くなってごめんね。今日の乃木さん、可愛いね』って…。
きゃーーっー!!
欲しい言葉をサラっと言ってくれるあたりは、さすがっ。
あいつとは大違い。
だけど、あいつも千鶴と一緒がまんざらでもない様子。
彼女、可愛いしね。
でも、もう誰とも付き合わないとか言ってたけど、あの二人は付き合っちゃうのかしら?
あたしにはそんなこと、どうでもいいんだけどっ。
「乃木さん。僕も可憐ちゃんって、呼んでいいかな?」
「えっ、うん。いいよ」
恥ずかしいけど、やっぱり嬉しいな。
あいつに言われても、どうってことなかったのにねぇ。
相手が彼氏?だと特別な人になったみたい。
「そうだ。可憐ちゃん、観覧車に乗る?」
「えっ、観覧車?乗る乗るぅ」
彼氏と観覧車。
夢だったのよ。
二人っきりで、夕暮れ時をロマンチックに過ごす。
そして、その後は…。
いやぁ〜あたしったら、何を考えてるのよ〜。
あっ…。
あたしの大事なファースト・キッスをあいつに…。
奪われちゃったんだ…。
もう少し早かったら、吉田君がファースト・キッスの相手だったのにぃ。
あ〜ぁ。
あれはあれ、悔やんでもしょうがないけど。
でもでも、これであたしの将来、変わっちゃうかもしれないのよ?
もしも、このまま吉田君と付き合ったと仮定して、それでもファーストキッスの相手があいつなんて…。
「可憐ちゃん、どうしたの?」
「えっ。ううん、何でもない」と、彼の横に並んで歩くあたしは、なんだかちょっと複雑な心境だった。
20
「平井君、見てみて。すっごい綺麗」
「そうだな」
あたしは夢だった観覧車に今、吉田君と二人っきりで乗っているはずだったのに…なぜか千鶴とあいつまで…。
確かに千鶴の言うように夕暮れの景色はとっても綺麗よ?
綺麗だけど…。
はしゃぐ二人を横目にあたしのテンションは、どんどん下がる一方。
「可憐ちゃん。もしかして、観覧車も苦手だったんじゃ」
そんなあたしを気遣ってか、吉田君が心配そうに話し掛ける。
ジェットコースターはダメだけど、高いところは案外平気。
ただ、せっかくのチャンスだったのに…ちょっと残念だっただけ。
「ううん。大丈夫」
「ほんと?ならいいけど」
優しく微笑む彼にこんな顔を見せちゃいけないって思うんだけど…。
それにしても、あいつったら妙に楽しそうねぇ。
ここにはあなた達以外にもいるってこと、忘れてない?
吉田君と二人っきりで乗れなかったことが不満だったはずなのにあんなの見せ付けられて…何なのよ、このモヤモヤは…。
駅で千鶴と吉田君達と別れ、あいつと途中まで歩いて帰る。
微妙に会話がなくて、キマズイ空気が流れ…。
「吉田と付き合うのか?」
「え?」
あたしはその場に立ち止まると、あいつのことを見上げる。
心なしか、声もそうだったけど、顔も怒っているような…。
「付き合うのか?」
「あんたには、関係ないでしょ。あたしが誰と付き合おうと」
どうして、こんな言い方をしてしまったのだろう。
「そうだな。可憐ちゃんが誰と付き合おうと、俺には関係ないよな」
そう言って前を歩いて行ってしまったあいつの背中が、どことなく寂しそうに見えたような気がした。
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