21
「えっ、もう勉強しないの?」
「吉田と付き合うんだろ?だったら、俺と勉強してる場合じゃないだろうし、誤解されても困るから」
確かに平井の言う通り、吉田君とは一応付き合うことになったわけだし、一緒に勉強していることを知ったらいい気持ちはしないだろう。
もう、勉強を教えているわけでもないから、やめても問題ない。
「わかったわよ」
「何だよ。あれ?可憐ちゃん、もしかして俺と勉強したかったりする?」
「はぁ?そんなわけないでしょ。バカ言わないでっ」
どうしてこの男は、こういうわけのわからないことを言うの?と思っても、本当は寂しかったりもする。
別にどうこうってわけじゃないんだけど、ずっと同じ高校を目指して一緒に勉強してきたんだもん。
「可憐ちゃんのおかげで俺もすっげぇ成績上がったし、親なんかめちゃめちゃ喜んでんだ。これで成翔にも多分、行けると思うから。感謝してるよ」
「何よ、気持ち悪い」
「気持ち悪いって、失礼だな。俺は礼を言ってるのに」
口を尖らさせて言う、あいつ。
そうなんだけど、面と向かって言われると変な感じ。
それになんか、永遠の別れみたいじゃない。
「また、わからないことがあったら教えてあげる」
「あぁ、そん時はヨロシク頼むわ」
「じゃあ」と手を上げて、行ってしまったあいつ。
「可憐ちゃん、一緒に帰ろう」
そこへ来たのは、吉田君。
「あっ、吉田君。うん」
あたしは、彼と付き合うんだから。
もう、あいつとは関係ないんだ。
22
吉田君と肩を並べて歩く。
彼の家は真っ直ぐ行ったところにあるんだけど、あたしの家は途中で右に曲がらなければならないから、一緒に帰るといっても5分ちょっとの道のりだけ。
「可憐ちゃん、今度の休みに映画を見に行かない?」
「映画?」
「アクション物なんだけど、可憐ちゃん苦手かな?」と吉田君に誘われた映画は、今週末公開の話題の新作映画。
あたしも見に行きたいなと思っていた映画だったから、このお誘いはちょっと嬉しい。
それに彼氏と初めてのデートだし。
「ううん、それあたしも見たかったの」
「ほんと?じゃあ、行こう」
「うん」
もしかして断られるかもしれないと思ったのか、不安そうな顔の吉田君だったが、それが一気に笑顔に変わる。
―――あぁ、カッコいいな。
でも、彼は爽やかでモテるから、こんな笑顔を見せられると隣にいるのが本当に自分なんかでいいのかどうか、信じられない気持ちでいっぱいになる。
「可憐ちゃん、どうかした?」
「えっ?ううん、何でもない」
「じゃあ、僕はここで。また明日」
「じゃあね」
彼と道で別れた後も、そんなことが頭を過る。
すると、見知った制服姿の男子があたしの横を通り過ぎた。
「ちょっと、平井。何、無視してんのよ」
「あ?」
惚けたようにあいつは振り返る。
「あ?じゃないでしょ。なんか、気分悪い」
あいつは、あたしが前を歩いていることを知っていたくせに無視して通り過ぎようとしたなんて。
ちょっと、ひどいんじゃないの?
「俺は、乃木さんとは関係ないから」
「関係ないって…」
…今、乃木さんって言った?
「じゃあな」と行ってしまったあいつの後姿を見送りながら、ものすごく寂しい気持ちになったのはなぜなんだろう…。
23
吉田君との初めてのデートは、楽しかった。
映画も評判通りすっごくおもしろかったし、見終わってからファーストフード店に寄って、いっぱい話しもして、ウィンドウショッピングもした。
楽しかったけど、なんか心から楽しめなかったのは、あいつの態度なのよ。
学校や道端で顔を合わせても、決まりきった挨拶しかしない。
別にあたしに彼氏が出来たって、あんなに態度を変えることないじゃない。
嫌われてるのかなって、気になるのよ。
別にあいつに好かれたいわけじゃないんだけど…。
「可憐、どうしたのよ〜。そんな浮かない顔してぇ」
窓の外をボーっと見つめていたあたしを心配してやって来た千鶴が、「吉田君と喧嘩でもした?」と顔を覗き込む。
「ううん、喧嘩なんてしないよ?だって、吉田君は優しいもん」
「うわぁっ、人が心配してきてあげたっていうのにぃ。ノロケかいっ!」
ベッタリと机に突っ伏す、千鶴。
心配掛けてごめんねって思うけど、彼は優しいから喧嘩なんてしないっていうのは本当のことだから。
「じゃあ、どうしたわけ?」
「ん?別にどうもしないけど」
「けど?」
なんだか歯切れの悪い言い方が、千鶴には引っかかったよう。
「あいつがさ」
「あいつ?あいつって」
「平井がね、あたしが吉田君と付き合うようになったら、余所余所しくなったっていうか。今まで、名前で呼んでたくせに急に乃木さんなんてさぁ。なんか、嫌だなぁって」
「そっかぁ。でも、彼なりに気を使ってるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど」
「もしかして可憐。平井君こと、好きになっちゃったとか?」
「えぇぇっ?そっ、そんなことない。ぜったーいないもん。あり得ないって」
あたしが、あいつを好き?
そんなことあるはずがない。
神様に誓っても、絶対ないもん。
「そうかなぁ」
「そうだってばぁ」
「彼さぁ。誰にでも優しいから、つい誤解しちゃうのよ。でもね、心の中では誰かを一途に思ってる感じなのよね?」
「だから平井君、あたしのこと好きなのかなって、勝手に舞い上がっちゃったの」と話す、千鶴。
―――心の中では誰かを一途に思ってる?
あいつが?
それが誰かなんてあたしにはわからなかったけど、なんだか胸のモヤモヤがどんどん大きくなっていくような気がした。
24
秋の京都・奈良への修学旅行も、あいつとあたしの関係は以前のようなものに戻ることはなく。
同じ班で回ったのにちっとも話してくれなくて…。
他のみんなはお土産屋さんに入っていて、今はあいつと二人きり。
「ねぇ、平井」
「あ?何、乃木さん」
「それ、やめてくれない?あたし、あんたにそんなふうにされるの嫌なの」
吉田君とは付き合ってはいるものの、手を握るでもなく、ましてやキスなんてものは…。
あたしのことをどう思っているの?
時々わからなくなるけど、相変らず優しい笑顔を向けてくれる。
でも、それよりあいつとの関係がこんなのは耐えられなかった。
いつもみたいにおちゃらけてくれた方が、どんなにいいか。
「どうした?吉田と何かあったのか?」
「ううん、何もない」
「そっか」
それ以上、あいつは口を噤んだまま何も言おうとしない。
―――黙ってないで、なんとか言いなさいよ。
せっかくの修学旅行なのに…。
「痛〜いっ、何すんのよぉ」
いきなり、あいつに指で両頬を引っ張られた。
そんなに引っ張ったら、伸びちゃうわよぉ。
「元気出せって。俺は、笑ってる可憐ちゃんが好きなんだからさ」
「それは、あんたが悪い―――」
―――今、可憐ちゃんって言った?
なんだか、ものすごく懐かしく感じる。
嬉しいって思うのは、どうしてかな。
「ごめん。可憐ちゃんがそんなふうに思ってたなんて、気が付かなかったから」
「何か気持ち悪い」
「そういうこと言うか?」
あいつはガックリしながら、道端の小石を軽く足で蹴る。
だって、他に何て言っていいのかわからなかったんだもん。
「ねぇ、あそこのお店可愛くない?入ろ?」
「あ?あぁ」
「早く早くぅ」あたしがあいつの背中を押すと渋々という顔で、それでも目はすごく優しかった。
25
「可憐ちゃんは、成翔学園に行くんだよね?」
「うん。中学に入った時から、ずっと決めてたし」
「そっか」
時が経つのは早い。
3年生に進級したあたしは、隣を歩いている彼氏の吉田君と共に受験生。
ずっと成翔学園目指して、コツコツ勉強を重ねてきたのだった。
(成翔にはイケメンが多く、彼氏を作るためっていうのは吉田君にはナイショ…)
そこにはなぜか、あいつも一緒だったけどね。
「吉田君は、公立?」
「うん。僕のうちは、親が公立でって言うからさ。そこから、国立大を目指せって」
吉田君の家では、高校は公立と決めているらしい。
それもトップのね。
彼ならきっと大丈夫だと思うし、国立トップの大学にだって入れるかもしれない。
「吉田君なら、大丈夫」
「そうだといいんだけどね」
二人の会話が暗いのは、そうなれば離れ離れになってしまうから。
付き合い始めてからずっと、喧嘩らしい喧嘩も一度もしたことがない。
優しい彼は、いつだってあたしを優先してくれる。
それが重荷にならなかったわけじゃない。
ただ、付き合うっていうか恋愛ってこうなのかなって疑問はあった。
もっと、胸がキュンってなったり、時には切なくなる時もある。
そういうことが恋することなんだって子供ながらに知っていたつもりだったけど、でも吉田君とはそれが少し違うような気がしていた。
恋人同士というか、友達の延長線上のような…。
「平井も志望校は、成翔学園なんだよね?」
「え?うっ、うん」
いきなり、あいつのことを出されてどもってしまう。
別に動揺することなんてないのに…。
「いいな。可憐ちゃんと同じ高校に通えて」
「吉田君」
「高校は別々になっても、今まで通りだよね?僕達」
「うん」
吉田君の言葉がなぜか、今のあたしにはちょっぴり痛かった。
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