26
夏休みの間だけ、あたしは夏期講習に参加することを決めた。
学校の成績は良くても受験とは違う、自分の実力がどのくらいなのかも試してみたかったし、吉田君も通うと言っていたから一緒にと思って。
なのに…。
「よっ、可憐ちゃん」
「げっ…どうして、あんたがここに」
「ひどいなぁ、げって今言ったでしょ。俺も今日から通うことにしたんだ。ヨロピク」
―――何が、ヨロピクよ。
でも、あいつまで一緒とは…。
それになんだか、女子生徒の視線も浴びちゃってるのよね。
中学3年にもなるとただでさえ大人びていたあいつは、より一層男っぽくなって噂ではうちの学校でも1,2を争うほどの人気。
もう一人は吉田君のことだったから、あたしは両手に花?!
ちょっと妬まれることもあったけど、影であいつが助けてくれていたみたい。
千鶴に聞いた話だけどね。
「ヨロピクなんてつまんないギャグ言ってないで、早く行かないと席が後ろになっちゃわよ?」
「おっ、そりゃマズイ」
ちょっと受付に用事があった吉田君も合流して前の席を確保する。
大きな塾だったから、前の方に座らないと先生が書く黒板の文字がよく見えないという理由。
席は、あたしの左側に吉田君で右側にあいつ。
ふと、視線を向けてみると真剣な表情でノートを取っているあいつの顔が。
おチャラけてる時とは全然違う。
「可憐ちゃんが俺のこと見惚れる気持ちもわかるけど、テキストを見た方がいいんじゃない?」
いきなり体が近付いてきたと思ったら、耳元で囁くように…。
―――だっ、誰が見惚れてっ!!
実際、見惚れてたんだけど…。
悔しいけど。
あたしはあいつのノートに“バーカ”と大きく書くと、テキストに目を向けた。
27
「可憐ちゃん、あれ?吉田は?」
夏期講習も半ば、みんなも少しバテ気味ではあったが、吉田君もその一人。
熱はないが、体がダルイといって今日はお休み。
「今日はお休み。夏バテだって」
「夏バテ?男なのにしっかりしろよな」
至って元気なあいつは、いつもの定位置の席を確保する。
あたしはあいつの隣に座ったけど、反対側が空席でちょっと寂しい。
帰りに今日勉強したところのノートを持って行ってあげようかな。
「まっ、可憐ちゃんと二人だから、いっか」
「それ、どういう意味?」
「ん?やっと、二人っきりになれたと思ってさ」
―――全然、意味わかんない。
二人っきりになれたって、何にもいいことないじゃない。
あんたとなんて…。
「何か、いいことあるわけ?」
「俺はね」
ニコニコ嬉しそうにしてるあいつ。
―――変なの。
でも、なんか落ち着かない…。
吉田君が隣にいると何でもないのに、あいつと二人になるとわかんないけど何かが違う。
今までそんなこと、思ったことなんてなかったわよ?
それは、お互いが成長しているってこともあるかもしれない。
子供の頃とは違う…。
「可憐ちゃん」
「なぁに?」
「ブーっ」
あいつに名前を呼ばれて横を向いたら、指をほっぺにぐにゅってされた。
何、子供みたいなことしてんのよ。
さっきは、子供の頃とは違うって思ったのにね。
「バ〜カ」
口ではそう言ったけど、あたしの顔はいつになく笑顔だった。
28
ほとんどを夏期講習で過ごした夏休みが終わると、一気に受験ムード。
最終段階の模試でも合格圏に入っていたが、あたしはどんどん不安になって、気持ちはブルーになるばかり。
心配させるといけないと思って、吉田君の前では笑顔を振りまいていたけど、あいつだけはなぜか誤魔化せない。
「可憐ちゃん、どうした?」
「え、どうしたって何?」
ワザと、あいつの言葉の意味がわからないフリをする。
だって、心配されるの嫌なんだもん。
「元気ないみたいだから」
「そんなことないよ。あたしは、いつも元気だもん」
痛っ―――。
何すんのよ、痛いじゃない。
あいつにおでこをデコピンされた。
「嘘つけ。顔に書いてるぞ?」
「何て?」
「不安だって」
―――ヤダ。どうして、そこまでわかるわけ?
っていうか、あんたは不安じゃないの?
合格圏に入ってるから?
余裕に見えるあいつ。
いくら、模試で合格圏に入っていたって、必ずなんてことはない。
もしかして…。
「あのなぁ。俺だって、同じなんだぞ。みんな不安なんだからな」
「平井もそうなの?合格圏に入ってるのに?」
「当たり前だろ。っつうか、可憐ちゃんの方が俺より成績いいんだぞ?なのに俺が自信持てるわけないじゃん」
「だってぇ…」
「大丈夫だよ。俺達、頑張ってるじゃん。絶対合格して、一緒に成翔行こうぜ」
「平井」
一緒にという言葉が、今はとっても心強く感じる。
―――そうよね、頑張ってるんだもん。
絶対、合格しなきゃ。
「久し振りに俺の家で勉強してみる?」
「え?」
一瞬迷ったけど、あたしはなぜか「うん」って頷いてた。
29
「平井、どうしよ…」
「大丈夫だって、言ってんじゃん。ほら」
手袋をしたあたしの手をあいつが握る。
それだけで力をもらったような気になって、心が落ち着いてくるから不思議。
今日はとうとう、成翔学園高等部の受験当日。
公立より一足先の受験だったから、吉田君にはおまもりと頑張っての言葉をもらったけど、やっぱり不安。
あいつにもらった一緒に行こうの言葉を胸に頑張ってきたし、自信ももちろんあったが、今は何をやっても絶対なんて思えない。
「落ち着いた?」
「うん、ちょっと」
「俺達、頑張ったんだ。それでダメでも、悔いはないだろ?」
そう。
平井の言う通り、頑張ったんだもの落ちたって悔いはない。
それよりも、合格することだけを信じて望むしかないのだから。
「平井がいてくれて、良かった」
うちの中学からの受験者は、平井とあたしの二人だけ。
もし、あたし一人だったら、重圧に押しつぶされて試験を受ける前に負けてしまったかもしれない。
「吉田じゃなくて、俺?」
「今はね」
「なんだ。今はか」
ガックリ肩を落とす平井。
だって、本当のことだもん。
今だけは吉田君じゃなくて、平井がいてくれて良かったって思う。
お互い進む道が違うのは仕方ないし、でもそれだけじゃないのかも。
ずっと側にいたからかな、それとも…。
「もう、平気。あたし、頑張る」
「あぁ」
大きく深呼吸をすると、あたしとあいつは戦いの場に足を踏み入れた。
30
試験は難しかったけど、取り敢えず全部解いた。
まぁ、やり遂げたって満足感と、これであたしの3年間が終わってしまうかもしれないっていう現実が入り混じって、想像以上に複雑な心境だった。
「可憐ちゃん、どうしたよ」
帰りの電車の中でも、こんな調子のあたしにあいつは心配そうに声を掛ける。
「なんか、終わっちゃったなって。やるだけやったんだからって気持ちと、もっと頑張っておけば良かったって後悔が…」
「過ぎたことを考えても、仕方ないさ。これで俺達も受験から解放されるんだし、パーッと遊びに行こうぜ?」
「それは、合格してからでしょ?」
パーッと遊びになんて暢気なことを。
そんなこと、合格発表が終わって無事、成翔学園に入学できたら行くけど。
今は、そんな気になんてなれないもん。
「合格してからじゃなくて、今。もし、落ちてたら次の受験に向けて勉強しなきゃなんないわけだしさ」
「そうだけど…」
「じゃあ、決まり。まず、カラオケ行って思いっきり歌お」
受験した帰りにカラオケなんて…。
なんだか不謹慎なように思えたけど、これが行ってみれば結構楽しかったのよ。
っていうか、何もかもを忘れることができたと言ってもいいかもしれない。
大声出して歌い捲くったら、合否の心配なんてその時はどっかに飛んでいっていた。
これも、あいつのおかげなのかも。
そして、合格発表は次の日。
明日、あたしとあいつの運命が決まる。
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