あいつとあたし。
7

31

あいつにカラオケに誘ってもらったおかげで夜はすっきり眠れたが、今朝目覚めたらまたまた不安が全身を駆け巡る。
あと、数時間後には薔薇色に満ちた高校生活が送れるかどうかが、決まってしまうのだから。

「平井〜」
「そんな声出すなよ。可憐ちゃんらしくもない」
「だってぇ」

―――ねぇ、どうして平井は、そんなに強くいられるの?
自信があるから?
それとも…。

「大丈夫だって言ってるじゃん。俺達頑張ったんだから、絶対受かってる」
「平井はどうして、そんなに自信満々でいられるの?不安じゃないの?」
「あ?俺だって自信満々なんかじゃない、不安だし。ほら、触ってよ」

『触って』よって言われて、あいつの手にそっと触れると…。
微かに震えている。

「可憐ちゃんと一緒だから」
「え?」
「一人じゃないんだって思ったら、不安な気持ちもどっかに飛んで行くさ」

―――そうだよね。
一人じゃないんだもん。
これからの3年間も、平井と一緒に過ごすんだから。

「あ〜ぁ。また3年間、平井と一緒?」

わざと嫌味っぽく言ってみる。
一応、顔は笑ってね?

「そう、一緒。この際だから、ず〜っと一緒でいいじゃん」
「えぇ〜やだぁ、ずっとなんて」

この時はこんなことを言ってたんだけど、まさかねぇ…。

「あったっ!平井」
「可憐ちゃんも」

お互い、自分の番号じゃなくて相手の番号を確認してた。

でも、良かったぁ。
二人で合格できて。

32

「可憐ちゃん、おめでとう」
「ありがとう、吉田君」

先に合格したあたしを心から祝福してくれた吉田君。
公立の試験を受ける彼はこれからだから、あんまり大げさに喜べないんだけど。

「すごいね、平井と一緒に合格したなんて」
「うん。ほんと良かった」

一人だけ落ちたりしたら悲しいけど、二人一緒に合格できて本当に良かったと思う。
これで、高校まで同じっていうのは、あいつだけになっちゃうけどね。

「僕も、二人に負けないように頑張らないとな」
「吉田君なら、きっと大丈夫。お守り買ってきたから」
「ありがとう。なんか、自信ついてきたな」

吉田君にもらったお守りのお返しに、あたしも合格の神様にお祈りしてきてお守りを買ってきた。
彼が目指しているのはこの地域で一番難しい学校だから大変だと思うけど、でもきっと大丈夫。
必ず合格するって信じてるもん。

「頑張ってね」

あたしはあいつにされたように彼の手を握ると、少し照れくさそうに「うん」と力強く頷いた。



「ねぇ、大丈夫かなぁ」
「あ?可憐ちゃんがそんなに心配しなくても、あいつなら大丈夫だろ」
「そうだけど」

自分の時も、ものすごく心配していたあたしは、今度は吉田君のことで同じくらいドキドキ落ち着かない。
一人でいると気になってしょうがないから、なぜかあいつの家に来てるんだけど…。

「ほら、ゲームでもやろうぜ」
「うん…」

側でこんなあたしを見てるあいつも、迷惑だったと思う。
でも、そんなこと言わずに相手をしてくれたことに感謝しないとね。

33

やっぱり、吉田君。
あたしが心配する間もなく、すんなり第一志望の高校に合格。
そして、忘れていたわけじゃないんだけど、千鶴も吉田君と同じ高校に合格した。

「千鶴も、おめでとう」
「ありがと。っていうか、“も”は余計。まぁね、可憐にはあたしのことより、吉田君のことが心配だったんでしょうしぃ」
「そんなことないって。でも、良かった。みんな合格できて」

それぞれ、違う学校に通うことになるのはちょっぴり寂しいけれど、みんな希望の学校に合格することができて本当に良かったと思う。

「だけど、寂しいね。可憐は、吉田君と離れちゃうし」
「うん。しょうがないって思うけどね」
「大丈夫?ちゃんと付き合っていけるの?」
「え?」

高校に合格することで頭がいっぱいだったあたしには、その先のことなんて考えていなかった。
吉田君とはいい関係を続けて行きたいとは思うけど、正直このまま付き合っていていいのかなって…。
未だにキスはあいつに奪われたファースト・キッスだけだし、彼はあたしのことをどう想っているのかわからなくなる時もある。

「成翔って、イケメン揃いで有名なんでしょ?そりゃあ、吉田君もカッコいいけど、周りにいい男がゴロゴロしてたら、目移りしちゃうもんね」
「はぁ?あたしは…」

最初の目的がそうだった…。
イケメン揃いの成翔学園に入って、素敵な彼氏を作る。
既に素敵な彼氏はできたんだけど、こればっかりは行ってみなければどうなるか…。

「そうならないように祈ってるから」

ニヤッと笑う千鶴を口を尖らせて睨むあたしだったが、これからどうなるんだろう…。
恋すること、人を好きになることって…。
まだ子供だったあたしには、理解できなかった。

34

中学校の3年間はあっという間だった。
楽しい思い出もいっぱいいっぱい作ったし、素敵な彼氏もできた。
だけど、別れはすぐそこまで近付いている…。

「吉田君、高校に行ってもずっと仲良くしてね」
「うん。可憐ちゃん、僕のこと、忘れないでね」

「電話するから」って、固く握手した。
これが永遠の別れになるわけじゃないんだけど、学校で会えなくなると思うとちょっと寂しい気がする。
家もそんなに遠くないし、会おうと思えばいつでも会える。

「平井、可憐ちゃんのこと頼むな」
「あ?まぁ、俺でできることなら」

いきなり振られて適当に答えたあいつだったけど、一人っきりじゃないんだなって思ったら、なんだかホッとしたりして。
自分で選んだ道だけど、知っている人がいないのは心細いから。

「吉田君、千鶴をお願いね」
「うん。彼女は社交的だから、大丈夫だと思うけどね」

こんなふうに別れを惜しんでいる3人とは違って、千鶴は明るく元気にみんなとワイワイ騒いでる。
同じ高校に行く人はそれなりにいるから、彼女的にはそうでもないのかも。
この後も、遊ぶ約束してるしね。

あぁ、これから新しい生活が待ってるんだなって思うと、やっぱりドキドキもするけど、希望の方がそれを上回ってる。
吉田君との関係もこの先どうなるかはわからないけど、そういうことを乗り越えて大人になっていくのよね。

青く晴れた空を見上げて、しみじみ思う可憐だった。

35

卒業式も終わっちゃったけど、本当なら憧れの成翔に通えるんだって思ったら楽しいはずなのに…。
なんだか、今頃になってセンチメンタルな気持ちになってくる。
吉田君とは何度かデートっぽいこともしたけど、付き合っているというか、恋人っていう感じは段々薄れてくるような気もしていたし…。

「よっ、可憐ちゃん」

自分の部屋の机に肩肘ついて、あたしは窓からボーっと外を眺めていると、いつのまに勝手に入ってきたのか、あいつが暢気に下でお母さんにでも渡されたんだろう、お菓子を食べながらジュースなんか飲んでいる。
言っとくけど、ここは乙女の部屋なんですからね?
男子が勝手に入ってくるなんて、言語道断なんだから。

「えっ、あんた何であたしの部屋に勝手に入って来てんのよ」
「勝手にって言われてもな。さっき、ノックしたら『はい』って返事が聞こえたから入って来たんだけど」
「はぁ?誰が、『はい』よ」

とは思ったけど、きっと無意識に返事をしちゃったんだと思う。
こういうことは、お母さんにもよくやっちゃうし。

「どうしたんだよ。物思いにふけっちゃって、らしくもない」
「どうせ、らしくないですよ」

―――ふんっだ。
あんたに言われたくないわよ。

「まっ、年頃の女の子には色々あるんだろうし、俺は何も言わないけど」

だったら、何しに来たわけ?
わざわざ、うちでお菓子食べて、ジュース飲みに来たわけじゃないでしょ?

「何し―――」
「あのさ、これすっげぇおもしろいんだ」

あたしの言葉を遮るようにあいつがテーブルの上に置いたのは、『黒ひげ危機一髪』。
そんなもん持って来て遊ぼうっての?子供じゃないし。

あたしは無視して、椅子をクルッと机の方へ戻す。

「ほんと、騙されたと思ってさ」

剣を渡されて、ブスブスと差していく。
これが案外、ドキドキさせれらてね。

いつの間にかあいつのペースに嵌められて、さっきまでのモヤモヤした気持ちはどっかに飛んで行ってしまった。


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