あいつとあたし。
8

36

「可憐ちゃんっ、おはよー!」

朝から元気よくあたしの家にやって来たのは、あの男…。

「おはよ」
「何だよ、元気ないな。今日から俺達、晴れて高校生なんだから、もっと明るくいこうよ」
「それはいいんだけど、随分早いわね」
「そりゃ、入学早々遅刻もないだろうし」

そう言って、くつろぎながらお母さんの用意してくれたミルクティーを飲んでるあいつ。
まだ、時間に余裕があるのに随分とまぁ、張り切って来たものだわと。
あたしは朝食を食べている最中で、まだ制服にも着替えていないというのに。
だけど、家に来たってことはまさか…。

「ねぇ、まさか一緒に行くつもりじゃないでしょうねぇ」
「そうだよ。ほら、可憐ちゃん。早く着替えないと。髪もボサボサだし」

―――ボサボサは余計。
でもねぇ、何も同じ学校に通うからって迎えに来なくてもいいのよ?
あたしは、テキトーに行くし。

「人のことは放っておいて。あんたも一人でさっさと、学校行ったらいいじゃない。別にあたしと一緒に行かなくてもいいでしょ?」
「またまた、そんなこと言って。電車はめちゃめちゃ込んでるんだから、痴漢にでも遭ったらどうするんだよ.」
「はぁ?そんなの遭うわけないじゃない」

痴漢なんて…。
電車通学が初体験のあたしにはよくわからないけど、あたしに限ってそういうことはないでしょ。
心配し過ぎよ。

「そういうこと言ってるから、可憐ちゃんはダメなんだよ。まぁ、俺が一緒だから大丈夫だと思うけどさ」

あたしを痴漢からガードするために一緒に行くなんて、全く物好きね。
そんなあいつをちらっと見ながら、あたしは制服に着替えに自分の部屋に上がって行った。

37

朝のラッシュは、半端じゃなくすごい。
甘くみていたなと、あたしはあいつにちょっとだけ感謝した。
あくまで、ちょっとだけ…。

「可憐ちゃん、大丈夫か?」
「だっ、大丈夫じゃ…ない…うぎゅ…っ…」

はっきり言って、視界は真っ暗闇。
それというのも、スーツ姿のオジサマに前後左右を囲まれていたから。
かろうじてあたしはあいつのカバンを掴み、その存在を確かめる。

「ほら、こっち」

あいつに腕を引っ張られて、少しだけ視界が広くなり、空気が濃くなったような気がした。
だけど、くっ付き過ぎじゃない?
もう少し、離れてよ。
背が高いあいつの、ちょうど胸辺りにあたしの顔がある。
竹の子みたいにどんどん伸びていって、今はどれくらいあるのかしら?

「ねぇ、平井って身長どれくらいあるの?」
「あ?最近計ってないけど、178cmくらいかな」
「そんなにあるの?」

はぁ、道理でデカイわけよね。
あたしは155cmだから、23cmも違う。
密かにスッチーを狙っているあたしとしては、高校生になったらもうちょっと伸びてもらわないと困るのよ。
あと、10cmは欲しいわね。

「可憐ちゃんは、これくらいでちょうどいいんじゃない?」
「え〜もっと、大きくなりたいんだもん」
「何で?俺的には十分だけどな」

そう言って、あいつはあたしを抱きしめた。
―――ちょっとっ、何すんのよ!!これじゃあ、痴漢より悪いじゃないっ!
と思ったけど、なんだか不思議と心地良かった。

38

高校に入っても、あいつとあたしは同じクラス。
これで、何年目かしら?
ここまでくると運命を感じずにはいられなかったけど、あいつと運命なんてね。

「可憐って、平井君と付き合ってるの?」
「え、どうして?」

高校に入って、友達になった真比呂(まひろ)。
だけど、何であたしとあいつが付き合ってるとかいう話になっちゃうわけ?!

「だって、毎朝一緒に来てるし、彼も『可憐ちゃん』って呼んでるから。どうなのかなあって」
「あいつとは、家が近所で幼馴染みだから。別に付き合ってなんか、いないわよ?だって、あたしには、別に付き合ってる人がいるんだもん」

吉田君とは休みの日にたまにデートしたりしてるけど、付き合うって感じはあんまりなかったかな。
どっちかっていうと、単なる友達に近いかも。

「へぇ。可憐って、付き合ってる人いるんだ。でも、平気なの?平井君と毎日一緒に来たりして。彼氏、焼き餅妬かない?」
「特には。彼も、あいつのことは知ってるし」
「気を付けた方がいいわよ?やっぱり、離れてると目の前にいる人に気が向いちゃうからね」

そんなものかな…。
確かに成翔は予想以上にイケメン揃いだったから、あいつはまぁ別としても、他の男子に目がいく事もある。
恋なんてそんなものなのか、それとも吉田君とは初めからそういう関係になり切れていなかったのかも。

「そういう、真比呂はどうなの?誰かいい人見つけた?」
「あたし?そうねぇ、先輩にカッコいい人がいたんだけど、彼女持ちみたい。恋はなかなか、成就しそうにないわ」

好きになった人に彼女がいたら、どうにもならないもんね。
お互いの気持ちが想い合うって、難しいんだ。
恋について、しみじみ考えてしまう可憐なのだった。

39

「乃木さん、ぼっ僕と付き合って下さいっ」
「ごめんなさい。あたし、付き合ってる人がいるから」
「そっ、それって、平井君のこと?」
「えっ、違うわよ。別の高校に行ってる人」
「そっか、わかった。ごめんね」

そう言って、別のクラスの男子は去って行った。
―――あぁ…結構いい男だったわね。
こんなことが、高校に入学してからというもの日常茶飯事。
まさか、あたしみたいのが告白されるなんて信じられないんだけど、これが現実。

「可憐ちゃん、また告られてたんだ」
「げっ、あんた見てたの?」

「見てたっていうか、たまたま通り掛ったら見えちゃったんだよね」なんて、しらじらしい。
たまたま通り掛ったはほんとかもしれないけど、だったらさっさと通り過ぎなさいよ。
わざと足を止めて、聞いてたくせにっ。

「何で、あたしみたいのが告られるんだろ。全然、可愛くないのにね」
「え…可憐ちゃん、それマジで言ってる?」
「何よ、マジって。当たり前でしょ?」

―――ったく、誰が自分のこと可愛いって思うのよ。
あたしは、そんなおめでたい人間じゃないんですぅ。

「まぁ、本人が気付いてないんだからしょうがないけどさ」
「ところで何だか知らないけど、みんなあんたとあたしが付き合ってるって思ってるのよ。これも一緒に来てるからだと思うの。もう、明日からは一人で来るから」
「いいの?痴漢に遭っちゃうかもよ?」
「え…」

―――痴漢?
それは、困るけど…。
でもさぁ…。

「面倒くさかったら、俺と付き合ってるって言っちゃえば?」
「はぁ?何であんたと。だいたい、あんただって困るでしょ?好きな子と付き合えないわよ?」

あたしと付き合ってるなんて知れたら、自分が誰とも付き合えないじゃない。

「俺は別に構わないけど、この学校で付き合うつもりはないし」
「へぇ、随分と大きく出るじゃないの」

首を傾げるあたしに「まぁ、そういうことだから」と行ってしまったあいつ。
でも、この学校で付き合わないって、一体誰と付き合うつもりなのかしら?

40

「もうっ、可憐ったらぁ。やっぱり、平井君と付き合ってるんじゃない」

お昼休みにまったりしているあたしのところへ真比呂が、すっ飛んで来た。
―――だから、あたしはあいつとは付き合ってなくて、吉田君と付き合ってるって言ってるでしょ?
聞く耳持たずのあたしは、返事も返さない。

「可憐、無視しないでよ」
「だから、言ったでしょ?あたしはあいつとは、付き合ってないって」
「うそ。だって、さっき平井君に告った子が、可憐ちゃんと付き合ってるからごめんねって断られたって」
「はぁ?!」

何ですって?
あいつが、そんなことを…。
―――あっ。
『面倒くさかったら、俺と付き合ってるって言っちゃえば?』って、あんたが言ってどうすんのよ。

あたしはあいつの言った言葉を思い出して、頭を抱えた。
要するに告られて面倒なあいつは、あたしと付き合ってるってことにした。
だけど、何でよ。

「別に付き合ってる人なんて、いないんでしょ?」
「いるわよ。吉田君っていってね、ほら」

一応持ってる、吉田君とツーショットで撮ったプリクラ。
手も繋いでるし、ちゃんと恋人同士に見えるでしょ?

「あらっ、こんなの平井君に見られたら大変よ?すぐ始末しないと」
「始末って、何で付き合ってる彼氏のプリクラを始末しなきゃなんないのっ!」

クっそー平井のヤツ!
覚えてなさいよっ。
勝手にでたらめなこと言って、ただじゃおかないんだからっ。


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