王子様なんて大嫌いっ。
4

次の日の朝、あたしは目覚まし時計を1時間間違えてセットしてしまい、二度寝してもよかったんだけど、昨日のお酒もまだ残っていたのが気持ち悪くて、そのまま起きることにしたのだが…。
家にいてもしょうがないし、あいつのことも気になったから、あたしは早く会社に出社した。
電車もかなり空いていたし、さすがにこんな時間に出社する人なんていないわよね。
そう思いつつ、自分のオフィスに着いて時計を見ると7:30、一ヶ所だけ既に電気が点いているところがあった。
―――え?まさか…。
案の定、彼はもう出社して仕事をしている。
ちょっと待ってよ。この人、何時に起きてるのかしら?
あたしは給湯室に行き、自分用のブラックコーヒーと彼好みのお子様コーヒーを入れた。

「おはよう」

あたしがそう声を掛けると、ものすごくびっくりした顔で彼が答えた。

「おはようって。高野さん、どうしたんだ?こんなに早く」
「なんか目覚ましをセットし間違ってたみたいで、早く起きちゃったのよ」
「そっか」
「そっちこそ、いつもこんなに早いの?」
「そうでもないけど。俺、朝は結構強いんだよ」

『ふううん』、あたしは何も言わずに彼の元にカップを置いた。

「え?」

すごく不思議そうな顔であたしを見ている。

「別に毒なんて入ってないわよ」
「いや、そうじゃないんだけど…」

彼が何を言いたいのかはわかっていたんだけど、あたしはそのことには触れずに無視して話し始める。

「まったく、大の男が砂糖とミルクがいっぱい入ったコーヒー、いやあれはコーヒーじゃないわコーヒー牛乳?しか、飲めないなんてねぇ。全く、お子様よね〜」

あたしは、自分の席に座ると無造作にパソコンの電源を入れる。

「どうして、それを?」
「たまたま買ってるとこ見ちゃったのよ。それに会議の時、いつもコーヒー残すわよね。初めは嫌いなのかなって思ってたんだけど、買ってるのを見たからおかしいなって思って」

あたしは思い出してクスクス、笑い出してしまった。

「悪かったな。俺は夜、コーヒーを飲むと眠れなくなるようなお子様なんだよ」

ぷっと頬を膨らました後、彼も一緒に笑い出して、誰もいないフロアに二人の笑い声が響いた。
その後、「ありがとう」って照れた様子で言った彼の言葉が、なんだか少しくすぐったかった。


それから、彼とあたしは今までとは違って、だいぶ話をするようになった。
相変わらず、彼に対するあたしの言葉はきついけどね。
だけどしょうがないでしょ?急に可愛く話したら気持ち悪いじゃない。

社食でお昼を食べていると、みのりがA定食のハンバーグを食べながら言う。

「あんた達、随分楽しそうじゃない?やっぱり、昨日あの後なんかあった?」
「はぁ?何が楽しそうなのよ。あいつがわけのわからないことを押し付けるから、困ってるってのに」

―――なんで、そうなるかなあ。
そりゃあ、一人で抱えるなとは言ったけど、いきなり何でもかんでもあたしに振ってくることないじゃない。
だいたい、何かあったって何?

「別にあいつとなんて、何もないわよ」

あたしは、B定食の魚のフライを食べながら言い返した。

「だって、今までと何か違うからさ」
「違うって、何がよ」
「こう、吹っ切れたって言うか。今までが、かなりぎこちなかったからね」
「何それ」
「まぁ、いいんじゃないの?あたしは、見てて面白いから」

みのりはお茶を飲みながら、何やら含み笑いを浮かべた。
―――この顔は、何か企んでいるわね。

「何が、面白いのよ」

あたしは、上目遣いにみのりを睨む。

「だって。あのクールでかっこいい、仕事のできる長瀬君によ?あそこまで言えるのって、羽澄だけだもの。面白過ぎるわよ」

―――まぁね?確かに普通はあそこまで言わないだろうけど、口から出ちゃうんだからしょうがないじゃない。

「だけどあいつ、あたしがいくら言っても笑って流しちゃうんだから、ほんとムカツクわ」
「そりゃあ、今まで羽澄と話したくたってそれすらもできなかったんだもの。彼にとってはあんたに何を言われても嬉しいに決まってるわよ」
「ちょっと何それ、意味わかんない」

みのりも木村君も、まるであいつがあたしを好きみたいなことを言うけど、そんなわけないじゃない。
そんなにくっつけて面白いのかしらね?
あたしは食事を終えてお茶を飲みながら、大きく溜め息を吐いた。

お昼を終えて席に戻ると、既に彼は仕事を始めていたが。
―――ちゃんとご飯食べてるのかしら、この人?
何かちょっと痩せたのは気のせい?って何であたし、あいつの心配なんてしてるのよ。
だけど、何か気になるのよね。
容姿も仕事も完璧なのに、自分のこととなると見境がつかなくなる。
放っておけないっていうか。

「ねぇ、お昼ちゃんと食べたの?」
「え?あぁ、時間なかった」

―――時間なかったって…あんた。
それで倒れたら、どうするのよ。
全くぅ。

「食べてないの?」
「まぁ」

―――『まぁ』じゃないでしょ。
朝なんてあんなに早く来てるんだから、もちろん食べてないだろうし、夜はどうしてるのかしら?
ほんと何考えてるんだか。
作ってくれる彼女とか、いないわけ?
木村君は一人だって言ってたけど、まさかそれはないと思うのよね。

「夜はちゃんと食べてるの?」
「適当に」
「適当にって、彼女は作ってくれないわけ?」
「あ?俺、彼女いないからなぁ」

―――へ?いないの?やっぱりそうなんだ。
彼女いないんだ…。
あたし何、喜んでるのよ。
この顔を見られないように視線を逸らすとパソコンに目を向ける。

「何?心配してくれてるの?」

含み笑いを浮かべて、彼はあたしを見つめる。
―――何が言いたいんだ、こいつは。

「別にぃ。ただ、倒れられたら、こっちが困るからよ」

あたしは目も合わせない。
―――だけど、これじゃあ本当に倒れちゃうわよ。
何で、この男は自分のこととなるとこう無頓着というか、無理ばかりするのかしら?
こんな人の彼女になったら、心配事ばかりで身体が持たないわね。


2009-2010.4.25


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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