あたしは家に帰ってもふと気が付けば、彼はちゃんとご飯を食べているのか?そればかり考えていた。
あいつのことなんて気にすることないって、表ではそう思ってもやっぱりどこかで心配してしまう自分がいるのも確か。
次の日、あたしは目覚まし時計を自ら1時間早めて起きると、おにぎりと軽いおかずを詰めたお弁当を作って会社に行った。
相変わらず、彼は誰もいないオフィスで一人黙々と仕事をしてる。
「おはよう」
あたしは二人分のお茶を入れてフロアに入ると、今朝作ったお弁当とお茶を彼の机の上に置いた。
変なキャラクターもののナフキンしかなくって、こんなのを人に見られたらちょっと恥ずかしいんだけど…。
「おはよう、高野さん。今日も早いね…え?これ」
彼は不思議そうな顔をして、こちらを見ている。
そりゃあ、そうだろう。
このあたしが、こんな気の利いたことをやるとは…自分で自分に驚いてしまうくらいなのだから。
「どうせ、朝ご飯食べてないんでしょ?たいしたものじゃないけど、食べないよりはいいと思うから」
「これ、俺のためにわざわざ作ってきてくれたの?」
あたしは、ワザと顔を合わせないようにして自分の席に座る。
「別にあんたのためじゃないわよ。間違って朝ご飯、二人分作っちゃっただけよ」
「え?…」
彼はきょとんとした顔をした後、クスクス笑い出した。
「何よ。迷惑だったら、無理して食べなくてもいいのよ?」
―――あたし、そんな変なこと言った?
クックックって肩まで震わせてるし、そんなに笑うことないじゃない。
「いや、ごめん。迷惑なんて、そういう意味じゃないんだ。…すごく嬉しい、ありがとう」
彼はそう言って嬉しそうにお弁当を広げると、一番先にたらこのおにぎりを食べ始めた。
あたしも、もう一つ作って来たお弁当を彼と同じ、たらこのおにぎりから頬張る。
特に会話をすることもなかったけど、彼が卵焼きを褒めてくれたのが、なんだかちょっぴりむずがゆい気がしたけど、やっぱり嬉しかった。
あたしは自慢じゃないけど結構、料理が得意。
外見的にも絶対そういうふうに見えないから、言ったって誰も信じてくれないけどぉ。
何よりこれで彼が少しでも栄養を取ってくれるなら、それでいいと思ったの。
あたしって、実は自分でも全く知らなかったけんだど、母性本能が強かったのかしらね。
そんな感じであたしは毎朝、二人分の朝ご飯をお弁当箱に詰めて会社に持って行くのが、日課になっていった。
お互い朝から直接顧客先に出向く時などは、彼がいいというので作らないんだけど、なんか返って物足りないっていうか寂しいのよね。
ただ、あの何気ない時間を過ごすことが、あたしの中で既に生活の一部になっている気がしていたから。
+++
そんな、ある日。
「高野さん。、今度の週末、空いてる?」
「何で?」
―――何?休みの日に何かあるの?
まさか、休日出勤なんてことはないでしょうねぇ。
「うん、いつも朝ご飯作ってもらって悪いから、食事でもどうかなと思って」
「えっ」
いきなり何を言い出すのかと思えば、うっそー食事の誘い?
「ダメ?」
―――ダメって、言われても…。
あたしの中の彼に対する印象は確かに変わりつつあると思うけど、だからといって休みの日に二人っきりで食事に出掛けるまではまだ、心構えができてない。
「ダメじゃないけど、いいわよそんなこと気にしないで。ついでと言えば、ついでなんだから」
「高野さんにとってはそうかもしれないけど、俺はものすごく感謝してるんだ」
―――そんなこと言われてもねぇ。
遠まわしに断ってるつもりなんだけど、きっとこの人はあたしがうんと言うまで引かないんだろうな。
「じゃあ、あたし目一杯おしゃれしてくから、その代わりとびっきり美味しくて、おしゃれなお店にしてよね」
彼はすぐにあたしの言ったことが理解できなかったみたいだけど、暫くして満面の笑みを浮かべると「任せておいて」。
「そうだ!!せっかくおしゃれするんだから、その前にどこか行こうよ。あたし、観たい映画があったのよね」
―――あたしったら何、調子こいて言ってるのかしら。
彼はお礼に食事に誘ってるだけで、それ以上のことなんて考えてないのに。
それにあたしったら、さっきまで断ろうとしてたじゃないの。
「ごめん。あたし何、言ってるんだか」
慌てて誤魔化したけど、長瀬君固まっちゃったわよ、どうしよう…。
「観たい映画って何?」
―――え?
「えっと、最近公開したばかりのアクションもののハリウッド映画」
「俺もそれ、観たかったんだ」
―――は?でも…。
「無理しなくていいわよ。あたし、一人で観に行くしぃ」
「本当に観たかったんだ。じゃあ、時間とか調べておくから」
あたしが変なことを言ったばかりに長瀬君と食事だけでなく、映画まで観ることになってしまったわ…。
何で、あんなこと言っちゃったんだろう…。
自分でもよくわからなかったけど、なぜかとても楽しみにしていることに気付いて、そんな思いを振り払うように思わず首をブルブルと左右に振った。
2009-2010.4.27
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
誤字が多く、お見苦しい点お詫び申し上げます。お気付きの際はお手数ですが、下記ボタンよりご報告いただければ幸いです。
NEXT
BACK
EVENT ROOM
LOVE STORY
TOP
Copyright(c)2006-2013 Jun Asahina,All rights reserved.