王子様なんて大嫌いっ。
6

そして週末が来て、あたしは長瀬君との待ち合わせの場所である駅に向かってひたすらに走っていた。

―――あの時『目一杯おしゃれしていくから―――』などと口走ってしまったばっかりにもう大変だったんだから。
普段のあたしと言えば、可愛いよりカッコいいという服装がほとんどで、スカートなんて滅多に着たことがないのよ。
それで、どうしたもんかと義姉に相談したのが運のツキ、まるで着せ替え人形のようにあっちこっちイジラレて出かける前に力尽きて倒れそうだったわ。
義姉というのは文字通りあたしの兄のお嫁さんなんだけど、これが無愛想な兄にはもったいないくらい美人で優しくて非の打ち所のないような人。
あたしの両親の住む家と同じ敷地内に家を建てて住んでいて、何かというとあたしの世話をやいてくれるの。
と言うのも、お義姉さんもあたしと同じでお兄さんと2人兄妹だったんだけど、妹が欲しかったとかで、あたしが義妹になった時は、そりゃあもう喜んでね。
こんな可愛くない義妹なのにも関わらず、兄である旦那なんてほったらかしで、あの無愛想な兄でさえも嫉妬したくらい溺愛状態だったんだから。
今回のことを相談したら、『きゃー、羽澄ちゃんに彼氏?』―――彼氏なんかじゃないっていうあたしの突っ込みなんて聞き入れてもらえるはずもなく…。
昨日は久しぶりに実家に泊まったんだけど、もうはしゃいじゃって、はしゃいじゃって。
なんとか、遅刻ギリギリに駅に着くと真っ先に長瀬君の姿が視界に入る。
意識しなくったって、あの姿だもの目がいっちゃったわよ。
視線の先にいる長瀬君はいつもの見慣れたスーツ姿とは違って、コットンのジャケットにジーンズというイデタチ。
さり気なく本なんか読んでて、背が高くてスタイルがいいせいか、なんだかモデルみたいじゃない。
なかなか長瀬君の前に出ていけなくて立ちすくんでいると、腕時計に目を落とした彼があたしを見つけて微笑んだ。
うわぁ、もう一撃って感じぃ。

「高野さん、どうかしたの?」

ボーっと突っ立っているあたしを不振に思った長瀬君が、覗き込むようにして見るもんだから、訳もわからず心臓が鼓動を早めて言葉にならなかった。

「うっ、ううん。ごめんね、遅くなっちゃって」
「そんなことないよ。それより…」

長瀬君の目があたしをじっと見つめている。
もしかして、あたしの格好変だった?!

「あっ、あたし。変?」

慌てて自分の姿を見返してみる、お義姉さんは可愛いとかなんとか絶賛してたけど、やっぱりあたしには似合ってなかったのかも…。

「そうじゃないんだ。今日の高野さんすごく綺麗だから、その…」

「見惚れてた―――」なんて言われて、もうノックアウト。
どうして、そういう恥ずかしいことを面と向かって平然と言えるわけ?この男は…。

「なっ、何言ってんのよ。あんた、若いのに目悪くなったんじゃないの?一度、病院で診てもらったら?」

―――もう、あたしったらまったく素直じゃないわね。
ほんとは、ちょっと嬉しかったりもしてるのに…。

「あはは。でも本当のことだから、俺なんかが隣にいたんじゃ悪い気がするよ」

―――ったく、何言ってんだか…。
だいたいねぇ、あたしこそ長瀬君の隣になんて並んで歩くような器じゃないってのに。

「それより、映画の時間は大丈夫なの?」

あたしは話題を変えるためにそう言うと彼は、「あっいけない」と慌ててあたしの腕を引っ張って歩き出した。
―――だから、そういうことしないでって!!
意外にがっしりとした手だななどと思いつつ、そこがジンジンと熱くなるのを感じながら、いつもなら『離しなさいよ』って真っ先に言うはずのあたしが、なぜか、その時ばかりは心地良い感覚に包まれながら少しだけそのままで歩いた。

映画館に着くと既にチケットは長瀬君が買っておいてくれたようで、すぐに中に入る。
そして、行き着いたところにビックリ。

「ちょっと、ここって…」
「うん?あぁ、せっかく高野さんと二人でデートだからね」

―――はぁ?一体、誰が誰とデートなのよ。
それにここ、カップルシートよ?
何でっ!!
あたしの嘆きなんて、全く聞こえない様子で彼は二つの席のうちの一つに腰を下ろした。



妙に居心地が悪いというか、隣のことが気になって、初めは映画に集中できなかったけど、そこはアクションもの。
カップルシートに座ったからといっても、すぐに引き込まれて、すっかり長瀬君の存在まで忘れて見入ってしまったわ。
反対に長瀬君はと言うと逆に力が入っちゃって、無意識のうちに彼の腕を掴んでたあたしのことが気になって、全然、映画に集中できなかったなんてことを知る由もない。

「すっごく、面白かった」
「そうだな。思ってた以上に面白かった」

二人は、少し興奮気味に映画を思い起こしながら語り合った。
この時ばかりはあたしも熱くなっちゃって、相手が長瀬君だってことも忘れて話しまくっちゃったのよ。
それにしても、長瀬君と映画でこんなふうに盛り上がれるとは思わなかったわ。

「お店は、18:00に予約を入れてるんだ。まだ少し時間あるけど、高野さん、どこか行きたいところとかある?」

あたしは映画のことで、すっかり本題の食事のことを忘れてたのよ。
―――う?ん、行きたいところと言われても思いつかないんだけど…。

「だったら、キッチン雑貨が見たいんだけど」

あたしはキッチン周りの雑貨を見るのが大好きで、暇があると覗いたりしてる。
―――あっ、でもこういうのって男の人は嫌いよね?

「ごめん、やっぱりいい」
「俺のことなら、気にしなくてもいいよ」

長瀬君には急にあたしがいい、なんて言った理由がわかったみたい。

「でも…」

あたしの言葉なんか聞く前に長瀬君は、さっきみたいにあたしの腕を取ると歩き出してしまった。
全く、この人って、何なのかしらね?
だからといって、それを今ここで言ったところでこの人の考えが変わるはずもなく、あたしはよく行くお店がこの近くにあることを思い出してそこへ行くことにした。

2009-2010.4.30


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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