アラサーだって、いいじゃない。
5


晴れて彼とお付き合い?することになったはいいんだけど、そして今日始めて家に招待されて来たものの…。
さすが、開業医のお坊ちゃまは住むところまでゴージャス!!と言いたいところだったけど、都心の一等地に立つ超高層豪華マンションを想像していたのに、それ自体は確かに都心の一等地ではあるが、目の前にあるのは古びた木造建築の平屋の一軒家。
─── モロ、お化け出そう…。
まだ、若いのにこんな怪しい家に一人暮らししているの?
っていうか、もしも、もしもよ?結婚なんてことになったら、この家に住まなきゃならないとか…。
うわぁ、それは勘弁して欲しいわねぇ。
イマイチ、彼の趣味がよくわからなかったけど、中は果たしてどんなことになっているのやら。

「彩(ひかり)さん。さぁ、中へどうぞ」

「散らかってますけど」とにっこり極上の笑顔付きで案内されて中に入ると外観同様、年代物の柱や扉とまるでレトロな時代にタイムスリップしたかのよう。
「お邪魔します」と恐る恐る長い廊下を奥へと進んで行くと、立て付けのあまりいいとはいえない木戸をガラガラと開ける。

「はっ」

───これが…ジオラマってやつ?
8畳2間をぶち抜きにした部屋の中央を陣取っているのは、山とか町とか、本物そっくりに良く出来ている。
実際、これだけの大物を見たのは初めてだったけれど、これ一人で作ったの?

「その辺に座ってて下さい。今、コーヒーを入れますから」

あたしは「お構いなく」と眺めるためなのか、ジオラマを取り囲むようにテーブルになっていて、横に並んでいる椅子の一つに腰を下ろした。
目線の高さに合わせると益々、リアル感が増してくる。

「これを全部、村上さんが作ったんですか?」
「そうですよ。3年くらい掛かっちゃいましたけど」

「是非、走っているところを見て下さい」と村上さんがスイッチを押すと、駅に停車していたディーゼルカーがゆっくりと動き出す。
山手線とか、京浜東北線とかいう都会の電車ではなく、どこか地方を走っているようなそんな感じのもの。
目で追っていくとトンネルを抜けたり、これが意外におもしろい。
この歳になって、こういうもてなしを受けたのは初めてだが、実は妙にツボだったりして。

「これって、自分で操縦とかできるんですか?」
「できますよ。やってみます?」

興味津々で“うんうん”と頷くあたしに気を良くしたのか、彼は真剣に説明し始めた。
その眼はキラキラと輝いて、まるで少年のよう。
そういう、あたしも年甲斐もなくハイテンションで多分、彼よりもはしゃいでしまったかもしれない。
実を言うと子供の頃からお人形遊びが嫌い、男の子とゲームとかして遊んでばかりいたから、こういうのは元々好きだったのだと思う。
コントローラと呼ばれるレバーを動かして速度を調節したり、駅に停車させたりと思ったより難しくって、だけど病み付きになってしまいそう。

「何コレ、おもしろい」
「でしょ?」

岳(がく)が女性を家に招くのは余程のことがない限りないというか、この家を見た段階で一歩引き、さらにこれを見て引かない人はいないから、正直迷ったけれど、初対面でラジコンカーをあれだけ操れるのは彼女だけだったから。

「子供達に見せてあげたら喜ぶのに」
「そうなんです。完成したら見せる約束してて、でもその前に彩(ひかり)さんに見てもらってからと思って」

小児科医ということもあり、やっぱり四六時中、子供達のことは頭から離れないし、玩具に目がいくクセがついてしまったということも、こんな趣味に発展した要因だったかもしれない。
それをさり気なく口に出して言ってくれる女性、配慮のなさに公園に連れて行った時にはもうダメかと思われたこの見合いも、ここまでこぎつけられただけ、神様は見捨ててはいなかったのだと感謝しなければならないだろう。

+++

「ねぇ、例の玉の輿の医者とはその後、どうなわけ?」

静香には村上さんと付き合い始めたことは話してあったけど、休みの日も緊急で呼び出しが掛かる彼とのデートはもっぱら怪しいお化け屋敷、もとい彼の自宅で電車ごっこ。
とても、恋人同士の甘い雰囲気とは言いがたく…。

「どうって、それなりには」
「それなりって。何か、ち〜っとも付き合ってる雰囲気が感じられないんだけど」

「医者なんだから、ブランド物のバッグとか指輪とか買ってくれるんじゃないの?」と静香は財布から小銭を取り出すと自販機に入れて、アイスティー砂糖なしのボタンを押した。
医者といっても勤務医だし、あれだけ模型にお金を使えば、そんなに余裕があるとは思えず。

「あたしも、そう思うもん」
「は?」

彼氏は男前の医者だというのに一体…。
付き合い始めたっていうわりには、既に上手くいっていないとか?

「あんた達、上手くいってないの?」

相変わらずはっきり言うなぁと思いつつ、本人達にしてみれば、そんなこともない。
しいて言えば、見合いというのはこんなもんなのかもしれないと改めて認識したというか、両家が公認という安心感もあるだろうし、好き好きという気持ちで付き合い始めたわけでもなく、このまま流れに乗って結婚、出産といってしまうような。
お財布を忘れた彩(ひかり)は、静香に小銭を借りてホットのミルク入りのボタンを押した。

「いってる方じゃない?」
「その投げやりな態度は、何なのよ。まだ若いんだから、恋をしなさい。恋を」

今日は忙しかったせいか、やっと休憩できると思ったら夕方近く。
ソファーが置いてある休憩コーナーには誰もいなかったのをいいことに静香はかなり鼻息が荒い。

「若くないし」
「また、そんなこと言って。彼は20代なんでしょ?バリバリじゃない」

───何が、バリバリ…。
付き合い始めてある程度日は経つけど、キスすらまだだったことに今更気付いたりして。
これって…。

「やっぱり、スゴイの?」
「えっ…。そっ、そうでもないんじゃない?」
「そうなんだ。うちなんか、5歳も年上だからねぇ」

「そろそろ精のつく、うなぎとか食べさせないとダメかも」なんて言うものだから、思わず飲んでいたカップのコーヒーを噴出しそうになったじゃない。
すっかり、忘れていたでは済まされない。
カップルにとっても、夫婦にとっても円満でいられるためには必要不可欠なことなのに。

「うなぎねぇ」
「そっちは、まだいらないでしょ」

『いるかも』と、あたしは心の中で呟く。
村上さんは、まさか…とは思うけど、もしかするとあたしに魅力がないのだろうか。
こっちから迫るわけにもいかないし、はて?どうしたものかしら。


※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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