「今夜は、すっぽん鍋ですか?この前は、うなぎでしたし」
「ほっ、ほら。夏バテとかしないためにはこういうのを食べた方がいいと思って。村上さんは、体が資本のお仕事でしょ?」
「僕の体のことを心配して下さって、ありがとうございます」と真顔で言うあたり、まだまだあたしの下心には気付いていないようだ。
相変わらずデートは重ねているものの、体はまだで…。
“精のつく”うなぎを食べさせてもダメだったから、今回は“すっぽん鍋”に挑戦。
あまりに露骨過ぎて淫乱な女だと思われたらどうしようという心配は、彼の前では取り越し苦労だったかもしれない。
それにしても、ここまでしているのに彼には欲望とかいうものは沸いてこないのだろうか?
まぁ、お見合いということもあって、静香が言うようなお互い燃えるような恋を期待していたわけじゃないけど、それにしたって彼はまだ20代だというのにこの淡白な付き合いはどうなのか…。
「かぁ〜っ。生き血って初めて飲んだけど、すっごい体が火照ってくる感じ」
「本当ですね。これじゃあ、今夜は眠れないかもしれません」
「え…」
─── 眠れない?
って、あたしが反応してどうすんのよ。
単にこの人が眠れないだけで、別に夜を一緒に過ごすわけじゃあるまいしぃ。
でも、さすが“すっぽん”!!少しは効果があるってことなのかも?!
「あの。そろそろ、指輪を買いに行こうと思うんですが」
「指輪?何の?」
「婚約指輪です」
「給料の3か月分ですよね」って、今時そんなことはめっきり聞かなくなったが、それ以前にいつ婚約なんて話?っていうか、この人はもう結婚する気なわけ?
一応付き合ってるんだったら、高校生だってもっと先に進んでるってのに、この状況で?
「婚約って、いつ決まったの?正式にプロポーズされた覚えはないんだけど」
「彩(ひかり)さんも、そう思ってくれているとばかり」
これが、彼の正直な気持ちなのだろう。
こういうところは嫌いじゃないが、その前にやるべきことがあるはずで。
結婚するということの意味をちゃんとわかって言っているのか、医者になるくらいだから頭もいいはず、顔だって久々に拝んだと思うほどいい男なのに…これって…。
せっかくのすっぽん鍋も空振りに終わった彩(ひかり)には、今後、彼と付き合うこと自体に疑問を持たずにはいられなかった。
+++
多分、ひと言『好き』だと言われれば、今のこんなモヤモヤした想いからは一瞬にして開放されるに違いない。
家の中にジオラマを作ったり、おもちゃ屋さんではしゃぐ子供っぽくて、それでいて純粋で不器用な彼に本当は惹かれているから。
あれで、むず痒くなるような甘い言葉を発しようものなら逆に警戒したのかもしれないし、結婚どころか好きになる対象にもならないだろう。
なのにあの後、キマヅク別れて以来、電話もメールも無視し続ける自分が30過ぎて子供っぽいことはわかってる。
わかってるけど、アラサーだって夢を見たい時もある。
「あの人、彩(ひかり)の知り合い?」
「え?」
定時で仕事を終えた彩(ひかり)と静香がオフィスビルを出ようとした時、二人をじっと見つめる男性が一人。
いい男だっただけに彼女は気付いたのだろう。
「村上さん…」
「もしかして、あの人がお見合い相手?」
黙って頷くあたしに「いやぁ、いい男じゃない」と感嘆の声を上げた静香。
言葉で聞いていても実際見たのとではギャップもあるが、彼は想像以上を遥に超えたいい男。
「やだぁ。彼と待ち合わせなら言いなさいよ」
「違うって」
あたしの言葉なんて聞いちゃあいない静香は、「お邪魔虫は退散するわね」と肩をポンっと叩いて彼に軽く会釈をすると一人で駅の方へ歩いて行ってしまった。
───別に約束なんてしてないし、何しに会社まで来たわけ?
心の中で毒づいてみる。
電話もメールも無視し続けた自分に愛想を尽かして来たのかもしれない。
なのに顔を見ただけで、胸の奥が熱くなって嬉しさがこみ上げてくる。
「どうしたの?こんなところで。病院は?」
「この時間には、いつも帰ってますから。会社まで来てすみません」
「別に構わないけど」
「ちょっとお話したくて」という彼にこれで見合いも解消、会うのも最後だと覚悟を決めて近くにあった人気のヴェンティセッテカフェに入る。
若い人達で込んでいたのが、返って今の二人には都合が良かった。
しかし、テーブルの上で手を握り合っている若いカップルを見ると、自分も一度くらいああしてみたかったと後悔が残るのも確か。
「電話もメールもしたんですけど」
彩(ひかり)は敢えて『ごめんなさい』とか、言い訳はしないつもりだ。
「お見合いを解消したいのだったらどうぞ。私は何も言いませんから」
「僕は、そんなつもりは毛頭ありません。彩(ひかり)さんがそうして欲しいというのでしたら、あなたから言って下さい」
岳(がく)はよく女心が読めないと言われていたが、自分でもどうしていいのかわからない。
いつだって本気だし、ただ違うのは彩(ひかり)だけは手放したくなかったということ。
自分の趣味に付き合ってくれた彼女の笑顔が忘れられなかったから。
「何でいつも自分ばっかり先手を打って。最後は全部あたしに押し付けるの?」
───お見合いの返事もそう。
『このお話は僕からは断りません』なんて曖昧なことばっかり。
そのクセ、いきなり婚約指輪を買うとか言い出すし。
いくら30過ぎの行き遅れ女だからって、一応結婚には夢や希望だってあるのに…。
「そういうわけじゃ」
「じゃあ、どういうわけよ。なのに勝手に指輪とか婚約とか。アラサーだって、人並みに燃えるような恋をしたいんだから」
今更、何言ってんだと自分でも思うけど、好きって甘い囁きをされたいし、甘やかされたいの。
愛されてるって実感したいのよ。
いけない?こんなふうに思うのは。
「僕は、彩(ひかり)さんには相応しい相手ではないのかもしれません。あなたはとても魅力的で、僕の心を一瞬で奪ってしまった。年上だとか、そういうことは全く関係なくって。でも、僕はこんなで───」
上手く自分の気持ちを言えないのがもどかしい。
どうすれば、わかってもらえるのだろうか。
「あたしは、村上さんが好きよ。思ってもいない浮いた言葉を発する男よりずっと。だけど、回りくどいんだもん。好きなら好きって、ただそのひと言が欲しいだけ。抱きしめてくれれば何もいらないのに」
「彩(ひかり)さん…」
「行きましょう」と彼はいきなりあたしの手を掴むと店を出る。
その表情は今まで見たことがないくらい、男だった。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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