Shine
2

相馬さんは満足気な様子だったが、沙良(さら)の心情は複雑だった。
本当は撮影になど清良(せいら)を連れて来るつもりはなかったが、モデルをやっている自分よりずっと可愛い彼女があまりにも地味にしているのをもったいないと思ったのがそもそも間違いだったのかもしれない。
まさか、空良(そら)があんな行動に出るとは思わなかったからだ。
彼はモデルという職業に就いていながら軽く女の子と付き合うようなこともなかったし、ちょっと売れたからといって調子に乗って媚びる女は嫌いだと常々言っていて、なのに沙良と仲が良いのは男勝りでサバサバとした性格だかららしい。
それが、清良に対しては全く違っていたのだ。
そういう、空良に沙良はある意味好感を持っていたし、彼なら清良と一緒に仕事をしても情が移るようなことはないと思っていたのにさっきのあの顔は紛れもなく清良に特別な感情を抱いていた。
本人が、それに気付いているかはわからなかったけれど…。

清良がいつまでも子供でいるわけではないのに…沙良には妹がどこか遠くに行ってしまうような気がして、少し寂しかった。

***

空良自身もまた、自分があんなことをするとは思いもしないことだった。
仕事だからと割り切って、カメラマンに言われればそれは嫌とは言えないが、今回は違う。
自らの意思で額とはいえ、キスをしていたのだから。
清良をスタジオの隅で見かけた時、可愛らしい子だとは思った。
だからといって、職業柄、世間一般に可愛いと言われる子と会う機会が多いだけにそれは決して特別なことでも何でもない。
にも拘らず、目を離すことができなかった。
今まで感じたことがない感情が、気付かないところで沸きあがってくるようなそんな感じだろうか。
初めて見る顔だし、新人かなと思ったが、しかし、どうしてこんなところで犬と戯れているのか?
犬が返したボールを取りそこなった彼女が、ウロウロとそれを探している。
目の前にあるのに気付かないというのは、どうらや極度に目が悪いらしい。
『もう、クッキーったら、ちゃんと返してくれないとダメじゃない』と犬に文句を言う姿は、なんとも微笑ましく、無意識に側にあったボールを手に取ると彼女の手に載せていた。
犬好きの空良はクッキーを抱かせて欲しいと言うと、『この子は人見知りが激しくて』と彼女は言っていたが、なぜかクッキーは腕に自ら飛び込んできた。
まぁ、そんなクッキーも可愛かったのは事実だが、それより空良には彼女があまりにも可愛くて知らぬ間にそれを口に出してしまっていた。
まるで軽いナンパ男のようで、今までの空良なら絶対に女の子に向かって『可愛いね』などとは言ったりしないのに彼女にだけは自然にその言葉が出てしまった。
しかし、それに対しての彼女の反応がまた可笑しくて。
あの状況ではクッキーのことを可愛いと言ったと思っても仕方がないかもしれないが、自分のことを言われて赤くなる姿は益々、空良のツボに嵌ったなどと彼女は知る由もないだろう。
それよりも、彼女の名を聞けば水城 清良(みずき せいら)と言うから驚きだ。
姉である沙良はよく仕事でもプライベートでも仲良くしていたのに、こんな妹がいたというのは初耳だったから。
その後、空良が自分の名を言っても彼女は知らないという様子、これでも今を時めく売れっ子のモデルである。
雑誌に載らないことはないほどで、女子高生や女子大生の間では絶大な人気を誇っていたのにそれも、また新鮮だったと言っていいだろう。
たまに姉の沙良と一緒に写っていると言うと思い出したのか顔くらいは見たことがあったようだが、名前を知らなかったらしい。
眼鏡がないからだと言うので、わざと思いっきりズームアップするとさすがにピントが合いすぎて尻餅をついてしまった。
手を掴んで立ち上がらせたところで、撮影を終えた沙良がやって来たが、大事な清良ちゃんに何をしてるのの言葉通り、彼女は妹の清良が可愛くて仕方がないようだ。
だから、妹がいるなどと一言も空良に言わなかったのだろう。
あれだけ可愛い妹なら気持ちもわからなくはないが、キスした後の沙良の顔ったらものすごく怖かったからな。
額にほんの触れる程度のチューくらいで、あんな顔されても困るんだよな。
清良の赤く染まった頬を見たら、そこにもくちづけたい衝動にかられたが、沙良に睨むように見つめられてさすがにそこまではできなかった。
あの子は、きっとまだそういう経験がないのだろう。
今時、珍しいくらい純粋な目をしていたからな。
沙良の付き添いで来たと言っていたところをみると本格的にモデルデビューする予定はないのかもしれないが、もう一度彼女に会いたいと心のどこかで思っている空良だった。

***

いきなり空良にキスされて、と言っても額だからそんなに驚くこともないのかもしれないが、清良にとっては初めてのことで思い出しても顔が熱くなってくる。
モデルをやっている空良にとっては何でもないことでも、清良にしてみればファーストキスの相手なのだ。
―――でも、川波さん、かっこ良かったな。
眼鏡があれば、もっとよく見えたのに。
雑誌でしか見たことがなかったけれど、実物より数段かっこ良かったように思う。
あんな人にキスしてもらえただけでも、ラッキーと思わなければいけないのかもしれない。

あれから数日して学校に行くと、清良の隣の席の橘 鈴(たちばな りん)の周りに人が集まっているのが見えた。

「おはよう」
「あっ、清良おはよう。ねぇ、これ見た?」
「うん?」

視線の先にあったのは人気のファッション誌のようだったが、学校に来る途中に駅の売店で買って来たものなんだろう。
しかし、そこに写っていたのはこの前、沙良に付いて行った時に出会った空良だった。
そして隣にはキスされて、驚きのあまり真っ赤に頬を染める女の子…。
どこか見覚えのある服に、足元にはクッキーと同じヨークシャーテリアがいる。
というかクッキーと同じではなくて、これは紛れもなくクッキーで…そして、その女の子はというと…。

―――ほえぇっ?!

撮影はしたものの、ここにあの写真が使われるとは思ってもいなかった。
それも、よりによってキスしている写真を使わなくても…。

「この子、新人なのかな、めっちゃ可愛いね。本当だったら大好きな空良くんがキスしてるとこなんて見たくないんだけど、この子だったら許しちゃう」
「あたしも〜。ねぇ、清良のお姉さんモデルやってるんでしょ?だったら、知らないかなこの子のこと。帰ったら、お兄ちゃんにも聞いてみるけど」
鈴(りん)の後を追うように言葉を続けたのは、清良の後ろの席の久遠寺 奈留(くおんじ なる)だった。
―――あっ…そう言えば、彼女の兄は売れっ子モデルと幼馴染で同じ大学に通っているというのを聞いたことがあったっけ…。
それが、川波さんだったんだぁ…今更だけど…。

「えっ…どっ、どうかな」

わざとはぐらかすように言う清良だったが、『実は私なんです』とはどうしたって言えないわけで…。

「聞いてみてよ、ね?」
「うっ、うん」

聞かなくてもわかるが、ここは適当に相槌を打って誤魔化すしかない。
それにしても自分のことを可愛いなんて言われると正直困ってしまうが、ここに写っているのは清良であって清良でない。
誰も同一人物とは気付かないだろう。
あれは事故みたいなもので、もう二度とあんなふうに撮られることはないのだから。


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