空良(そら)は、大学の講義を終えるとすぐに車を走らせていた。
本来、学生が車通学することは禁じられていたのだが、空良に限っては売れっ子モデルという立場上止むを得ないということで特別に許可されていたから。
「確か、この辺りだって聞いたんだけど」
空良が車を止めたのは、華ノ宮女学園の正門から少し離れたところ。
清良(せいら)の情報はここに通っているということしかないから、沙良(さら)に聞いても絶対教えてくれるはずはないし原始的ではあったが、待ち伏せするより仕方なかった。
そんな確信もないまま来てしまったわりに運良く、ちょうど下校時間にあたったようで、校舎からたくさんの女子高生が出てくる。
空良は男子校に通っていたから、日常での女子校を間近で見るのは初めてで、さすがに女の子ばかりという光景に圧倒される。
…この中から清良ちゃんを見つけるのって、どう考えても無理なんじゃないのか?
あれだけ可愛い容姿をしていても、こんなに女の子ばかりでは見逃してしまうかもしれない。
半ば諦めの色が濃くなり始めたその時、校門に数人の生徒の塊が現れた。
「じゃあ、清良。また明日ね」
…今、清良って言った?
間違いないよな?そう聞こえたけど…。
清良などという名前はそうそういるものではないが、あっちこっちをくまなく探しても空良が知っている顔はどこにも見当たらない。
いるのはしっかりと三つ編みに結った髪に分厚いメガネを掛けた、とても今時の女子高生とは思えない子だけ。
…もしかして、この子が清良ちゃんなのか?
一瞬、目の錯覚かと思ったが、よく見れば整った顔立ちに見えなくもないが…。
それにしても、本当にこの子が清良ちゃんなんだろうか。
頭の中でインプットされている彼女と重ね合わせてみるが、どうしても一致しない。
…名前を呼んでみれば、何とかなるかもしれない。
空良は、一か八か車を彼女の側にゆっくり付けると窓越しに声を掛けた。
「清良ちゃん」
呼ばれた瞬間、驚いた顔でこちらを振り返った清良に空良はまだ確信が持てないが、掛けていたサングラスを外すと自分の名前を告げる。
「えっ、川波さん?」
…やっぱり、そうだ。
この声は、間違いなく清良のもの。
「清良ちゃん、今帰り?」
「あっ、はい」
「ちょっと、時間いいかな」
「え…」
清良が警戒しているのがわかったが、それでもひるむことなく空良は話を続ける。
「別に取って食べようって言うんじゃないから、安心して。近くまで来たら偶然、清良ちゃんがいたんでね。少し話したいなって思っただけなんだけど、ダメかな」
本当は近くまで来たからなんてのは大嘘で、“わざわざ出向いた”が正しいのだが、この際それには触れないことにしておく。
「えっと、はい。わかりました」
「なら、車に乗ってくれる?こんなとこ、みんなに見られるとマズイでしょ」
彼女は人を疑うということを知らないのだろう、空良がドアを開けると清良は言う通りに車の助手席に乗り込んだ。
「ごめんね、急に声を掛けたりして。真っ直ぐ帰らなくて、家の人心配しないかな」
「いいえ、大丈夫です。どうせ、母は近所の仲良しのおばさんのお家でおしゃべりしているでしょうし。でも、クッキーの散歩をしなければならないので、あまり遅くは無理なんですけど」
「了解」
「でも、川波さん。よく私のことが、わかりましたね」
―――この姿で川波さんは、どうして私だとわかったのかしら?お姉ちゃん?
今の清良は、あの時の清良とは到底似ても似つかない。
自分だって未だに同じ人間だとは思えないのに、たった一度会っただけの空良がわかったのが不思議だった。
「実は、俺も全然わからなかったんだ。ただ、友達が名前を呼んでいたから、一か八か声を掛けてみたってわけ」
「そうなんですか。でも、びっくりしたんじゃないですか?あの時とあまりに違うんで」
「そんなことないよ。今の俺、すっごく安心してるし」
空良の言葉の意味がわからない清良は、ただただ首を傾げるばかりである。
しかし、空良にとってみれば、普段からあのままの姿でいられたら遥(はる)の言葉じゃないが、いつ誰かに持っていかれるかわからないし、これならその心配もないのだから。
「あんまり遠くに行くのもなんだから、この近くに美味しいパフェのお店があるんだけど、行ってみる?」
「え、パフェですか?行きますっ。是非、連れて行って下さいっ」
やはりそこは今時の女子高生、甘い誘惑、パフェという言葉に反応した清良があまりに可愛らしくて、空良の顔につい笑みがこぼれる。
「あっ、すみません。私ったら、はしゃいじゃって」
「いいんだよ。清良ちゃんは、やっぱり可愛いなって思ったから」
「もうっ、そういう似合わないこと言わないで下さい…」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染める清良に、またもや釘付けになる空良。
危うく、赤信号を見落とすところだった。
それにしても、なんと素直に可愛い反応をする子なんだろうか。
外見はあの時の彼女とは全く違うけれど、中身は同じわけで、この可愛らしさは外見だけではないのだと改めて知らされる。
つい、もっと反応を見たくて虐めたくなってしまうのだが、これ以上やると事故る可能性があるから、名残惜しいがこの辺で止めておくことにした。
※ このお話はフィクションです。実在の人物・団体とは、一切関係ありません。作品内容への批判・苦情・意見等は、ご遠慮下さい。
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